第30話 それは嫌

「それは、嫌です」


 凛とした表情で、ハッキリと気持ちをぶつける篠宮先生。


 七宮先生はわずかに目を見開くと、顎の下あたりを困ったように掻き始めた。


「やー、さすがにダメくない? 法律だけは舐めない方がいいって」

「法律という枠組みで考えるなら、問題にはなりません」

「はぇ、そーだっけ?」

「その、え、エッチなことするのはダメですけど……」


 篠宮先生は急に歯切れが悪くなって、ごにょごにょと両手を合わせながら言う。


 あまりに恥ずかしそうにしているので、俺まで顔が熱くなってきた。


「てことは、あくまで清い交際ってことなんだ?」

「はい、そうです」


 七宮先生は今度は俺に視線を移すと、小首を傾げながら。


「綾辻も同じ? あくまで節度を持って付き合ってるってこと?」

「も、もちろんですよ」

「卒業するまでエロいことできないけど、その点はヘーキ?」

「…………」


 口をキュッと引き締め、目線を落とす俺。


 エロい事なしで平気かと聞かれると、すぐに頷くことができなかった。


 黙り込んでいると、篠宮先生が俺の袖を引っ張ってくる。


「た、タクマくん! そこは即答しないと!」

「あ、ですよね、すみません……」

「七宮先生、もう一回タクマくんに同じ質問してください」

「ん、あー、いいけど」


 七宮先生はこほんっと咳払いをしてから、再び同じ質問をしてくる。


「卒業するまでエロいことできないけど、綾辻はそれで大丈夫なの?」

「大丈夫な訳ないです。めっちゃしたいです」


 篠宮先生に言われた通り、ピシャリと即答する俺。


 だが、篠宮先生は顔面を蒼白させると、鬼気迫る様子で。


「キミはなにを言ってるのかな!」

「あ、すみません。つい……」

「今ふざけてる場合じゃないのわかるよね⁉︎」

「いえ、ふざけたわけじゃないです。俺の本心をぶつけただけで」

「尚更ダメだよ!」

「でもこちとら高校生ですよ。男子高校生の性欲なめてません?」

「な、なめてなんかないよ……。いつそうなるかわかんないし、ちゃんと準備は進めて……って、あ、今のなし!」

「へぇ、準備してくれてるんですね」

「嬉しそうな顔しないで!」

「あの、そろそろ制服伸びそうなのであんま引っ張らないでください」


 恨めしそうに俺を睨みつけてくる篠宮先生。


 すっかり二人の空気感が出来上がっていると、「ふっ」と呆れたような、それでいて楽しげな笑い声が聞こえてきた。


「結構ちゃんとカップルしてるんだ?」


 俺と篠宮先生は居住まいを正すと、七宮先生に向き直る。


「ちゃんと、かはわからないですけど……はい。タクマくんと冗談で付き合ってる訳じゃないです」

「そかそか。ま、二人が付き合っていることは聞かなかったことにしたげるよ」

「い、いいんですか?」

「バラしてほしい?」

「それだけは勘弁してください」


 篠宮先生は苦い顔を浮かべると、深々と頭を下げる。

 俺も同様に頭を下げた。


「ただ、何か起こってもあたしは助けないからね。だから、バレないように気をつけてよ」


 すっくと席を立ち、七宮先生はひらひら手を泳がしながら生徒指導室を出ていく。


 篠宮先生はホッと安堵めいた吐息をこぼした。


「はぁ……。七宮先生、理解してくれてよかったね?」

「理解、してくれたのかは微妙ですけど、あの様子なら他言の心配はなさそうです」

「うん。それにしても、キミはもう少し空気を読んだ発言をした方がいいね」

「花澄さんには言われたくないですね」


 視線を交錯させながら、軽く火花を散らす。

 なんだか馬鹿らしくなって、笑みが溢れる。


 こうした時間を守るためにも、俺たちの関係はバレるわけにはいかないな。


 そう、改めて思う俺だった。

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