第10話 嫉妬

 篠宮先生の下の名前が、花澄かすみということが判明した。


 こっちが心配になるくらい頭に血を昇らせながら、篠宮先生はそっと俺に向かって身を寄せてくる。


「もう一回呼んで」

「か、花澄さん」

「えへへ」

「……っ」


 この人、ホントに俺の担任の先生なのかな。

 童顔だし、正直、制服を着れば高校生でも通じるポテンシャルを持っている。


 詐称して教職やっていると言われても、納得してしまいそうだ。


「取り敢えず立ちっぱなしだから、座ろっか」

「そ、そうですね」


 篠宮先生に促され、こたつテーブルの前に腰を下ろす。


「そっちじゃないよ。ここ」

「あ、はい」


 ソファベッド(今はソファの状態になっている)に、来るよう指示してくる篠宮先生。


 ちょうど二人座れるくらいのスペースがある。


 俺が慎重に腰をつくと、篠宮先生は俺の緊張を解きほぐすようにふわりと微笑みながら。


「この家に男の人が入ったの、タクマくんで二人目だよ」

「ん、は? 二人目? 俺が初めてじゃないんですか?」

「うん」

「そ、そっすか」


 いや、まぁ別に付き合う以前のことを掘り起こす気はないし、そこに対して咎める気はない。


 が、それでも胸の内にモヤモヤが溜まる内容だった。

 俺よりも先に入った男がいたのか……。


「嫉妬してる?」

「し、してません! いやすみません。すげぇしてます」


 まだ付き合い始めて一週間も経っていない。


 篠宮先生のことをどのくらい好きなのかもわかっていない状態。

 でもそれでも、彼氏として嫉妬くらいしてしまう。


「ふぅん。そっかぁ」

「なに嬉しそうな顔してるんですか」

「可愛いなって思って」

「むっ。怒りますよ」


 こっちとしては結構深刻な問題なのだ。


 平常心を保とうと必死でいるのに、そこを茶化されたくない。


 しかし篠宮先生は依然として笑みを携えながら。


「お父さんだよ。この家に入った最初の男の人」

「……や、ややこしい言い方しないでくれますかね!」


 俺はヒクヒクと頬を歪ませながら、声を荒げる。


 確かに父親なら、娘の家に行っていてもおかしくないけど。

 なんなら引っ越しの際の肉体労働で、タダ働きさせられていそうだけど! 


「だって心配だったんだもん。タクマくん、あんま私のこと興味ないのかなって」

「は、はぁ? なんでそんな心配してるんですか」

「そりゃ心配にもなるよ。さっきまで私の名前すら知らないくらいだし」

「う、うぐ」


 俺は視線を落とすと、踏み潰されたカエルのような声を出す。


「でもちょっと安心したかも。タクマくんは私で嫉妬してくれるんだ?」

「そ、そりゃ彼氏なんですし、当たり前です」

「そっか。彼氏だもんね」

「ええ、はい」


 ついこの間までは教師と生徒の間柄でしかなかったが、今は恋人である。


 こちらとしての考え方も変わってくる。


 篠宮先生はほんのりと頬を赤らめると、両手の指を合わせる。

 視線を泳がせながら、呟くように。


「彼氏、ならさ。この後、彼女の私となにしたいの?」


 え、えっと……。


 これは大人の階段を登るチャンスですか?

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