第17話 デート②

 予定よりも40分早くきてしまった。


 人生初のデートとはいえ、少し浮かれ過ぎだろうか。うん。間違いなく浮かれ過ぎだろうな。

 とはいえ、浮かれるなというのも無理な話だ。


 ちなみに待ち合わせ場所は駅近くの本屋に設定してある。

 俺の性格上、余裕を持って待ち合わせ場所に行くのはわかりきっていたからな。


 待ち時間の潰しがきく本屋にしたという訳だ。


 篠宮先生にプレッシャーを与えないよう、到着したことはまだ連絡しない。


 本屋に入店し、適当に店内を探索することに。


「……え」

「あ」


 すると程なくして、俺はピタリと足を止め、まぶたをパチクリさせた。


 だって、これから俺がデートする相手である篠宮先生が、そこに居たからだ。


「なんでいるんですか。篠宮先生……」

「な、なんでって、キミとデートするからに決まってるでしょ?」


 篠宮先生は持っていた料理本で顔を隠すと、目元だけ覗かせてくる。


「いや俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、まだ待ち合わせまでだいぶ余裕があるから」

「楽しみ、だったんだもん。それで、一時間前からここに……」

「い、一時間前って、マジすか」

「うん、マジだよっ」

「いや誇らしげに言うことではないですからね」

「うっ……」


 まさか、一時間も前から来ていたとは。

 というか、二時間近く待つ予定だったのか、この人……。


 てっきり俺が待つ側だと思い込んでいたから、意表を突かれる展開だ。


「というか、すみません。そんな待たせてしまって」

「ううん。私が勝手にやってることだし、というか、タクマくんこそ来るの早くない?」

「そりゃまぁ、先生とのデート楽しみにしてましたから」

「……っ。そ、そっか」


 本屋の一角で、甘ったるい空気を醸し出す。


 幸いにも周囲に人はいないが、遠巻きから店員さんの冷たい視線が飛んできている。

 さっさと退散した方が良さそうだなと考えていると、篠宮先生が俺の服の袖を掴んできた。


「スルーしてたけど、今日はキミの先生として来たわけじゃないんだけどな」

「す、すみません。いつものクセで。えっと……花澄さん」

「うん、よくできました」

「あ、頭撫でないでください!」


 毛繕いするみたいに頭を撫でてくる篠宮先生。


 人目もあるため、なかなかに小っ恥ずかしかった。


 というかいい加減、店員さんの目が怖いな。早く退散しよう。


「えー、遠慮しなくていいのに」

「遠慮じゃないですから。ほら、行きますよ」

「……う、うん」

「…………」


 俺が手を握ると、篠宮先生の身体に緊張が走る。


 さっきまで余裕綽々で俺を弄んでいたのに、すっかり萎縮していた。

 俺も俺で、篠宮先生の緊張がうつったのか、ぎこちない足取りになってしまう。


 ともあれ、どうにか本屋から抜け出すことができた。


「え、えっと、少し時間できましたけど、なにしましょうか」


 当初の待ち合わせより30分以上早い。

 この空き時間はどう埋めたものだろうか。


「タクマくんが行きたいところでいいよ」


 篠宮先生は俺の手を拙く握り返しながら、この先の予定を俺にゆだねてくる。


「俺の行きたいところ、ですか」

「うん。ダメかな?」


 ダメなことはない。


 しかし俺の行きたいところか。

 いざそう言われるとなかなか難しい。


 顎に手を置き、思案を巡らせていると、篠宮先生の表情が曇った。


「どうかしました?」

「あ、ううん。なんでもないよっ」

「隠さないでちゃんと言ってほしいです」


 目を見て、真剣に伝える。


 なんでもないようには見えなかった。

 頼りないかもしれないが、一人で抱え込む真似はしてほしくない。


 その思いが通じたのか、篠宮先生は少し躊躇い気味に。


「……私の勘違いかもなんだけど、さっきから視線を感じるの」

「視線、ですか」


 そりゃ、今の篠宮先生は抜群に可愛いからな。


 視線の一つや二つ、集めるのも仕方がないと思うが。


「うん。なんか嫌な視線っていうか。殺気? みたいなのを感じるっていうのかな」

「殺気、ですか」


 周囲をキョロキョロと見回してみる。

 しかし、それらしい視線の出どころは見当たらない。


「多分、気のせいだと思うんだけどね。だから、そこまで気にしなくて大丈夫だよ?」

「そう、ですね。まぁ、なにかあっても、花澄さんのことは絶対に守りますから。俺」

「そ、そっか。頼りにしてるね」

「は、はい。任せてください」


 我ながら歯が浮くようなことを言ってやがる。

 恋愛すると馬鹿になるって本当みたいだ。


 何はともあれ。

 せっかくの初デートなのだ。横槍が入るような事にはならないでほしいな。

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