第29話 七宮先生

 放課後。

 俺は篠宮先生と一緒に、生徒指導室にいた。


 どうしてかといえば、それはひとえに。


「え、えーと、私は、ここにいる綾辻あやつじくんとお付き合いさせてもらってます」


 七宮先生に、俺のことを紹介してもらうためだ。


 色々考えた結果、俺は篠宮先生の彼氏として七宮先生に顔を見せることを認可した。


 一見、この展開は忌避すべきものに見えるが、それは違う。

 七宮先生は、篠宮先生に好意を抱いている。そして、彼氏の存在に懐疑的だ。


 後々、篠宮先生の彼氏が俺だと発覚するよりは、こうして面と向かって伝えたおいた方が良い。一応、他言無用にはしてくれるみたいだしな。


「ま、まじかー……」


 赤茶色のショートカット。

 スレンダーな体型をした七宮先生は、ぱちぱちとまぶたを瞬かせながら気の抜けた声を上げる。


 俺はこほんと咳払いしてから。


「はい、マジです。なので、篠宮先生のことは諦めてくれませんか?」


 今、この場において、七宮先生は恋敵である。

 キチンと牽制するのも、この場を作った目的に含まれていたりする。


「いや、ごめん。ちょっと頭の整理追いついないや。三分もらってい?」

「あ、はい。どーぞ」


 七宮先生は前髪をくりくりといじりながら、天井を見上げる。


 俺と篠宮先生は固唾を飲んで見守っていた。


 ちなみに席配置は、三者面談みたいな感じになっている。

 俺と篠宮先生が隣同士で、対面に七宮先生がいる。


 きっちり三分待つと、七宮先生は俺と篠宮先生に対して交互に視線を送った。


「おっけ。このことは教育委員会に報告させて──」

「「いや、話が違う!」」


 俺と篠宮先生は同時に席を立ち、文句をぶつける。


 他言はしない。

 それが当初の約束だった。


 まぁ、俺は破られるリスクを考えてはいたが。


「お、おお……息ぴったり」

「か、関心しなくていいです! 彼氏を紹介する代わりに、誰にも他言はしないって約束じゃないですか!」


 篠宮先生が涙目になりながら、ムッと頬に空気を溜める。


「やー、でもマズくない? 教師と生徒って、普通にダメでしょ」

「うっ……。な、なんとか言って! タクマくん!」


 俺に振るのか……。

 今にも泣き出しそうになりながら、困り顔を浮かべる篠宮先生。


 ともあれ、このパターンは想定済みだ。


「七宮先生は、篠宮先生のことが好きなんですよね?」

「ん、そーだよ?」

「もし、この件を周知したら篠宮先生の立場が危うくなります。好きな人が路頭に迷う結果になってもいいんですか?」

「うわぁ、ヤな聞き方するなぁ。綾辻ってモテないでしょ」

「うぐっ、い、今そういうの関係ないと思います!」

「あ、図星なんだ?」


 七宮先生は小首を傾げ、愉しそうに笑う。


 俺はピキッと額に青筋を立てながら。


「は、話を逸らさないでください」

「ま、理屈で考えんのはあたしの悪い癖だね。ただまぁ」


 七宮先生は居住まいを正すと、チラリと視線を送ってくる。


 少し威圧的な雰囲気に、俺は気圧されてしまう。


「な、なんですか?」

「綾辻の言い分を通すなら、あたしは篠宮と綾辻の交際をやめさせなきゃいけなくなる。違う?」

「そ、それは……」

「もし、あたしがこの事を胸の奥底にしまっても、他の誰かが何かのキッカケで知るかもしれないよね。その結果、篠宮の立場が危うくなる可能性は十分に考えられる。だったら、別れさせないとね。好きな人のためにさ」


 理路整然と、淡々とした口調で告げる七宮先生。


 その通りだ。

 なにも言い返す言葉が思いつかない。


 俺が押し黙ってしまうと、篠宮先生がテーブルに手をつきながら。


「大丈夫です。絶対、バレないようにしますから」

「や、あたしにバレてるし。てか、篠宮って色々抜けてるとこあるから、すぐボロでると思うよ」


 篠宮先生は言葉の刃物に刺されると、喉を鳴らして視線を落とす。


 今度は俺の方に顔を向けて。


「そ、そんなことないよね? タクマくん……」

「いや、それに関しては七宮先生の言う通りだと思います」

「ひどい!」

「事実ですし」


 ここ数週間でよくわかったことだ。


 篠宮先生はポンコツである。

 いつか取り返しのつかないボロが出る可能性は、否定できなかった。


 七宮先生はお茶を一口飲んでから。


「ま、約束した以上、他言はしないけどさ」

「ほんとですか? 助かります」

「うん。ただ、高校卒業してから付き合いなよ。ドラマじゃないんだから、教師と生徒で付き合うとかやめた方がいいって」

「うっ……」 


 自分は職場恋愛始めようとしてたくせに! 

 まぁ、職場恋愛は法に咎められる案件ではないが。


 俺が言葉に詰まっていると、

 すっかり意気消沈していた篠宮先生が口を開く。


 さっきまでの弱々しい空気から一変、真剣な眼差しをしている。


 そして、ハッキリと篠宮先生は自分の気持ちをぶつけた。


「それは、嫌です」

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