王太子視点 その後

私には、たくさんの弟や妹が居る。

母は気性が激しく、私とは合わなかった。


厳しく教育をしてくれたのは感謝しているが、母とはあまり話したくない。王子という立場もあり、母と距離を置く事は簡単に出来た。


すぐ下の弟も、私と同じように母を避けている。しかし、その後の母は別人のように子どもに甘くなった。弟や妹は、王族としては問題ではないかと思うくらい教育が行き届いていない。


同じ親から産まれた兄弟姉妹を分断しているのはひとりの男。アルフレッドと名付けられた弟だ。


アルフレッドだけは、母親が違う。父が本当に愛した女性の子だと言われているが、真相は違う。


アルフレッドの母親は身分が低い貴族の令嬢だったと言われている。それも真実だ。しかし、真実はもうひとつある。アルフレッドの母親は、我が国とは比べ物にならないくらい大きな国の姫だった。幼い頃行方不明になり、貴族の家に保護されていた。父は彼女の正体を知り、慌てて妻にした。


跡取りとなりうる血筋の彼女は、兄弟から命を狙われていたからだ。彼女は死んだ事にされて一度は暗殺の危機は去った。けれどいつまた正体が公になるか分からない。その時、既に父の側妃として盤石な地位を築いていれば命の危険はもうない。そうした大人達の思惑を抱えて、アルフレッドは産まれた。


産後の肥立ちが悪く母親は亡くなってしまったが、アルフレッドは大国の王族の血を引いている。


私や弟達より余程王に相応しい血筋。


父は隠していたが、母の耳に入ってしまった。それから、母はおかしくなった。アルフレッドの母が父に愛されているという噂話を信じた母は、アルフレッドの血筋を知り徹底的にアルフレッドを敵対視するようになり、子ども達にアルフレッドの悪口を吹き込んだ。多少自我のあった私達はともかく、他の兄弟姉妹はみんなアルフレッドを憎むようになった。


父は母を説得しようとしたが、頑なになった母は父とも距離を置くようになった。その頃から、私はほとんど母と話さなくなった。すぐ下の弟は、城に居る事を嫌って騎士団に入った。


アルフレッドは自分の血筋を知らない。疎まれた王子として大人しく生きていた。物分かりが良く、卑屈にもならず、まるで影のようにひっそりと生きていた。父もアルフレッドを王にする事はないと断言し、母を落ち着かせようとした。


婚約者も、私達のように有力貴族の令嬢ではなく力のない伯爵家の令嬢が選ばれた。


母はアルフレッドの婚約者を馬鹿にしたが、力のない家の令嬢なので安心したようだった。しかし、選ばれた伯爵令嬢は非常に優秀だった。


母はアルフレッドの婚約者に危害を加えるようになった。私達が危険を感じ父に相談しようとしていたら、先に婚約者の異変に気が付いたアルフレッドはあっさりと婚約を解消した。


しかも、婚約者の新たな婚姻までサポートした。鮮やかな手腕だった。その頃から、アルフレッドは目立たないが凄いのではないか。そんな目で見る者が増えた。婚約者が出来てから見た目が洗練された事もあり、アルフレッドの求心力は増していった。


嫉妬した母は、更に暴走した。よりによって母の実家と敵対しているテイラー公爵の長女とアルフレッドを婚約させようとしたのだ。


アマンダはまだ10歳。厳しい妃教育に耐えるには幼過ぎる。きっと母はアマンダを徹底的にいびるだろう。そうして、手懐けるつもりなんだ。母はそうやって使用人を選別していた。アマンダが逃げればアルフレッドに婚約者はもう見つからない。逃げなくても、母の言いなりにさせる事くらいは出来るだろう。


母を止めようとしたが、嫌われている私では何も出来なかった。が、父は見事だった。アルフレッドとアマンダを王命で婚約させ、アルフレッドをテイラー公爵家に避難させたのだ。


アマンダはまだ幼い。王城に来させるには早いと言って。


母は、思い通りにならずに荒れた。アマンダと接触しようとすると、必ずテイラー公爵か夫人がセットでついて来る。手懐けるなんて夢のまた夢だ。


母はアルフレッドの悪口を吹聴する事で評判を下げようとした。それは成功した。アルフレッドは、王族でありながら貴族に馬鹿にされるようになった。が、ある日を境にアルフレッドを慕う貴族が増え始めた。


原因は、アマンダだ。彼女はアルフレッドにベタ惚れらしくあちこちでアルフレッドの魅力を吹聴していたのだ。幼い子どもが必死で婚約者の魅力を語る姿は人々の心を捉えた。アマンダに寄り添うアルフレッドも美しい王子様だと評判になった。


母は荒れた。馬鹿みたいに散財するようになり、実家から資金援助まで受けて宝石を買い漁るようになった。


私も複雑な気持ちだった。このままではアルフレッドが王になるのではないか。私は王となるべく誰よりも勉強した。それなのに……アルフレッドに王の座を持って行かれてしまうのではないか。


