マリオン視点 その後3

「まさか、あんま知らねぇとか言わねぇよな?」


あ、悪魔の笑みが怖い……。


「まだ顔合わせを一度しただけなのだからあまり知らなくて当然だろう。私だって妻の事を知るまでに年単位の時間がかかったんだぞ」


兄上が、また助けてくれた。


「けどよ、兄貴は婚約者が居る身で他の女性に見惚れたりしたか?」


「そんな無礼な事はしない。私は妻一筋だ」


兄上ぇ!

僕の味方なのか、敵なのかどちらですか!


「だょなぁ? 兄上だってそうだし、俺もそうだ」


「アルフレッドは些か過保護だけどな。まぁ、アルフレッドの人気は凄まじいから仕方ない部分もあるが。先日のご令嬢はどうなったんだ?」


「兄上が抗議してくれた。このままじゃ危なくて俺を派遣出来ないって言ってくれたみたいだぜ」


「さすが兄上だな。あの令嬢は国に帰っても立場がないだろうな」


「勘当されたらしいぜ」


あっさり言うが、貴族が勘当されるなんて相当の事だ。誰の事を言っているか分からないが、悪魔が怒っている様子から判断すると……おそらくアマンダに何かしたのだろう。


勘当するよう圧力をかけたのは悪魔ではないか?


「アルフレッド、何かやったのか?」


あ、兄上ぇ……。怖いから聞くのやめましょう! ね!


「あの女の関係者は全員、俺の演奏を聞かせない、出入り禁止だって言っただけだ。アマンダにあんな事したんだから、当然だろう?」


「それが原因だ。お前、分かっててやっただろう?」


「ふん、なんのことだか分からねぇな」


「全く、気持ちは分かるがやり過ぎるなよ。真っ先に狙われるのはアマンダなんだぞ」


「加減はしてるよ。あの女だって、ちゃぁんと就職先を手配してやったんだぜ」


「まともなところだろうな?」


「失礼だな。アマンダが許してやれって言うから、見張りを付けてリチャードの商会に入れたよ」


「あのリチャードが、妹に唾をかけた女性を雇ったのか?」


唾?!

アマンダに?!


悪魔が怒る訳だ……。しかし、リチャードの商会で雇うなんて優しいな。あの悪魔の笑みを見る限り、無事で済んでるとも思えないのだが。


「すげぇ渋られたけど、リチャードもなんだかんだで妹には甘いからな」


「そうか、良かったな。生きていて。厳しく教育されるだろうが、衣食住の心配は無いし給金も出るからな」


「普通に生きてるし、真面目に働いてるよ。一生見張るけどな。兄貴は俺をなんだと思ってやがる」


「アマンダの事になると暴走する世界最高の歌い手だな。そう言えばマリオンはアルフレッドの歌を聞いた事がないだろう? 今度聞いてみると良い。世界が変わるぞ」


「そんな大層なモンじゃねぇよ」


悪魔が、嬉しそうに笑った。初めて見る微笑みだ。とても、とても美しい。


なんだ……この気持ちは。


「お待たせしました」


アマンダが帰って来た。

僕の婚約者を連れて。

改めて見ると僕の婚約者はまだ幼い。そうだ、彼女はまだ成人していないんだった。アマンダと仲が良さそうだ。僕がアマンダを好きだと気が付けば、きっと彼女は傷つく。


何故か分からないが、それは嫌だと思った。アマンダは悪魔の妻。僕が好きになってはいけない人だ。元々、この気持ちは消し去ればいけないものだ。確かにアマンダは可愛い。だが、先程見た悪魔の笑みが強烈で、アマンダに惹かれる気持ちがすうっと消えていった。


それより、悪魔に嬉しそうに話しかける婚約者の方が気になる。なんだ、君は僕の婚約者だろう?


「あ、あの……マリオン殿下、この後お時間はありますか?」


真っ赤な顔で僕に話しかけて来た子を、可愛い、愛しいと思った。いつの間にか悪魔やアマンダ、兄上は姿を消しており、僕は安心して婚約者と交流を深める事が出来た。


後日、可愛い婚約者が悪魔の歌に夢中になっている事を知り嫉妬でおかしくなりそうになった。大したものじゃないだろう。なんなら僕が歌ってやる。そう思って悪魔の歌を初めて聴いた。


兄上は、正しかった。


世界が変わった。


心を鷲掴みにされる歌声、聞いた事のない美しい旋律、見た事のない洗練されたダンス。僕は悪魔の歌に夢中になった。


次第に、強烈な憧れを抱くようになった。悪魔……いや、アルフレッド兄さんのように歌いたい。踊りたいと思いこっそり歌やダンスの練習を始めるようになった。だが、兄さんと違い僕の歌や踊りは拙く、とても人に見せられるものではなかった。だから、誰にも見せるつもりはなかった。


だけど、結婚したばかりの可愛い妻にバレてしまった。兄さんの大ファンである妻からすれば見るに堪えないだろうに、僕の歌や踊りをかっこいい。素敵だと褒めてくれた。


それから、更に僕の世界は変わった。


すぐにアルフレッド兄さんが来て、僕に歌やダンスの指導をしてくれた。兄さんは凄くて、音楽教師が知らない事をたくさん教えてくれた。


妻に歌を聞かせると、毎回手放しで褒めてくれるのが嬉しくて、毎日歌い、踊った。


「マリオンは筋が良いな。俺より才能がある」


そうアルフレッド兄さんに褒められた時は、天にも登る気持ちだった。


僕の事を認めてくれるようになってから、兄さんは悪魔ではなくなった。


実はアルフレッド兄さんはアマンダと婚約してからずっとアマンダの為だけに歌っていたのだそうだ。兄さんは、アマンダの為だけに歌えれば満足だったらしい。本当はたくさんの人に聞いてもらいたかったが、無理だから観客はアマンダだけで良いと思っていたそうだ。


兄さんの歌が世に出たのは、アマンダのおかげだった。アマンダは、兄さんの歌を世に出す為、様々な事をしたらしい。


オルゴールで流行った曲を兄さんが歌ったのではなく、兄さんの曲をオルゴールにして流行らせたのだと知り、用意周到さに驚いた。


国王である兄上は保守的だから、いきなり知らない歌を聞かせるよりも良いだろうとアマンダが画策したらしい。兄さんと話すようになって知ったが、アマンダはただ可愛らしいだけの女性ではない。彼女を妻にできるのは、やはり悪魔……もとい、アルフレッド兄さんしかいなかったのだ。


僕の妻は可愛らしいままでいて欲しかったが、アマンダの影響を受けて強かな女性になってしまった。僕の為だと頑張る姿には愛しさしか湧かないから、まぁ、これはこれで良しとしよう。


妻のおかげで僕は兄さんとステージに立つ事が許されたのだから。まだまだ兄さんには敵わないが、多くの人に元気と勇気を与えられる。


大好きな妻の為、僕の歌を楽しみにしてくれるファンの為にこれからも歌い続けようと思う。

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