第18話 デート③

 篠宮先生が感じた殺気混じりの視線の正体を気にかけてはいるものの、特にこれといった手がかりは掴めていなかった。


 ともあれ、目に見えないものを気にし過ぎても仕方がない。


 警戒は続けるとして、デートを楽しもう。


「すみません、あんまこれといった趣味がなくて」

「ううん、そんなことない。私も散歩するの好きだし」


 篠宮先生は俺が行きたいところに連れてってほしいとお願いしてきた。

 しかしそうなると、商店街をあてもなく歩くとか、そんな感じになってしまう。見慣れない風景を見るのが好きなのだ。俺は。


 まぁ、根っこが陰キャラなので、そもそもアウトドア気質ではないのだけど。


「それにしても、花澄さんは目立ちますね」

「あ、あはは……。だから、あんまコンタクトは使わないんだよね」


 なるほど。

 普段の大きい丸メガネがいかに役立っているかがわかる。


 あのメガネは、この視線の雨を防ぐ傘代わりになっているようだ。


「少し誇らしい気分です、俺」

「そう? 注目浴びて嫌だったりしない?」

「むしろ鼻が高いです」

「そっか。なら、よかった」


 まぁ、正直、注目を集めるのは苦手だ。

 できる限り日陰で、極力注目されたくはない。


 だが、ここで余計なことをいって篠宮先生に妙な気を遣わせたくなかった。


 あ。

 というか俺、彼氏として行うべきことをしてない……! 


「て、てか、今更ですけど」

「ん? なに?」

「今日の花澄さんはその、いつも以上に可愛いですね」

「そ、そうかな。えへへ、ありがと」


 篠宮先生は照れ臭そうに、こめかみのあたりを指で掻く。


 藍色を基調としたタイトトップスに、チェック柄のロングスカート。

 白い腕が惜しげもなく晒されていて、正直目のやり場に困る出立ち。


 肩に掛けたショルダーバックとの相性も高く、オシャレだった。


 デートだから気合いを入れてくれたんだろうか。


「タクマくんも、いつも以上にカッコいいよ」

「お、俺は別にそんなこと……」

「照れなくていいのに」

「照れてるわけじゃないですから」


 むしろ申し訳ないくらいだ。


 もちろんデートということで、俺だって気合いは入れてきたが、付け焼き刃感は拭えない。


 篠宮先生の隣を歩く男としては、不甲斐なさを感じる見てくれだった。


 おしゃれの勉強、しないとな……。

 今度、チサキに聞いてみるか。協力してくれる気がしないけど。


「あ、見て、タクマくん!」

「なんですか?」


 篠宮先生は、ふと何かを見つけると、クイクイと俺の手を引っ張ってくる。


 指差す方向を見れば、そこには猫が数匹、ガラス越しにこちらを見ていた。

 どうやらペットショップみたいだ。


「私、猫好きなんだ」

「へえ、そうなんですね。じゃあ少し寄っていきますか?」

「いいの?」

「もちろんです」


 差し迫った予定があるわけじゃないからな。


 篠宮先生はパァッと笑顔を咲かせると、俺の手を強めに掴んでペットショップへと歩き始めた。


 こういう知らない一面を知るために、世のカップルはデートをするのだろうか。


「……っ」

「どうかした? タクマくん」


 俺の背筋に寒いものが走る。


 身体を硬直させる俺を見て、篠宮先生が小首をかしげてきた。


「あ、いえその、俺も殺気じみた視線を感じたといいますか」

「そうだよね! さっきのあれ、私の気のせいじゃないんだ!」

「い、いや喜ぶとこではないと思います」

「そ、そうだね。なにテンション上げてるんだろ私……」


 周囲を見回してみるが、それらしい何かは見つからない。


 ただの気のせいならいいが……。

 なんなんだ一体。


 まぁ、あまり気を取られても仕方ない。


「あ、すみません。行きましょうか」

「うん」


 仕切り直して、ペットショップへと向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る