第37話 体育祭開始

 最近、篠宮先生との関係が不穏だったりする。


 噂を後押しすることにならないよう、接触を控えた結果、距離ができてしまったのだ。


 俺は、篠宮先生に降りかかるリスクを最小限にしたかった。

 ただ、それが伝わりきらなかったのか、少しだけギクシャクしていた。


「私ばっかり、タクマくんのこと好きなのかな……」


 電話越しに篠宮先生が発したこのセリフが、耳に残っている。


 決してそんなことはない。

 俺は篠宮先生のことを本気に好きになっている。


 出会い方がおかしくて、付き合い始めるところなんてどうかしていたとしか思えないけど……今は本気で、心の底から篠宮先生が好きだ。


 俺の表現が足りないんだろうか。


 体育祭が近づき、最近の篠宮先生も業務で忙しそうにしている。


 こんな調子で大丈夫、かな……。


 どうにか噂が消えてくれればいいんだけど……。



 ★



 体育祭が始まった。


 ただの一般生徒である俺は、今日この日を迎えるまでにロクな準備をしてきていない。

 俺を含め、この体育祭に本気で取り組んできたのは、全体の一割にも満たないだろう。


 ただ、実際に体育祭が始まってみれば、やる気を出す生徒も多く、盛り上がっていた。


 ちなみに俺が出場する競技は、借り物競走。


 無難に終われそうな競技を選びたかったが、ジャンケンで負け続けて借り物競走に出ることになった。ついてない……。


「やっほ」

「……加原さん」


 椅子に座ってボーッと自分の出番が来るまでの時間を潰していると、声をかけられる。

 亜麻色の髪を後ろで束ねてポニーテールにしている。


 体育祭だからか、髪が邪魔にならないようまとめているようだ。


「体調悪いの?」

「いや、そんなことはない」

「そ? なんか、ぐったりしてる気がしたから」

「種目に出たくなくてさ」

「綾辻くん、借り物競走だもんねー。色々探し回るの大変そー」

「うん、ほんとね」


 俺みたく陰キャラ野郎には、非常に困難な種目……いや、試練だ。


 借り物競走の時間が近づくにつれて、俺の気持ちが落ち込んでいく。


「実行委員の友達に聞いたんだけどね」

「ん? うん」

「今回、お題に好きな人が混ざってるんだって」

「は?」

「笑っちゃうよね、なんか悪ノリしちゃったらしくてさ」

「い、一ミリも笑えないんだけど」


 なんだ、好きな人って。


 借り物競走の定番っぽいけど、一番やっちゃダメなお題だろ。


「あはは、まぁ当事者は笑えないよね」

「あぁ……。胃がキリキリしてきた……」


 とはいえ、その悪魔のお題を引く可能性は高くないと思うが。


 おそらくは主将とかが出走するところで混ぜ込まれているだろう。


「もしもさ、綾辻くんがそのお題を引いたら、わたしのところに来てよ」

「え?」

「綾辻くんに好きな人がいるかは敢えて聞かないけど、その方が都合いいかなって」

「……そ、そりゃ……まぁ」


 俺の好きな人は篠宮先生だ。

 だが、それを公にはできないし、なにより、篠宮先生には厄介な噂が流れてしまっている。


 下手な真似はできない。


 加原さんの提案はものすごく、俺に都合のいいものだった。


「それだけ。あ、綾辻くんのハチマキ曲がってるよ」

「え? あぁ……後で直しとく」

「綾辻くんって、嫌なこと先延ばしにするタイプでしょ」

「なんでわかった」

「じゃ、わたしがやってあげるね」

「や、だ、大丈夫だから。自分でやるって」

「いいっていいって」


 加原さんは席を立つと俺の後ろに回る。


 俺のハチマキを結び直してくれた。


「よし、おっけ」

「あ、あざっす」

「どういたしまして。じゃ、借り物競走がんばってね」

「あ、ああ……」


 加原さんはふわりと微笑むと、人混みの中に消えていった。


 ふと、俺は視線を感じて、斜向かいに視線を向けた。


 教師席に座っている篠宮先生と視線が交錯する。


 しかし、俺と目が合うなり、すぐに逸らされてしまった。


 今の見られた……? 

 いや、やましいことをしたつもりはないんだけど……。


 すぐに弁明しようにもその方法がなく、俺は肩を落とすしかなかった。

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