アルフレッドは嫌いではなかった筈なのに、憎んでしまいそうになった。


アマンダが成人してアルフレッドが城に戻った時、美しく洗練された姿を見て驚き、焦った。


アルフレッドが私の部屋を訪れた時は、正直言って怖かった。だが、アルフレッドは王位など望んでいなかった。ただ穏やかな微笑みを浮かべ、私に問うた。


「王妃様が不正を働いておられます。このまま罪を重ねれば処刑されるでしょう。その前に止めたいのです。今なら、命は助かります。協力して下さい」


アルフレッドの話は信憑性があった。何故私に話をするのかと聞いたら、アルフレッドは王に相応しいのは私だと断言した。それなら、アルフレッドはなにを望むのかと聞けば、信じられない答えが返って来た。


「アマンダです」


「確かにアマンダは優秀だと聞いてる。マリオンがアマンダとの婚約を狙っているそうじゃないか。アルフレッドもアマンダを離したくないのは王位を狙っているからじゃないのか?」


「要りませんよそんなの。アマンダだってテイラー公爵家だって俺が王になる事なんて望んでません。俺が欲しいのは、アマンダ自身です。アマンダと結婚する為に王族の地位が必要だから王子をやってるだけですよ」


「なんで、そこまで……」


「アマンダを愛しているからです。あの子は俺の婚約者だ。誰にも渡すつもりはありませんよ。それで、協力するんですか? しないんですか? さっさと決めて下さい。一応言っておきますけど、この事を王妃様に密告しても無駄ですからね。兄上はそこまで王妃様に信用されていないでしょう? それに、母親の不正を泣く泣く暴く息子、王に相応しい振る舞いだと思いませんか?」


「アルフレッドは、王になりたくないのか?」


「絶対嫌です。兄上は王になりたい、俺は王になりたくない。利害関係は一致してますよね? 俺と組む方が、得だと思いませんか?」


堂々と言い切るアルフレッドに逆らえない。それは、私にはない王者の風格。


弟を恐ろしいと思った。アルフレッドが王になりたくないと言ってくれて良かったと思った。


アマンダが倒れて馬を飛ばして隣国から帰国したと聞いた時は、弟としてではなくひとりの人間としてアルフレッドの事を凄いと思った。


私はアルフレッドのように婚約者を愛せるのだろうか?


そんな不安を払拭してくれたのは、アルフレッドが溺愛しているアマンダだった。アマンダが間に入ると、なぜか私達の関係はうまくいった。妻はアマンダと話すと優しい気持ちになり幸せだと褒めた。その笑顔が可愛くて、妻を好きになった。アルフレッドには敵わないが、妻を心から愛せるようになった。王だけは側妃が認められている。アルフレッドが王になりたくない理由のひとつを知った気がした。


今のところ側妃を娶るつもりはないが、父達のような例もある。私は妻に毎日毎日、愛してると伝え続けた。父はきっと、言葉が足りなかったのだろう。私が王になってからは、今までのすれ違いを埋めるように幽閉された母の元に通い続けているそうだ。


使用人達も、怯えず楽しそうに働くようになった。


母は2度と外に出せないが、父が通うのは自由だ。両親の関係が良くなる事を願っている。


アルフレッドは、音楽の才能があった。見出したのはアマンダだ。街で流行りのオルゴールをアマンダが気に入り、全て購入した。それを知ったアルフレッドは、アマンダの為にオルゴールに歌をつけて踊っていると聞いた。


アマンダを溺愛しているアルフレッドらしいなと微笑ましく思っていたら、アマンダが家をなくした民の為にアルフレッドの歌を届けたいと言い出した。


私は反対した。いくらアルフレッドの歌が上手くても本職の歌い手には敵わない。恥をかくだけだ。それに、王族が派手な事をするべきではない。


しかし、可愛い妻に一度だけアルフレッドの歌を聞いてやって欲しいと頼まれれば、断れなかった。


初めて聞いてアルフレッドの歌や踊りは、素晴らしかった。聞き覚えのあるメロディに美しい歌が映えた。見る者全てを惹きつける強力な魅力があった。アルフレッドの歌をもっと聴きたい。もっと見たい。そんな気持ちが湧き上がった。音楽神の神官長が泣きながらアルフレッドの歌を求めていて当然だなと誇らしい気持ちになった。どんなに素晴らしい歌い手でも簡単に認めないと有名な神官長が泣く。アルフレッドの歌が素晴らしい証明だと思えた。


客観的な証拠と、目の前で魅せられた素晴らしい音楽。私は、アルフレッドに民の前で歌わないかと聞いた。


そしたら、アルフレッドが笑った。アマンダの事以外では作り笑いしかしなかったアルフレッドが、心の底から嬉しそうに笑ったのだ。


そうか、アルフレッドが求めていたものはこれだったのか。


私は初めて、弟の内面に触れた気がした。

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