第12話 授業中にて①

 あの後、拙いながらもイチャイチャしてから、俺は先生の家を出た。


 具体的な日取りなどは決まっていないが、そう遠くない未来にデートは実現する予定だ。

 篠宮先生にメガネを外してもらえば、学校関係者に見つかる危険は大きく減らせるしな。


 教師と生徒という間柄上、否定的な意見ばかり出していたが、光明が見えてきてよかった。



 それから四日が経ったある日のことだった。


 それは、現国の授業の最中。

 篠宮先生が普段通り、教壇に立ち授業を進めている時だった。


 昭和初期の有名な作家さんが書いた小説を、指名された生徒が読み上げる。

 特別おかしな点のない普通の授業だった。


「じゃ、次のところをタクマくんに読んでもらおっかな」


 途端、異様な空気が流れ始める教室。篠宮先生は何食わぬ顔で俺を見つめながら、そう、当たり前のように俺の名前を呼んできたからだ。

 しかし、篠宮先生はその異変にいっさい気づいておらず、キョトンとしている。


「どうしたの? どこ読むかわからない?」

「あ、いえ、そうじゃなくて、その」

「……? ……っ。あ、えっと、綾辻くん。そう、綾辻くんね!」


 焦燥に駆られる俺の顔を見て気がついたのか、篠宮先生はわなわなと身体を動かしながら、間違いを訂正する。


 だが、その焦りようがこの空気をさらに深刻化させていた。


 ま、まずいぞこれ……。


「せんせー。なんで今、綾辻のこと名前で呼んだんすかー?」


 ヒエラルキーの高い男子が、普段と変わらない快活な口調でずけずけと切り込んでくる。


 クラスメイトが等しく抱いていた疑問だけに、興味の矛先が向かう。


「え、えっと……」


 篠宮先生はだくだくと滝のような汗を流しながら、右へ左へと忙しなく黒目を泳がせる。


 どうにか助け舟を出してあげたいが、それができる状況ではない。ここで俺が先生のフォローをすれば、逆効果になる可能性が高いからだ。


 普通に取り返しつかなくないか、この状況……。

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