第33話 クラスメイトからの告白

「じゃあさ、わたしと付き合ってみる?」


 隣の席のクラスメイト──加原日菜かはらひなから発せられた言葉を、俺は即座に頭の中で咀嚼することができなかった。


 思考力が頓挫して真っ白になっている。


 俺はパチパチと高速でまぶたを瞬きながら。


「え、えっと、それってどういう──」

「や、言葉の通りだけど。綾辻くん、カノジョほしーんでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「だから、そのカノジョ候補にどうかなって」


 加原さんは顎先に指を置きながら、微笑を湛えてくる。


 俺の知る限り、加原さんはこの学校でもかなり可愛い部類の女子だ。

 ゆるやかなウェーブのかかった亜麻色髪。目はクリッと大きく見開かれていて、手のひらに収まりそうなほど顔は小さい。


 スレンダーなモデル体型で、男子人気が高い印象がある。


 俺のことなんて、名前すら認識してもらえているか危ういレベルと思っていたから、この展開は意表をつかれるものだった。


「か、からかってるの?」


 俺はじんわりと汗を蓄えながら、作り笑いを浮かべて切り返す。


 が、加原さんはハッキリとした口調で。


「わたし、冗談好きそうなタイプにみえる?」

「え……割と?」

「そかそか。ま、わたし達ってほぼ絡みないもんね」

「ああ、うん」

「じゃ、これからは認識改めてね。わたし、冗談でこんなこと言ったりするタイプじゃないよ」

「……そ、そっすか」

「ん。だから、けっこー本気だよ?」


 加原さんは右手を杖代わりにして顎を支えると、その大きな瞳で俺を捉えてくる。


 パチリと目が合い、俺の心臓がドキッと知らない音を鳴らした。

 咄嗟に視線を逸らす俺。


 な、なにドキドキしてんだ俺……。


 俺には篠宮先生がいるんだ。

 当たり前だが、加原さんと付き合うことはできない。


 しかし、今の俺はカノジョを欲しがっている男ってことになっている。


 この状態で、加原さんの告白をうまく躱す方法は──。


「な、なんで俺なの? 加原さんも言ってたように、俺たちほぼ絡みないしさ」

「綾辻くんって、もしかしてかなり鈍感さん?」

「え?」

「最近、綾辻くんって人気あるんだよ。カッコいい、ってね」


 篠宮先生と付き合い始めたことで、以前よりも外見に頓着するようになった。


 その結果、女子の評価が上がっているらしい……。


「そう、なんだ」

「うん。で、わたしも綾辻くんをカッコいいって思ってる一人ってわけ」

「な、なるほど」

「とはいえお互いのことよく理解できてないのは事実だし。軽い感じで付き合ってみる? お試し期間、みたいな?」


 甘い誘いを受ける。


 もし、篠宮先生と付き合っていなければ、俺は後先考えずにこの提案に乗っていただろう。


 だが、俺には篠宮先生がいる。ここで二股かけるような根性はしていない。

 なにより、俺は篠宮先生に惹かれているし、この関係を終わらせたくないと思っている。


 だから、加原さんの提案を呑むわけにはいかない。


「えっと、気持ちは嬉し──」

「あ、ごめんね! ちょっと遅れちゃった。それじゃ、朝のHRはじめよっか!」


 加原さんの告白を断ろうと口を開くも、割り込まれる形で聞き馴染みのある声がやってくる。


 顔を上げれば、名簿表を片手に篠宮先生が息を切らしていた。


 そういえば、もうとっくに朝のHRの時間だ。


 加原さんは頬杖をやめる。


「答えは今すぐじゃなくていいからね。決まったら教えて」

「あ、あぁ、わかった」


 まずい。

 断るタイミングを逃した……。


 俺が焦燥に駆られる中、ふと篠宮先生と目が合う。


 俺に向かって、ウインクをして軽い笑顔を見せてくる篠宮先生。

 くっ……可愛い。って、浮かれてる場合じゃない! 


 妙な噂の件もあるし、篠宮先生にはもっと危機感を持ってもらわないと! 


 それに、加原さんの件も……。


 今日の放課後は色々と話し合いが必要そうだ。

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