第8話 先生の家②

 放課後を迎え、俺は篠宮先生の家の前にいた。


 先生から「家に来ていい」と許可が出たからだ。そのまま帰宅する選択肢もあったわけだが、その選択を取れる出ている俺ではない。


 ソワソワと浮き足立ちつつ、入念に周囲に視線を凝らす俺。

 学校関係者がいないことを確認してから、合鍵を使って部屋の中に入った。


 中に入ると、まず初めに甘い香りがした。

 整理整頓が行き届いていて、モデルルームみたいだ。


 俺はドクドクと心臓の鼓動を張り裂けんばかりに加速させながら、玄関で靴を脱ぐ。


 当たり前なのだが、生徒の俺と違って、篠宮先生は学校に残って仕事に励んでいる。


 何が言いたいかといえば、今現在、家主がいない状態だ。


 あ、篠宮先生から先に入ってて大丈夫だからと、お墨付きをもらっているからな? 


「ワンルーム、か」


 ざっと部屋の内装を確認する。


 十畳ほどのワンルームに、ロフトがついている。

 風呂とトイレは別で、キッチンはこの間取りにしては広めだ。


 なんだか不法侵入しているみたいで居た堪れなさがあるな……。


「しかし、来たのはいいものの、することないな」


 篠宮先生がまだ帰ってきていない以上、実質的には身動き取れない状況である。


 おそるおそる近くのクッションに腰を下ろし、俺はそわそわと辺りを見回す。


「一週間前の俺が聞いたら、絶対信じないだろーな……」


 担任の先生と付き合うことになって、あまつさえ家に行っているだなんて、現実離れしすぎている。


 だがそれが真実だったりするわけで、人生何が起こるかわからないものだ。


 ともあれ、まだ十七時前。

 教師の退勤時間を今ひとつ把握していないけれど、篠宮先生が帰ってくるまで最低でも一時間は猶予があるだろう。


 そうなってくると、どうしても邪な感情が湧き出て来てしまう。


「ちょ、ちょっと見るくらいならいいかな」


 ごくりと唾を飲み込み、俺は押し入れに視線をぶつける。


 見たところクローゼットはないし、おそらくあの押し入れの中に衣服の類が詰まっているのだろう。

 俺とて、男の子である。こういった状況下で、理性をずっと保っていられるほど出来た人間ではない。


 じんわりと汗を蓄えつつ、俺は押し入れへと向かう。


 ドクドクと心臓が跳ねる音が耳まで響く。

 慎重に手をかけ、押し入れを開け──。


「わぁっ!」

「……っ!?」


 一瞬、心臓が止まった。


 絶対止まった。間違いなく止まった。


 緊張状態にあった俺の身体に、噴火のような衝撃が走り、俺はその場で尻餅をついてしまう。


「あはは、驚きすぎだってば」

「え、な、なんで、篠宮先生が」

「今日は半休もらって早く帰らせてもらったの。タクマくんを驚かせようと思って」


 ……なるほど。

 それなら、俺よりも先にここに到着していた理由に納得できるが。


「いや、なんでそこに隠れてたんですか」

「タクマくん、私の部屋物色しそうな気がしたから」

「……し、しませんよ、そんなこと」

「説得力ないなぁ〜」


 篠宮先生は俺の頬に、ぷにっと人差し指を押し込んでくる。


 俺はそそくさと距離をとりながら。


「人が悪いですね、先生」

「あー、そういうこと言うんだ? タクマくんがどうしてもって言うなら、押し入れの中自由に見せてあげようと思ったのに」

「良い人ですね、先生!」

「ちょっと現金すぎるね、キミ……」


 俺の変わりように、篠宮先生が少し呆れたように呟いていた。

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