マリオン視点 その後1

「明日の儀式はアルフレッドも来るが、大丈夫か?」


王になった一番上の兄が心配そうに訪ねて来た。僕はすっかり忘れていた予定を思い出し、身震いした。


「だ……大丈夫です! 僕は王族ですから、つ、勤めを果たさないと……」


「震えてるぞ。出来るだけアルフレッドとは席を離すから……その、悪いが……頑張ってくれ」


国王になって忙しいのに、訪ねてくれる兄に感謝した。だが、本音を言えばギリギリまで知りたくなかった。今夜は眠れないかもしれない。


「兄上が心配していたから様子を見に来たんだが……あまり大丈夫ではなさそうだな」


騎士団で働いている兄も訪ねて来てくれた。


「真っ青だぞ。いいか、対策を教えてやる。アマンダに話しかけなければ大丈夫だ。アマンダにも、アルフレッドが不在の時にマリオンと話さないようにと伝えておいた。だから安心しろ」


「……あ、あにうぇ……」


泣けてきた。

騎士団で働く兄は悪魔の護衛をしている。さすがいつも近くに居るだけあって対策を分かっておられる。


僕には兄が3人いる。ひとりは立派な国王。ひとりは優しく強い騎士。もうひとりは、悪魔だ。民は素晴らしい歌い手だと称えるが、アレは悪魔だ。悪魔以外の何者でもない。


僕は悪魔の歌を聞いた事はない。

みんな何故悪魔を讃えるのか、悪魔の歌を聴きたがるのか、全く分からない。


とにかく、悪魔に近寄りたくないのだ。怖すぎる。


「一応言っておくが、自業自得だからな。なんでよりによってアマンダと婚約しようとしたんだ。しかも、アルフレッドが不在の時にあんな強引な事をして。兄上も私も、忠告しただろう」


「……僕が愚かでした……、過去に戻れるなら……絶対にあんな事しません……」


あの頃の僕は傲慢で、全て自分の望み通りになると思っていた。アマンダと婚約すれば王になれると母上が言うから、どんな手を使ってもアマンダと婚約してやろう。そう思っていた。


アマンダは可愛かったし、彼女が褒める者は何故か人気者になる。アマンダと婚約すれば、僕が王族で一番だ。そんな事を考えていた。


ああ、駄目だ。母上のせいにしてはいけない。兄達が忠告してくれたのに勝手に動いたのは僕なんだ。


あの頃の自分に会えるなら、殴ってでも止めるのに。だが、過去は変えられない。


よりによって、悪魔が溺愛しているアマンダに言い寄るなんて……僕はなんて馬鹿だったんだ。母上と母上の実家が噂を広め、僕は噂を真実にしようと毎日アマンダを訪ねた。毎回リチャードを始めとした公爵家の人達が付いていて2人きりにはなれなかったが、訪ねているという事実だけで充分だった。


これで上手くいく、そう思った矢先……アマンダが心労で倒れた。


リチャードが怖い顔をして城に現れた。事情を知った父上は激怒して、僕を部屋に軟禁した。そこまではまだ良かった。


しばらくすると悪魔が帰国し、あっという間に母上を幽閉したのだ。優雅に微笑む悪魔は恐ろしかった。険しい顔をしているリチャードも恐ろしかったが、悪魔に比べれば数百倍マシだ。


全てを終えた悪魔は、美しい笑みを浮かべて僕の部屋を訪問した。


それからの先の事は、誰にも言いたくない。思い出すのも恐ろしい。


兄達は悪魔の所業を知っているのだろうか?

嫌だ、尊敬する兄達には絶対に知られたくない。


「アルフレッドに何をされたかは知らないが、アマンダに感謝するんだな。アルフレッドを馬鹿にしたのは許せないと怒っていたが、自分がされた事は一切気にしていなかった。明日はマリオンと会うが大丈夫かと聞いたら、キョトンとしていたよ。アルフレッドは、そんなアマンダを愛でていた。邪魔にならないように退室したが、もし僅かでもアマンダがマリオンを嫌がったらもっと酷い事になっていただろうな」


「あ……あ……」


悪魔の笑みを思い出すと、また身体が震えた。

兄達が悪魔の所業を知らない……それだけで安心できた。だが、再び恐怖が襲う。


もし……悪魔が……兄達にあのことを知らせたら……?


知らないという事は、いつか知るかもしれないという事。


「アルフレッドから手紙を預かっている。怖いなら私が読もうか?」


優しい兄が、手紙を開こうとした。

駄目だ! もし、あの事が書かれていたら……!


「大丈夫です! 自分で読みます!」


震えながら手紙を開く。兄に読まれる前に内容を確認しなくては。読まずに捨てるなんて怖くて出来ん。


『最近頑張っているそうだな。だが、あまり無理をしすぎるなよ。勉強ばかりでなく、きちんと婚約者も大事にしろよ。では、明日会うのを楽しみにしているよ』


「あ、あにうぇ……」


「どうした? そんなに怖い事が書いてあったか? アマンダに近寄るなとか、アマンダに話しかけたら許さないとかそんな感じか?」


「い、いえ……それが……」


僕は兄上に手紙を見せた。兄上も面食らっている。


「これは……間違いなくアルフレッドの字だな。良かったではないか。アルフレッドはマリオンの事を許しているんだ。あとは、明日アマンダに馴れ馴れしく話しかけなければ大丈夫だ。アルフレッドはアマンダが男と一対一で話すと嫉妬するんだ。うっかりアマンダと親しく話すと黒歴史を暴かれるぞ。既に何名か騎士が犠牲になっている。私も危なかった。だが、隣に他の女性が居れば大丈夫だ。私はアマンダと話す時は妻と一緒に居るように心掛けている」


黒歴史を暴く。悪魔の所業にしては優しい。


やはり、悪魔といえど兄上や騎士達には甘いのだ。

なんだかんだと悪魔を気にかけていた優しい兄達と、悪魔を散々馬鹿にしてきた僕では立場が違い過ぎる。


僕がアマンダに近寄ったら、黒歴史を暴く程度で済む訳ない。なにせ、僕は前科があるのだから。


油断しては駄目だ!

あの悪魔は、何をしてくるか分からない。


とにかく兄上の忠告を守る。絶対に自分からアマンダに話しかけない。


そう、思っていたのに。

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