罰ゲームでナンパした相手が、担任の先生だった件について〜歳上を本気にさせた罪は重いってマジですか〜

ヨルノソラ/朝陽千早

第1話 ナンパをした女性は担任の先生でした

 8月下旬。

 夏休みも残すところあと2日に迫った今日。


 俺は、友達と海に遊びに来ていた。


 といっても、海水でキャッキャッと馬鹿騒ぎしたいわけじゃない。


 インドア気質の俺に取って、灼熱の砂浜なんてのは目に入れるだけでも毒なのだ。


 しかしこうして海にやってきたのは、灰色の夏休みに彩りを加えたかったからである。まぁ、友達に誘われたからってのが一番の理由だが。


「中々、良いもんだな……」

「ああ、まじエロいわ」


 パラソルの下で海を眺めている体を装いながら、通り過ぎていく水着姿の女性をそれとなく追っていく。


 インターネットに、男心をくすぐる画像はごまんと流れている時代だけれど。

 やはり、生で見るのは格別である。


 こうして、恋人のいない虚しさを友達と埋めている時だった。


「なぁ、ジャンケンで負けたヤツが罰ゲームでナンパしねえか」


 一人がそう、提案した。


 提案してしまった。これが全ての始まりだった。


 そして、暑さにやられたのか俺のテンションもおかしくなっていた。


「いいなそれ、やろう」


 この場には俺を含め4人。

 俺が負ける確率は25%だ。


 勝つ可能性の方が高い。負けはしないだろう。


 そう、楽観視してしまったのが間違いだった。


 じゃんけんの勝敗はすぐについた。俺がパーで、残りは全員チョキ。


「や、やっぱりさっきの話はなかったことに……」


「なに言ってんだ、負けたんだから潔くナンパしてこい! 綾辻あやつじ!」


 背中を押され、パラソルの影から押し出される。


「ま、待って。ナンパとかさすがに──」

「負けたんだから、ウジウジ言っても無駄だぜ。ツーショット撮れたら成功な」

「ま、まじかよ……」



 ──そんなわけで、俺は罰ゲームでナンパをすることになり、あてもなく砂浜を彷徨っていた。



「はあ」


 重たいため息が漏れる。


「マジでどうしよ……」


 打開策も見つからないまま、ふらふらと歩く。

 すると海の家の近くで、ナンパに遭っている(と思われる)女性を発見した。


 普段であれば素通りするが、今はナンパの術を学びたい。そそくさと距離を詰め、会話を盗み聞きすることに。


「いいじゃないっすか。俺、なんか奢りますよ」

「ですから、私は友達を待ってるだけで……」

「ならその友達さんも一緒に。てか、マジでおねーさん可愛いっすね」

「……ど、どーも」


 チャラチャラした雰囲気の茶髪男と、警戒心高めの女性。可愛いと褒められると、僅かに頬が赤らんでいた。


 なんだかチョロそうだな。

 この調子で押していけば、ナンパが成功しそうな雰囲気ある。


 それにしても美人な女性だった。

 ラッシュガード越しにも伝わるほど、膨らんだ双丘。肌は白く、淡褐色の髪は太陽に照らされて輝いている。


 しかし、なんだろうかこの既視感。

 どこかで見覚えがあるような……。


「マジお願いしますって。ちょっとだけでいいんで」

「や、やめてください。困ります……」


 ナンパ男は、女性の手首を掴む。


 少し強引な手段を使い始めたようだ。


 女性が困っているのは、火を見るより明らかだった。


 当人の許可なしで接触するのはご法度。

 このまま見過ごすことは簡単だが、女性はどうにも押しに弱そうな印象を受けた。放っておくのは、自己嫌悪に陥りそうだ。


 覚悟を決めると、俺は砂を強く蹴って駆け出した。


「ちょ、ちょっと待ったぁあ!?」


 さながら結婚式会場に飛び入り参加するかの如く、大声を上げる俺。


 緩衝材になるように、女性とナンパ男の間に割って入った。


「な、なに、キミ」


 突然の俺の登場に、ナンパ男は頬を引きつらせる。


「浮気、しないでください! 俺にあんな酷いことしたのに、もう別の人見つけたんですか!?」

「は? 浮気? なに言ってんの」

「忘れたなんて言わせませんから! 濃厚な時間を過ごした仲じゃないですか!」

「いやきめぇって」


 俺は両手を合わせると、上目遣いでナンパ男を見つめる。


 我ながら気持ち悪すぎる……。


 とはいえもう一押しだろうか。

 俺はピトッと、ナンパ男に腕をぶつける。


 ナンパ男は青ざめた表情を浮かべると、


「な、なんなんだよマジで。くっそ!」

「あ、待ってくださいよぉ」


 オリンピックに出ても不思議じゃないくらいの走力で、この場を立ち去っていった


 ふぅ。

 上手くいったな。


 俺みたいな人間には、ナンパ男と真正面から対話する力はない。武力もないため、正攻法では返り討ちに遭う可能性が高い。


 だから、搦め手を使うのだ。


 念の為、言っておくけど、俺はノーマルだからな。そっちの気はない。


「え、えっと、私は全然あの人とは関係ないからね。その、多様性というか、男性同士って素晴らしいと私は思うなっ」


 ナンパ男の撃退に成功して一安心していると、女性が頬を赤らめ興奮気味に呟く。


 さすがに、誤解は解いておかないとな。


「いや、違いますからね。さっきのはただの演技っていうか。その、ナンパに遭って困っていたように見えたので」

「そうなの? あの人と、色々と密な関係があったんじゃ──」

「ありません」


 キッパリと断言する俺。


「そう、なんだ」


 なんでちょっと残念そうなのこの人。


 それにしても、本当に美人だな。


 あまり直視していると、俺の精神が持ちそうにない。


「じゃあ俺はこれで」

「……あ、待って」


 踵を返そうとすると、俺の手首を掴まれる。


 細くて柔らかい指の感触。俺の身体に、ビビッと電流が走る。


「な、なんですか?」

「何かお礼させて。さすがに、このままじゃ私の立場ないし」

「え、いや、そんな。気にしなくても」

「私が気にするの!」


 借りは返したい的なアレか。

 というかこの人、やけに慣れ慣れしくないか? 


