第二王子視点 その後

「おかえりなさい。あら? なんだか良い香りがするわね。女性の香水の香りだわ」


「違う! これは仕事だ!」


「そんなに焦らなくても知ってるわよ。アルフレッドがわざわざ報告に来てくれたわ。アマンダは大丈夫なの?」


「ああ、唾をかけられただけで怪我はないからな」


「唾なんて……許せないわね」


いつも穏やかな妻が顔を歪めている。私も同じ気持ちだ。だが……。


「放っておいてもアルフレッドが報復する。手を出したら怒るぞ。我々はアマンダを慰めるくらいしか出来る事はない」


「そうね。王妃様をお誘いして、アマンダとお茶でも飲みましょう」


「アマンダの好きな菓子を手配しておこう」


私は王弟で、騎士隊長をしている。兄は国王、ふたつ下の弟は歌い手、他にもたくさんの弟や妹がいる。兄弟が多く兄が優秀だった事もあり、私は王族でありながら自由に過ごす事が許された。


私は母が苦手だ。兄と私は厳しく躾けたのに、弟や妹達には甘い母が受け入れられなかった。兄は仕方ないと割り切っていたようだが、私は兄のように割り切れなかった。


だから、騎士団に入った。私が怪我をすれば母が心配してくれるのではないか。そんな子どもじみた理由で騎士になった。だが、騎士はそんなに甘くない。


騎士団長は有力貴族だから、王族である私も騎士団長になれるだろう。そんな甘い気持ちは入団初日に打ち砕かれた。


騎士団は完全な実力主義。騎士団長は、単に騎士の中で一番強いから騎士団長をしているだけだったのだ。


歴代の騎士団長は平民もたくさん居た。そんな事も知らずに騎士になったのかと散々馬鹿にされた。だが、身分は関係なく実力主義である騎士団は生意気な王子である私を簡単に受け入れてくれた。


必死で身体を鍛えた。少しずつ認められるようになってきた時、王になった兄に呼び出されひとつの隊を任された。


それは世界的に有名な歌い手になった弟、アルフレッドの護衛。


アルフレッドとはほとんど会う事はなかった。話した記憶もない。兄もそうだった筈なのに、いつの間にか兄とアルフレッドは兄弟らしい関係を築いていた。


私は今度は、アルフレッドに嫉妬心を抱いた。私は兄を尊敬している。騎士団に入った私を心配してよく様子を見に来てくれたし、衝突しがちだった仲間たちの仲を取り持ってくれたりもした。そんな兄がアルフレッドを心配する、なんだか面白くなかった。


だが、反論する事は許されない。国王の命令には従うしかない。兄は、アルフレッドも心配だがアマンダに傷ひとつつけないように。と言った。


アルフレッドはともかく、なぜアマンダ? そう思ったが、理由はすぐに判明した。


アルフレッドの人気は凄まじく、過激なファンもいたのた。


アルフレッドはそんな人達を牽制する為にアマンダの特等席を用意している。妻を溺愛している事を隠そうともしない。


以前はそうではなかった。アマンダは観客の邪魔にならないようにひっそりとアルフレッドの歌を鑑賞していた。しかし、アルフレッドがアマンダを溺愛していると知らない一部の過激なファンがアマンダを排除しようとした。自分こそアルフレッドの妻に相応しいと言い出したのだ。相手は王族、なんでも思い通りになると思っていたのだろう。


どこで情報を得たのかは知らないが、それを知ったアルフレッドはアマンダが居なくなれば自分はもう歌えないと泣いて訴えた。


それからは必ずアマンダを真ん前の席に座らせて歌う。


そのタイミングでたくさんの新曲を発表した。離れたファンもいたかもしれないが、それ以上にたくさんのファンを獲得した。


見事な人心掌握術だと思った。私は、嫉妬心を忘れアルフレッドの歌に夢中になった。


アルフレッドの歌は素晴らしい。多くの人を魅了する理由も、兄が護衛を付ける理由も分かる。


しかも、話してみるとなかなか面白い男だった。私の事を兄貴と呼び、酒を飲むと饒舌になる。私よりも歳下なのに様々な事を知っているし、世間の事も分かっている。良い人の振りをして近寄る悪人を見抜く勘も鋭い。


「アルフレッド、どうしてそんなに勘が鋭いんだ」


「腹になんか抱えてるヤツは目が違うんだ。あと、上手い事ばっかり言うヤツも要注意だ。まぁ、こればっかりは経験だな。俺は散々痛い目にもあったし、芸能……っと有名になると変なヤツも寄って来るからな。今は兄貴達がガードしてくれるから楽なもんだ。いつもありがとな。感謝してるぜ」


王族なのにそんなに痛い目に遭った経験があるなんて……きっと私の知らないところでたくさん苦労したのだろう。アルフレッドが母の攻撃を受けていたのは知っていた。だが、私は何もしてやれなかった。


