前世の推しと来世も……【最終回】

「今日で最後になるけど、みんなありがとう。みんなのおかげで、歌い続けられました。マリオン、あとは任せたよ」


「あ……あにぅえ……」


長い時が過ぎた。

アル様も、わたくしも歳を取った。


思うように踊れなくなったアル様は引退を決めた。


世界中でツアーを行い、今日は最終日。アル様が初めて歌い、踊ったステージで嬉しそうに歌っている。


こう見ると以前と変わらない様子に見えるが、少しずつ踊りのタイミングがズレてきている。一緒に歌い、踊るようになったマリオン様の方が若い事もあり、歌も踊りも洗練されている。


けど、アル様だって負けてない。観客を満足させる為にアル様がどれだけ努力しているかわたくしは知っている。どれだけ過酷な日々を送っているかも。


もう良いかな。アル様が引退を決めた時、わたくしはアル様を抱き締めた。お疲れ様、今までありがとうと何度もお礼を言った。


「僕は……ひとりじゃ踊れません……」


マリオン様は、涙で前が見えないのではないかと思うくらい泣いておられる。今までアル様に支えられてきたんだから、そろそろしっかりして欲しい。


っと、いけない。マリオン様は嫌いじゃないんだけどアル様を馬鹿にしてた事を未だに根に持ってしまっているわ。今のマリオン様は、アル様のパートナーなのに。


マリオン様が一緒に歌うようになってから、明らかにアル様の歌もダンスも変わった。アル様とマリオン様は常に一緒に歌い、踊るようになった。ファンも増えたし、きっとアル様が引退しても観客はそんなに減らない。


アル様に影響された後輩も増えて、ファンも分散してきた。アイドルはいつかは引退する。稀に歳を取ってもずっとアイドルをやれるレジェンドみたいな方も存在するけど、アル様は時期が来たら引退すると決めていた。


引退を宣言してから年単位の時間が過ぎ、その間にファンの方々は新たな推しを見つけ始めた。


「マリオンはひとりじゃない。こんなに多くの観客がついてるだろう? みんな、私が引退してもマリオンの歌を聴きに来てくれますよね?」


大歓声だ。そう、アル様のファンの多くはマリオン様のファンでもある。確かにマリオン様の歌や踊りは素晴らしい。アル様が自分より才能があると褒めるのも分かる。


だけど……わたくしはやっぱりアル様の歌や踊りが好きなのだ。あんなにたくさんのアイドルが居る世界で、ユナ様以外のアイドルには興味が湧かなかった。


「それにな、大切な人が見守ってくれるだろう? 彼女を失望させるつもりかな?」


わたくしの隣で頬を染めるのは、マリオン様の妻でわたくしの2人目の親友。マリオン様の衣装は全て彼女が手がけている。アル様は衣装にもこだわりがあるからご自分でなさっているけど、わたくしがワンポイントの刺繍だけ入れさせて貰っている。それが、とっても幸せなのだ。


わたくし達はど真ん中の最前列で鑑賞している。以前は最後尾でこっそり見ていたんだけど、ある日アル様に最前列の真ん前に特等席を用意したからそこで見て欲しい、でないと歌えないと言われたのだ。


推しのお願い、叶えない訳にいかないでしょう。


アイドルなんだし、妻の存在は表に出ない方が良いと思ってたけどこの世界では違うみたい。妻を大事にしている姿は好感度アップに繋がるとアル様に力説され、恐る恐る最前列に座ると本当にどんどんファンが増えたのだ。


価値観の違いがあるのだなと思った。それからはアル様はステージで堂々とわたくしに愛を囁く。最初は恥ずかしいやら嬉しいやらで気絶しそうだったけど、ファンの反応も良かったのでわたくしもアル様の為に必死で完璧な淑女を演じた。


アイドルの妻がだらしない姿なんて見せられない。わたくしの評価はアル様の評価になるのだから。


たまにガチ恋したんだろうなってファンが怖い時もあったけど……そんな事は数回だけ。アル様やお兄様をはじめとした騎士様達が守ってくれるし、何か起きると大した事はなくても一日中アル様が甘やかしてくれるので幸せ過ぎて恐怖を忘れてしまう。


