第11話 手をつなぐ

「彼氏、ならさ。この後、彼女の私となにしたいの?」


 篠宮先生は優しく投げかけるように、俺に問いかけてきた。


 途端に早まる心臓の声音。

 いつの間にか口の中に溜まっていた唾をごくりと飲み込むと、俺は先生に焦点を合わせた。


「俺は、えっと、……手、つなぎたいです」


 まだまともに手すら繋いでいない関係性である。


 そりゃ、男子高校生の考えることは大体エロいことだし、めちゃくちゃ興味はある。

 ただ、教師と生徒という関係だからとか、未成年だからとか、そういうの関係なく、段階を踏んで進んでいきたいと考えている。


「へぇ、意外と可愛いこと言うんだ?」

「先生がドン引くようなお願いに変更しましょうか」

「そ、それは勘弁してほしいかな……」

「彼氏として、彼女にしたいことはいっぱいありますけど、焦らずやっていきたいです。俺は」

「……っ。そ、そっか。じゃあ、はいっ」


 篠宮先生は桜色に頬を染めながら、俺に向かって右手を差し出してくる。


 白魚のように細くて白い指。

 俺は緊張を押し殺しながら、左手でそれを握る。


 異性の手に触れたのなんていつぶりだろう。それこそ、小学生とかに遡りそうだ。


 男の手と違って柔らかくて、少し力を加えればポキッて折れてしまいそうだ。


「…………」

「……だ、黙らないでよ」


 万感の思いのまま、頭の中の整理がつかず、つい黙り込んでしまう俺。


 篠宮先生は首や耳まで赤くしながら、俺を注意してきた。


「せ、先生こそ黙らないでください」

「だって、恋人できたことないもん。どうすればいいかわかんない」

「俺だってわかんないです。先生なんだから困ってる生徒を導いてください」

「うわ、横暴だ! てか、今は先生じゃないから」

「……そ、そうですね」

「うん。だから、先生じゃなくて花澄って呼んで」

「か、花澄さん」

「うん。タクマくん」


 嬉しそうに破顔すると、篠宮先生は俺に身を寄せてくる。


 肩と肩が接触し、先生の髪が俺の肩にしなだれかかってきた。


 やばい……。

 理性が吹っ飛びそうだ。


「恋人ってすごいね。こんなにくっついても良いんだ?」

「そ、そっすね。……だからみんな付き合ったりするんでしょうね」


 友達相手には絶対にできない距離感だ。


 恋人相手でなければ許されない。


「結局、外でデートってできないのかな?」

「……難しいと思います。色々考えてはみましたけど、やっぱりリスクが拭えないです」


 いつどこで誰が見ているか、わからない。


 先生の家に行くことだって十分にリスクの高い行為なのだ。

 街中でデートとなれば、さらにリスクは高まってしまう。


 高校ともなると、遠方から通っている生徒もいるしな。

 至る所に監視カメラがあると考えていい。


「そっか。変装とかしてもダメ?」

「変装、ですか。……あっ」

「どうしたの?」

「それですよ!」


 天啓がおりてくる。


 俺はソファから立ち上がると、テンションを跳ね上げながら。


「そのメガネを外せば良いんです」

「ど、どういうこと?」

「あの日、海でナンパされてた女性を、俺は花澄さんだって気づかなかったんです」

「いや、それはタクマくんが鈍いだけなんじゃ」

「それもありますけど、それにしたってメガネのあるなしだけで変化が大きすぎます。案外、バレないかもしれません」


 冗談抜きで、メガネのあるなしで顔の印象が変わる。


 下手に変装をすると、かえって怪しまれる危険があるし、なにかあった時に言い訳がつかないと思っていた。

 しかし、メガネを外すだけなら、変装している不自然さはない。


 堂々としていれば怪しまれる危険は少ないし、第一、メガネをなくした状態の篠宮先生を見て、すぐに普段の篠宮先生と一致させるのは至難の業だ。


「そ、そんな上手くいくかな」

「いくと思います」

「ホントにそんなに変わってる?」


 篠宮先生はいまいち納得していない様子で、メガネを外す。


 すると、海でみた時と同じ、美人がそこにいた。


「変わりすぎです……。なんですかこれ、手品ですか……」


 メガネか裸眼かの違いしかないのに、この変わりようはもう、手品の類を疑いたくなるレベルだった。

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