 見るからに俺の方が歳下だし、敬語を使う必要はないけど。


 しかし、お礼か。

 それなら、お願いしたいことが一つあった。


「じゃあ、俺と写真撮ってくれませんか?」

「え、写真?」


 俺は今、罰ゲームでナンパをすることになっている。

 といっても、ツーショットの写真を撮ることが目標だ。


「今、ちょっとナンパしなきゃいけなくて」

「え……えっ?」

「あ、といっても何かしようって訳じゃないですよ。ただその、一枚だけツーショットの写真を撮ってほしくて」

「わ、私でいいの?」


 女性は戸惑い気味に、ぽしょりと訊ねてくる。


「もちろんです。す、すごく可愛いですし」


 女性を褒めるなんて不慣れな行為だ。

 ただ、そういう罰ゲームだしな。キチンと履行はしよう。


「か、かわ……。か、からかわないでよ!」


 女性は真っ赤に頬を染めると、バシバシと俺の肩を叩いてくる。


 恥ずかしがっているが、嬉しそうだった。

 このスキンシップは、ちょっと俺には刺激的すぎる。


「か、からかってないです。本当に可愛いって思います」

「……っ。そう、なんだ」

「はい。こんな可愛い人、ほかにいません」

「そ、そっか」


 理性がだんだん崩壊してきて、普段なら絶対に口にしない言葉を紡いでいく。


 真夏のうだるような暑さに、脳がやられているようだ。


「だから、俺と写真撮ってくれませんか?」

「……い、一枚だけだからね」


 女性はうねうねと身体をよじりながら、照れ臭そうに両手の人差し指をツンツンする。声量こそ控えめだったが、写真を撮ることを快諾してくれた。


 お、おお。

 なんか成功した。


 俺はこの喜びを噛み締めつつ、ポケットからスマホを取り出そうと。


「あ」

「ん? どうしたの?」


 まずい。

 やらかした。


 スマホ、リュックの中に置いてきたままだ。

 肝心の代物を忘れていた。


「えっと、スマホを忘れてて。す、すぐ取ってきます!」

「あ、大丈夫だよ。私ので撮ればいいから」

「え、でも」

「ほら寄って」


 女性はスマホを取り出すと、ひょいひょいと手招きしてくる。


 肩と肩がぶつかるくらいの距離感。

 髪から、甘い香りが漂ってくる。


 白い肌が俺の腕にあたる。


「ちょ、ちょっと、近……」

「ん? なにか言った?」

「い、いえ、べつに」

「じゃ、撮るよ」


 おそらくは真っ赤に頬を染めつつ、スマホのレンズに目を向ける。


 見ようによっては、カップルと間違われてもおかしくない距離感だ。


 パシャッと音がすると、女性はスマホの液晶に視線を落とした。


「うん、よく撮れてるね」

「そ、そっすね」


 写真を撮ることには成功したが、これではダメだ。


 俺の手元に、写真がない。


「あ、じゃあその、俺、スマホ取りに行ってきます」

「あ、うん。行ってらっしゃい。助けてくれてありがとね、綾辻くん」


 踵を返して、駆け出す俺。


 あれ? 

 俺、名乗ったっけ? 


 まぁいいか。

 戻ってから、聞けば。




 しかし、スマホを持って戻ると、そこに女性の姿はなかった。

 周囲を確認したが、どこにも見当たらない。探そうにも、物理的に難しい広さと人混みだった。



 女性の手元に、俺とのツーショットがあっても意味がないんだけどな……。



 結局、その後、ナンパが成功することはなく、俺の罰ゲームは未達成で終わった。


 女性とのことを話しても、友達は「強がるなって。まぁ、ナンパなんか成功する方が稀だからな」と取り入ってくれなかった。



 ナンパなんか二度とするか。




 ★




 それから数日後。


 二学期最初の登校日を迎えた。


 そして俺は、担任の先生から生徒指導室に呼び出されていた。



 俺、なにかやらかしただろうか。



 ……はっ! 

 もしかしてあれか。

 海で、美人の女性に写真を求めたことか? 


 本当は嫌だったのに断れなくて、あとから訴えてきたみたいな……。


 でも、どうして俺だって特定できたんだ? 


 いや、そもそも俺の名前知ってたよな、あの人……。


 そう、疑問を蓄えている時だった。


 担任の篠宮しのみや先生はふわりと微笑むと。


「ごめんね、急に呼び出して。この前の写真、綾辻くんに共有できてなかったから」

「え? この前の写真ってなんですか?」

「なにとぼけてるの? 数日前のことじゃん」

「数日前?」

「海で会ったでしょ、私たち」

「は? ……え、それってどういう──」


「あれ? もしかして気づいてなかった?」


 篠宮先生は、大きな丸渕メガネを取ると、髪を一つに束ねているゴムをとる。


 それだけで、普段の篠宮先生とはまるで別人だった。

 メガネを外して、髪型を変えるだけでこうも変わるのか……。



 というか。


 どこからどうみても、あの日、俺が出会った女性だった。

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