第6話 合鍵
教師と生徒という間柄上、付き合うことには多大なリスクを伴っている。
思春期真っ盛り、頭の中を色で表現するなら桃色の俺は、つい勢いに任せて篠宮先生からの交際申込みを引き受けてしまったが。
「やはり、今の状態で付き合うのって難しいですね」
「だね。障害たくさん……」
「はい。なのでやっぱり──」
「あ、今更取り消す的なのはなしだからね?」
さり気なく、交際の件を白紙に戻す方向で話を進めてみるが。
篠宮先生はその隙を与えてはくれなかった。
「……繰り返しになりますけど、バレた時に一番被害を被るのは篠宮先生なんですよ。その点、わかってますか?」
こればかりは俺が肩代わりできる問題じゃない。
立場の話だ。
未成年は守られる立場にあって、成人は未成年を導いてあげる存在でなくてはいけない。
何かのキッカケで交際が発覚した時、矢面に立たされてしまうのは、どうしたって篠宮先生になってしまう。
「わかってるけど、初めてだから……。キミが、私のこと本気にさせたんだよ?」
下から覗き込むように、そっと視線を送ってくる。
ダメだこの人、すげぇ可愛い。
なんか色々考えてるのが馬鹿らしくなってきた……。
「え、えっと、じゃあ、引き続きお付き合いは続けるってことで」
「うんっ。そうしてくれないと困る」
たじろぎながら訥々と言うと、篠宮先生はニコリを口角を上げた。
俺は人差し指で首筋をポリポリ掻きながら。
「先生の家って、ここからだとどのくらい掛かりますか?」
「えっと、車で三十分くらいかな」
車で三十分か。
それなら相応に遠い。
過度に心配しなくとも、バレる危険は少ないか。
「じゃあ、取り敢えず今後は先生の家を逢引に使いましょう」
「おっけ。はいこれ」
「え、これって」
「合鍵。タクマくんが持ってて」
篠宮先生はポケットから鍵を取り出すと、そのまま俺に手渡してくる。
「う、受け取れないですよ。さすがに」
「でもその方が都合よくないかな」
そりゃ、俺がインターホンを押して篠宮先生が部屋の鍵を開けるまでの待機時間に見つかる危険がないとは言い切れないし。
合鍵があった方が、なにかと便利ではあるが。
「というか、元々用意してました? 普通、合鍵なんて持ってこないですよね?」
「うっ、鋭いね。タクマくん」
「てか、初めからこのつもりだったんじゃ……」
「そ、それはどうかな……」
合鍵は普通、持ち出すものではない。
無くした時の予備だからな。
実家に置いておくとかが正しい在り方な気がする。
じんわりと汗を滲ませながら、篠宮先生はあさっての方を向いて下手くそな口笛を吹く。
「悪い人ですね……」
「だって、彼氏を家に呼ぶってやつやってみたかったんだもん」
「あざといっすね」
「あざといの嫌い?」
「いえ、大好物です」
「好物なんだ……! 食べちゃうんだ⁉︎」
「はい。付き合ってるんですし、そういうこともありますよね」
「……っ」
「篠宮先生は、男子高校生の食欲を舐めてますか?」
「しょ、食欲って本当に食べる気じゃん!」
篠宮先生が律儀にツッコんでくれる。
どうしよう。この人、本当に可愛いんだけど。
勢いで交際することになったけれど、段々と着実に、篠宮先生のことが異性として好きになっている実感がある。
「まぁ、篠宮先生がいいならこの鍵は俺が持っておきます」
「うん。なくさないようにね」
「了解です」
「住所とかは後でチャットで送るね」
「わかりました」
「じゃ、取り敢えず今日はここら辺にしとこっか。あんまり離席時間長くて、他の先生に怪しまれてもよくないし」
「ですね」
今後は、篠宮先生の家で逢引することが決まり、今日はお開きになった。
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