第35話 告白の返事

「綾辻くん。体育祭なにに参加するか決めた?」


 隣の席に座るクラスメイト──加原日菜かはらひなが、そんな質問をしてくる。


 そろそろ体育祭の時期だ。


 小学校の頃は嫌というほど事前練習を重ねた思い出があるが、高校にもなると予行演習くらいなもので、準備にかける時間は少ない。

 もちろん、体育祭実行委員であったり、団長を任されるような人間であれば、相応に忙しいのだろうけど、俺はただの一般生徒。


 だから体育祭に関しては、モブの一人としてそつなく参加しようと思っている。


 ちなみに、加原さんから告白を受けた翌日の出来事である。


 折を見て、加原さんに告白の返事をしようとヤキモキしている時に、声をかけられた。


「え、あぁ、まぁ適当に余り物でいいかなと」

「そーなんだ」


 体育祭には、最低一種目は出なくてはいけない。

 どの競技にも大体定員はあるため、参加種目は話し合い等で決めることになる。


 ちょうど、今日の六限目の総合の時間に決めることになるだろう。


「加原さんは何に参加するか決めてるの?」

「ううん。特にやりたいのないし、綾辻くんと同じのにしよっかなって」


 頬杖を吐きながら、優しく微笑む加原さん。


「同じにしたところで、男女じゃ意味ないと思うけど……」

「そーかな。ちょっとは体育の時間で練習とかありそうだし、一緒にいれる時間増えそうじゃん?」


 何気なく吐かれたそのセリフが、俺の心拍を上昇させる。


 篠宮先生と付き合っていなければ、今のセリフだけでオチていた気がする。男心をくすぐるのが上手すぎやしないだろうか。


 まずいな……。

 やはり、加原さんの告白は断っておかないと。


「あ、あのさ」

「ん?」

「昨日のことだけど」

「あ、どうするか決めてくれた?」


 告白の件だとすぐに察した加原さんが、身体ごと俺に向けてくる。


 微笑を湛えて、俺の返答を待ち遠しそうにしていた。


 これから、俺は加原さんを振るのか……。

 まさか、振る側の人間に自分がなるとは思っていなかった。


 でも、このまま答えを先延ばしにするわけにはいかない。


 俺のためにも、篠宮先生のためにも、そしてなにより、加原さんのためにも。


 俺はごくりと口に溜まった唾を飲み込んでから、ズボンをぎゅっと握り締め。


「……ごめん。俺、加原さんとは付き合えない」


 目を逸らして逃げてしまいたい。


 けれど、せめて誠実ではありたいから、きっちりと目を合わせながら断る。


 加原さんは張り付いていた笑みを霧散させると、わずかに肩を落とした。


「そ、そっか。そかそか……。ありがと」


 断られるパターンは想定していなかったのだろう。動揺しているのが感じ取れた。


 普通に考えて、断る俺が異常だ。

 篠宮先生の件を話してこその誠意だとは思うが、それだけはどうしてもできない。


 胸にちくりと針を刺したような痛みが走る。


「理由、きーていい?」

「ごめん、言えない」


 これが今の俺に出せる精一杯の答えだった。


 適当に嘘を吐くことは可能。

 けれど、それだけはしたくなかった。


 かといって、赤裸々に話すこともできない。


 歯がゆい状態である。


「なる、ほど……。おっけ、大体わかった」

「え? なにがわかったの?」

「そりゃ、わたしじゃ勝てないや」

「……? え?」


 加原さんはなにか納得のいった様子で、困ったように口角を上げる。


 身体を正面に戻して、いつもと変わらない態度を取っていた。


 なにが、わかったんだろう……。

 まさか、俺と篠宮先生が付き合っていることか? 


 でも、それにつながるボロは出してないはずだし……。


 少し煮え切らない思いを蓄えつつも、それ以上、加原さんとなにか話すことはなかった。

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