酒の勢いに任せて謝罪すれば、笑って許してくれた。むしろ母に感謝していると言うのだ。恨む理由は山ほどあるが、感謝する理由なんてないだろう。そう問うとアマンダと婚約出来たのは母のおかげだからと笑った。


アルフレッドはいつも自分の身よりもアマンダの身を心配する。あんなに人々を魅了するのに、アマンダの前では無邪気な男になっているからなんだかおかしかった。アマンダは騎士団長の奥様と親友で、たまに一緒に騎士団に慰問に来る。騎士団長の奥様は騎士達に大人気だ。アマンダも人気があるが、誰一人馴れ馴れしく近づいたりはしない。


彼女達の夫が怖すぎるのだ。騎士団長は奥様に近づいた騎士を訓練だと言ってボコボコにするし、アルフレッドは誰にも知られたくない黒歴史をいつの間にか暴いてくる。


心理ダメージが大きいのはアルフレッドの方だ。


私も一度やられかけた。アマンダから挨拶して来たんだから勘弁してくれと懇願し、公表は免れた。それ以来アマンダと長く話す時は妻を連れて行くよう心がけている。


母が幽閉された事で弟や妹達も少しずつ変わり始めた。マリオンは別人のように勉強するようになった。理由は分からないが、アルフレッドを見ると怯えるのできっと何かやったんだろうなと思う。


マリオンはアマンダを狙っていた。


我が弟ながら凄いと思う。無知とは恐ろしい。知っている者は、絶対にアマンダに手を出さない。私なんて、妻が居ないとアマンダと話すのも怖い。どこでアルフレッドの怒りを買うか分からないからな。だが、妻が一緒なら大丈夫だ。要は、誰であってもアマンダが男と一対一で話すのが許せないらしい。


あんなに歳が離れているのに、アルフレッドはアマンダの事になると心が狭い。まるでアマンダの方が歳上ではないかと思う事もある。だが、アマンダはアルフレッドがどれだけ束縛しても嬉しそうに微笑んでいる。アルフレッドもアマンダが嫌がる事は決してしない。お互い心から愛し合っている理想の夫婦だ。


アルフレッドはアマンダに言い寄った貴族やアマンダを害そうとした者達をきっちり把握している。リストにしてあり、少しずつ報復しているそうだ。リストは見せて貰ったが、自分でやるから手を出さないでくれと頼まれた。何をするか知らないし、知りたくもないから違法にならない範囲で好きにすれば良いと伝えたら、歌う為にも違法な事はしないと笑っていた。歌がなければ違法な事もしたのだろうか? よく分からんがアルフレッドの才能を見抜いたアマンダにこっそり祈りを捧げておいた。


先日ステージに乱入した令嬢も、無事では済まないだろう。


私は王弟だから、高貴な方が相手でも強引な手段を取れる。件の令嬢は早急に排除出来たので滞りなく演奏会は進んだが、アマンダが退席してしまったので新曲の発表を遅らせると突然言い出した時は焦った。新曲を楽しみにしている者達が暴れ出すのではないか。慌てて各所に指示を飛ばした。


だが、それもアルフレッドの作戦だったのだ。


そのタイミングで、身なりを整えたアマンダが帰って来た。それはそれは感動的だった。そしてそのまま、アマンダに捧げるように新曲を歌ったのだ。


観客は感動して泣いている者までいた。


アルフレッドは最後に満面の笑みで観客に言った。


「本日は、ありがとうございました。突然新曲を発表しないなどと言って混乱させて申し訳ありません。初めて歌う歌は緊張するので、妻が見守ってくれないと歌えないのです。アマンダ、帰って来てくれてありがとう。大丈夫かい?」


「怪我はしておりませんし大丈夫ですわ。少し汚れただけですし」


「もし今度同じような事があれば、私はもう歌えないでしょう。アマンダ、無事でよかった。皆様も、心配をかけて申し訳ありませんでした。もうすぐアマンダの誕生日なので、アマンダの為に新曲を準備しました。新曲はこれで終わりの予定でしたが、もう一曲歌います」


大歓声だった。今回の事で改めて観客は理解しただろう。アマンダがいなければ、アルフレッドの素晴らしい歌は聞けないのだと。


アルフレッドの歌は我が国の、いや、世界の宝。新曲は誰もが早く聴きたいと願う。新曲を発表する時の演奏会のチケットは普段の倍の競争率だ。今回はアルフレッドが帰国したばかりということもあり、国を去る訳ではないと示す為多くの王侯貴族を招待していた。


そんな中、アマンダがいないと新曲は歌えないと宣言するとは……相変わらずアルフレッドは恐ろしい。


「兄貴、あの女の正体が分かった!」


アルフレッドが訪ねて来た。


私は妻にこっそりアマンダを連れて来るように頼んだ。アマンダの事になると暴走しがちなアルフレッドを止められるのは、アマンダだけなのだから。

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