「マリオン……頑張って!」


彼女の応援を受けて、マリオン殿下はアイドルの顔になった。これなら、これからも大丈夫。


わたくしは、幸せそうに微笑む弟夫婦に心の中でエールを送った。



感動的なステージの翌日、アル様とわたくしは久しぶりに実家に帰って来た。お父様もお母様もだいぶ歳を取ったが、まだまだお元気だ。


実家の大歓迎を受け、久しぶりに家族の時間を過ごした。アル様は、我が家に来るととてもリラックスなさっている。わたくしとアル様の部屋は結婚しても残っている。結婚する時に、お兄様は王族が嫌になればいつでも帰って来いと言ってくれた。隣で聞いていたアル様が破顔していたので、お兄様の言葉はわたくしだけでなくアル様にも向けられていたんだと分かった。


「アルフレッド、準備は出来てるぞ」


「ああ、ありがとうリチャード。これからもよろしくな」


「ふん! いつまで体力が保つか知らんが、無理だけはするなよ。アマンダが泣く」


「アマンダを泣かせたりしない。今日は……無理かもしれんが」


「嬉し泣きだけは許してやる」


「良かった。アマンダ、来てくれる?」


「はい!」


どこに行くのだろう?

ま、アル様が行こうと言うなら地獄でもついて行きますけどね! だけど、アル様はそんなところに連れて行ったりしない。着いたのは、わたくしの部屋だった。


「これは……」


「お待たせ。この姿、覚えてる?」


アル様が着ていたコートを脱ぐと、我が家で初めて見せてくれた衣装を着ておられた。


「忘れる訳ありません……あの日、わたくしはアル様に恋をしたのですから……」


「俺はまだアマンダに恋してなかった。見つけたファンを逃したくないだけだった。けど、今は違う。俺はアマンダが居ないと生きていけない。アマンダ、愛してる。だから……これからはアマンダの為だけに歌い、踊るよ。あの頃より体力は落ちてるし、激しい踊りは無理だ。でも、アマンダなら……そんな俺でも嫌いにならないだろう?」


「……当たり前です……わたくしだってすっかり歳を取りましたもの……」


「アマンダは今も綺麗だよ。きっと、おばあちゃんになっても愛らしいんだろうなって思う」


「アル様だって、おじいちゃんになってもかっこいいに決まってますわ……!」


「アマンダは一生俺のファンで居てくれるだろう?」


「もちろんですわ……わたくしは死ぬまで……生まれ変わってもアル様とユナ様のファンですわ!」


「アルフレッドでもユナでもある俺の全てを知ってるのはアマンダだけだ。来世もアマンダと……いや、里奈とアマンダを引き継いだ貴女と結婚したい。絶対見つけ出すから、来世も俺と結婚してくれ」


「……もちろんです。わたくしも貴方と結婚したい……貴方でないと、駄目なんです」


「最高の口説き文句だね。俺もアマンダ……貴女でないと駄目なんだ。アマンダ、これからはアイドルのユナもアルも全てアマンダだけのものだ。見たい衣装もまだまだあるだろう? 聞きたい曲もあるだろう? 今まで頑張った分、これからは我儘に生きようぜ。さあ、最高の時間をプレゼントするよ。今日は、何が聞きたい?」


「わたくし、充分我儘に生きておりますわ。好きに生きて良いんだと教えて下さったのはユナ様です。アル様はいつもわたくしに最高な時間をプレゼントして下さっておりますわ。わたくし、とっても幸せです」


「ユナも強欲だったけど、俺はもっと強欲なんだ。愛しい人の幸せな顔が見たい。もっともっとアマンダを喜ばせたい。今まで王族の義務を果たす為無理してきたのは知ってる。もう俺達は充分国に貢献した。子ども達も立派になった。兄上の許可は取れてる。これからは俺達だけで自由に過ごそう」


引退のステージの後、公式にアルフレッドとアマンダの姿を見た者は居ない。だが、街中でアマンダを愛しそうに愛でるアルフレッドの姿が度々目撃されているそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

前世の推しが婚約者になりました 編端みどり @Midori-novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