第27話 一難去ってまた一難

 水を打ったような静寂が、リビングを満たしていた。


 だくだくと滝のような汗を蓄えながら、篠宮先生は俺に助けてほしそうに視線を向けてくる。


 この人、ポンコツなんだろうか。

 いや、そんな悠長なことを考えている余裕はないな……。 


「学校の先生って……え?」

「か、カッコウの先生、ですよね! 花澄さん!」


 すかさずフォローを入れる俺。

 だが、咄嗟の思考力ではこの程度の言い訳が精一杯だった。


「カッコウって鳥の? そんなピンポイントな先生なの?」


 チサキが胡乱な目で篠宮先生を見やる。


 篠宮先生はぎこちなく笑みを作りながら。


「そ、そそ、そうなんだよ。えへへ」

「いや、無理があるくない? それ」

「ひぐッ」


 声にもならない声をあげて、篠宮先生は再び俺に助けを求めてくる。


 諦めるの早すぎないだろうか。

 もう少しカッコウの先生として頑張って時間稼ぎしてくれないと、こっちの言い訳も思いつかない。


 涙目になる篠宮先生を横目に、俺は諦観の念を抱く。


 こうなった以上、隠し通すのは無理だろう。


 潔く話して、理解を得るしか──。


「てか、学校の先生って隠す必要あるの? ま、さすがに同じ学校の教師と教え子だと問題だと思うけど」


 チサキがあっけらかんと言う。


 そ、そうか。

 その手があったか!


「そ、そうなんだよ。花澄さんは別の、、学校の先生なんだ」

「いや、そんな強調して言わなくても。え、嘘、まさか同じ学校なんじゃ──」


「「違う!!」」


 チサキの声に被せる形で、前のめり気味に否定する俺と篠宮先生。


 余計に怪しまれそうだが、脊髄反射だったのでお許しいただきたい。


「そ、そーなんだ。ならいーけど」


 よかった。

 ギリギリで理解を得られたようだ。


 ホッと胸を撫で下ろす俺。


 篠宮先生も安堵の息をこぼしていた。


「と、とにかく、勉強でわからないとこあったら聞いてくれていいからね」

「ま……気が向いたらね」

「うん」

「ち、近いってば……」


 篠宮先生は嬉しそうに破顔すると、前のめりになってチサキに距離を詰める。


 チサキはプイッとそっぽを向いて、戸惑っていた。


 はぁ……。

 とりあえずは、なんとかなりそうだ。



 ★



 篠宮先生がウチにきてどうなることかと思ったが、事なきを得ることができた。

 それから数日が経ち、学校にて。


 移動教室のため、特別棟へと向かっている最中だった。


「──うぉッ」


 突然、俺は手首を掴まれる。ものすごい勢いで、近くの部屋に押し込まれた。

 傍からみたら、俺が神隠しをあったみたいに映ったことだろう。


 電気はついておらず、埃が散見される。

 使われていない教室のようだ。


「ど、どうしよう。タクマくん!」

「な、何ですか。いきなり! てかここ学校ですよ」


 目の前にいるのは篠宮先生。


 周囲にはバレていなそうだが、リスクのある行為には違いなかった。


 俺が注意するも、篠宮先生の耳には届いていない様子で。


「あ、あのね、私、告白されちゃった⁉︎」

「告白? ま、まさか別れ話的な……」

「ち、違うから。私、タクマくんと別れる気ないし」

「そ、そっすか。じゃあ、単純に断ればいい話なんじゃ」

「そう、なんだけどね」

「なにか問題があるんですか?」

「この学校の先生に告白されたんだよね」

「ま、まじすか」

「で、その、ね……? タクマくんのこと、彼氏だって紹介していいかな?」


 パチパチとまぶたを瞬く俺。

 この先生、頭がおかしいんだろうか。

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