第3話 プレゼン
「私と、お付き合いをしてくれないかなっ!」
「ん、は?」
予期せぬ要求に、俺はわかりやすく戸惑ってしまう。
わずかに瞳を潤ませ、上目遣いで俺を捉えてくる篠宮先生。
庇護欲を誘う表情を浮かべ、そわそわと落ち着きなく身体が揺れていた。
ポカンと間抜けヅラで口を開けながら硬直する俺。
篠宮先生は続ける。
「私ね、その、この前みたいにナンパに遭うことも結構あるんだ……。その度に、家族だったり友達だったりが助けてくれてるんだけど、何回か押し負けて危ない目に遭いそうなこともあって。……なんだかんだと大事には至らずに済んでるんだけど、このままじゃ良くないなって思ってて。友達にも、早くいい人見つけて守ってもらえって言われててね」
授業中の理路整然とした物言いとは打って変わって、拙い喋り方の篠宮先生。
話し方からだけでも、緊張しているのが見てとれる。
「でも、彼氏とかよくわからなくて。そもそも、私、歳上とか苦手だし。同年代の男の人も得意じゃなくて」
「は、はぁ」
「でも、私の歳で歳下ってなると、もう学生しかいなくて。まぁえっとだからね、私の彼氏になってくれないかな! 綾辻くん!」
再び、交際を迫ってくる篠宮先生。
少し時間が経ったおかげか、俺の脳内の整理もついてきた。
要約すれば。
篠宮先生は恋愛経験がなく、彼氏を作ろうと考えている。
恋愛対象に同年代や歳上はNG。
そして、どういう訳か俺を彼氏候補にしている。
最後の一行が意味わからないな……。
「ど、どうして俺なんですか?」
「だって、綾辻くん、私のこと可愛いって言ってくれたから」
「そ、それだけですか?」
「うん……。生徒から直接そんなこと言われたの初めてだったし。なんかあれ以降、ずっと綾辻くんのこと考えちゃって。暇さえあれば綾辻くんとのツーショットを眺めたり、なんて……。えっと、その、初めてなの! こういう気持ち!」
ハッキリと宣言してくる。
ま、まさか人生初の告白が担任の先生からとはな……。
「で、でも俺たち教師と生徒ですよ? わかってますか?」
思春期真っ盛り。
恋愛には興味津々の年頃である。
が、今回のはそれ以前の問題だった。
学校という性質上、教師と生徒がどうこうなるのは問題しか孕まない。
残念だが、この件を前向きに考えることは──。
「ど、ドキドキするね」
「おい」
教師に向かって粗暴な言葉遣いだが、今だけはご容赦願いたい。
「大丈夫だよ。ニュースでもたまにやってるでしょ。教師と生徒が〜みたいな」
「事案だからニュースになってるんですよ。問題行為ってことです」
「一般人の恋愛が、大々的に電波に流れる可能性があるって考えることもできるよね」
「どんなポジティブシンキングですか。人生棒に振りますよ!?」
「一度きりの人生なんだし、普通に生きてても面白くなくないかな」
「法律には縛られるべきです!」
この人、なに考えてんだ。本当に教師なのか?
「でもさ、もし、綾辻くんが卒業するまで待ってたらあと一年以上かかるから」
「……まぁ、そうですね」
俺は高校二年生。
卒業するまでは、一年半以上ある。
「そんなに我慢できない。だから、勇気出して告白したの」
普段の先生の様子とは違う。
教師としてではなく、一人の女性としての発言。それだけに、俺の心拍が上昇していく。
「私だってわかってるよ。ダメなことだってくらい。でも、こんな気持ちにさせた綾辻くんにも責任あるからね?」
「……っ。す、すみません」
海で出会った時は篠宮先生だとわからなかった。
だから、安易に『可愛い』などと褒めてしまった。それが結果的に、こういう事態を招いているのだから、俺の責任は重い。
教師と生徒という、一般論で説き伏せるのはあまりに身勝手か。
「……と、というわけで、その、えっと、プレゼンします」
「は? プレゼン?」
どういう訳なのか、いきなりプレゼンを始めると言い出す篠宮先生。
俺が眉根を寄せる中、篠宮先生はどこからか画用紙を取り出して。
「わ、私と付き合った場合に得られるメリット!」
ピン芸人のフリップネタのように、大きな文字で書かれた画用紙をめくっていく。
「1、禁断の恋が経験できる! 教師と生徒というイケナイシチュエーションを経験できるのは今だけ!」
「ひ、一つ目のメリットがそれですか……。まぁ、確かに今だけですけど」
遅かれ早かれ、学生からいずれは社会人になってしまう。
生徒として、教師と付き合えるのは今だけだ。法に触れるから、良い子は絶対マネしないようにな。
「2、社会人の金銭力! 交際にかかる金銭面での負担は、ほぼありません」
「お、おお……すごい魅力的だ……」
付き合った経験がないからピンとはこないが、交際費は相応にかかるものだろう。
学生でお金を稼ぐ手段はアルバイトくらい。
平日は学校に時間を吸い取られるし、大金を稼ぐのは難しい。
そういった面で、恋人が社会人なのはアドバンテージになる。
「3、え、エッチなこともおっけー」
3つ目にとんでもない爆弾が投下される。
いやまぁ、付き合うならそういうこともあるだろうけど。
何はともあれ、俺は思春期真っ盛り。
そういうコトには、めっぽう興味がある年頃である。
ゆえに、頭で考えるよりも先に、口が出ていた。
「付き合いましょう、先生!」
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