第2話 予期せぬ提案

「あれ? もしかして気づいてなかった?」


 目の前にいる人物が、果たして担任の篠宮先生なのかという疑問が、俺の脳内を駆け巡っていた。


 冷静に考えて、篠宮先生なのは間違いない。

 誰かと入れ替わる余裕はなかった。


 けれど、今の篠宮先生は別人のような印象を受ける。


「ほ、ほんとに、先生ですか?」

「そうだよ。なんかみんな言うんだよね。メガネのあるなしで、そんな変わる?」

「変わります。てか、俺、マジで気づきませんでした。あの時の女性が、篠宮先生だなんて」

「そこまで変化持たれると怖いレベルだね……」


 篠宮先生は顎先に指を置きながら、困ったように笑う。


 学校での篠宮先生は、特別美人という印象は受けない。

 顔より先に、大きい丸メガネが印象に止まるからだろうか。


 しかし、こうして改めてみると、容姿の整い具合がすごい。

 顔のパーツが黄金比率で配置されており、色白で艶がある。淡褐色の髪は胸元まですらりと伸びており、枝毛のひとつも見当たらない。


「ん? どーしたの?」

「あ、いや、見惚れてしまって」

「え?」

「な、なんでもないです」


 まずい。

 気が緩んで、つい思ったことをそのまま口に出していた。


 篠宮先生は頬に朱を差し込むと、キョロキョロと目を泳がせながら。


「と、とにかくね、今日呼び出したのはあの時の写真を綾辻くんに共有したいからなの」

「わ、わざわざすみません」


 正直、今更ツーショット写真を手に入れても仕方ないところではある。


 が、いらないかと聞かれれば別だ。普通に欲しかった。


 俺はポケットからスマホを取り出す。


「先生と生徒が個人的に連絡先交換するの禁止なんだけど、内緒ね?」

「わかりました」


 色々とうるさい世の中だからな。


 先生と生徒が個人間でつながれる状況は、客観的にみて良くはない。とはいえ、俺は写真がほしいわけで、今回ばかりは少しルール違反をさせてもらおう。


 篠宮先生と連絡先を交換する。

 あの日、海で撮った写真が送られてきた。


「恥ずかしいから誰かに見せびらかしたりしないでね?」

「はい。俺だけの宝物にします」

「た、宝物って……大袈裟じゃないかな」

「大袈裟じゃないですよ」


 篠宮先生は恥ずかしそうにうつむく。


 俺にしてみれば宝物である。

 こんな美人とツーショット、そうそう撮れるものではない。


 というか、結果的にではあるが、連絡先を交換してしまったな。

 こうなってくると、いよいよナンパみたいだ。


 これ、担任の先生をナンパしたことになるのか? 


 いや、考えすぎだな。

 そもそも篠宮先生は、俺なんか眼中にないだろう。自分の生徒だと認識していたから、写真を撮って連絡先を交換してくれたのだ。


「ところで、一つ相談があるんだけどね」

「相談ですか?」


 打って変わって、別の話題を切り出してくる篠宮先生。


 どことなく緊張しているのが感じ取れた。


「うん。あ、その前に綾辻くんって彼女いたりするかな?」

「い、いませんけど……」


 センシティブな質問に戸惑う俺。


 あまり教師側から生徒にぶつける内容ではない気がするが。


「そうだよね。彼女いるのにナンパしたりしないよね」

「そ、そうですね」

「じゃあさ」

「はい」


 篠宮先生は躊躇いがちに、そわそわと手遊びしながら切り出す。


 というか、今更だが写真を渡すだけなら連絡先を交換する必要はなかったんじゃないか? 

 連絡先を知らなくとも、共有する手段はあるしな。まぁ、今更か。


 なんて、関係ないことを考え始めた刹那。


 篠宮先生は、そう、ハッキリと提案してきた。



「私と、お付き合いをしてくれないかなっ!」


「ん、は?」

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