第19話

「やっとゆっくり話せるな。寂しい思いをさせてすまなかった」


「わたくしこそ、確かめもせず勘違いをして……申し訳ありませんでした」


今日は、久しぶりにアル様とふたりきりでお茶をしている。アル様の提案で、庭園にティーセットを用意して会話の聞こえない位置でメイドや執事が見守ってくれている。


「ねぇ、アマンダは何歳だったの?」


「22歳でした。歩道橋から落ちて死んじゃったんだと思います」


「俺はバイクの事故。ドームツアーが決まったばっかりだったからアルフレッドに産まれた時は凹んだよ」


「ユナ様、ドームツアー決まってたんですか?! 行きたかったぁ!」


「ははっ、幻のツアーになっちゃったけどな。だからアマンダが俺と同じで、前世の記憶があるんだって最初から分かってたんだ」


「なんで言ってくれなかったんですか!」


「アマンダが気が付くまで黙ってようと思って。あんだけツアーグッズを再現して、ダンスも歌も細部まで再現してんのになんで気が付かねぇんだよ。おかしいと思わなかったのか?」


「アル様は天才だなって思ってました!」


「鈍いんだよ!」


「うぅ……申し訳ありません……」


「いつ気がつくかなと思ってたけど、いつまで経っても気が付かねぇんだもんなぁ。段々俺もムキになってきて、思い付く限りのグッズを再現したぜ」


「あ……あの、わたくしはユナ様のアルバムが出る前までしか知らないので、ツアーグッズはブロマイドとカレンダー、タオルと……アル様が下さったチョーカーとブレスレットしくらいしか知らないんです」


「ああ! そうか! あんなにムキになってグッズを作ったのに、アマンダが分かってたのはチョーカーとブレスレットだけか!」


「しかもその……ふたつとも似たデザインなので……たまたまだと思っておりました」


「あー! くそッ! 俺、アホだぁ!」


悔しそうにしてるアル様は子どもみたいで、なんだか可愛らしい。クスクス笑うと、ぶすっとした顔でアル様が問い掛けてきた。


「なんだよ、幻滅したか?」


「いいえ、ますますアル様が好きになりました!」


「なっ……! それ、本気で言ってる?」


「はい! アル様、大好きです!」


「くそっ! 俺はそんなに我慢強くねぇんだから、あんま煽んないでくれよ! ああもうほら! スーパーメイドのアンナさんが近寄って来てんじゃねーか! 会話が聞こえないように耳を塞いでんのはさすがだよな!」


「アル様、口調が違いますね。キャサリン王女と話す時と同じです」


「こっちが素だよ」


「そうなんですね」


良いな。キャサリン王女が羨ましい。


「んだよ、嫉妬したか?」


「はい! しました!」


「なら、今みたいに話すか?」


「是非!」


「アマンダはユナみてぇな話し方が好きだから、乱暴な言葉は嫌いだと思ってた」


「確かにユナ様は好きです。けど、わたくしが恋したのはアル様なんです。好きな人の素の姿を見たいと思うのは自然でしょう!」


「確かに、そうだな。俺はさ……アマンダに嫌われたくなかったんだよ。最初は10歳の女の子なんて対象外だと思ってた。けど、アマンダが俺を見た時にユナって言ったから、この子は俺と同じ。しかも、俺のファンだったんだって気が付いたんだ。そしたら、ファンを離したくないって思った」


「わたくしは今でも、ユナ様のファンですよ! もちろん、アル様を愛しております!」


「ありがとな。見た目がガキでも、中身が大人なら良いかって思ってた。アマンダと話すのは楽しいからな。なぁ、覚えてるか? アマンダが初めて俺と茶会に行った日の事」


「もちろん覚えております! アル様をファンが増えて非常に有意義な時間でしたわ!」


「アマンダは無自覚にやってたんだろうけど、俺は結構嫌われてたんだ。あの日も、結構悪口を言われてたんだぜ」


「確かに視線は突き刺さっておりましたわね。けど、アル様の魅力に皆様陥落しましたわ!」


「それがどんだけすげぇ事か、アマンダは分かってねぇんだもんなー。あれからだぜ、俺がちゃんと王子として扱われるようになったのは。レベッカ様だって、アマンダと仲良くなってから棘が取れたみてぇに優しくなって……今じゃ騎士団のアイドルだ。あの堅物の騎士団長が、嫉妬でヤキモキしてんだぜ」


「まぁ、それは是非……拝見したいですわね」


「やめとけ、砂糖吐く。とにかく、アマンダはすげぇんだよ。俺はアマンダに嫌われたくなくて、ずっと丁寧な口調で喋るよう心がけてた。ユナを演じていれば、アマンダは喜んでくれるから……」


「それは……ごめんなさい。確かにアル様と初めて会った時は、ユナ様に似てるからって理由で婚約を了承しました。けど、アル様がわたくしの為に歌やダンスをするって仰ったから……なんて優しい人なんだろうと思って、アル様の事を好きになったんです」


「俺はアイドルの仕事が好きだったから、ひとりでも見てくれるファンがいるなら幸せだって思ってたんだ。だから、あの提案はアマンダの為じゃなくて俺の為だったんだよ」


「わたくしは、アル様がユナ様のパフォーマンスをして下さったおかげで頑張れました。貴族って窮屈じゃないですか。アル様は王族だし、もっと窮屈だと思うんですけど……。ユナ様の歌って、さあ明日も頑張ろうって思えるパワーがあるんですよね」


「光栄だな。アマンダが聞いた事がねぇ曲がまだいいっぱいあるから、聞かせてやるよ」


「嬉しいです!」


「本当なら、前みたいにステージに立ちたいんだけどな。俺は一応王子だし、ファンはアマンダだけで充分だ」


……そうか。わたくしは満足だけど、アル様は……。


「アル様! アル様のパフォーマンスを、もっとたくさんの人に見て貰いませんか?」


「色々無理があんだろ。演奏っていったらお上品なモンしかねぇんだから。俺の曲も、歌もダンスも、アマンダにしか見せられねぇよ。特に、国内でやったら大問題になる。アマンダと結婚出来なくなる。それだけは、嫌だ」


そうか。一般市民が歌やダンスを踊るのとは違う。アル様は王族。あまり派手な事は出来ないんだ。


「俺はアマンダが見てくれたら満足だから、気にすんな」


アル様は、ユナ様だったんだから……もっともっと自分の歌を、踊りを、たくさんの人に見て欲しいと思っているに違いない。


でないと、アイドルなんて過酷な職業を選ばない。けど、今は……まだ駄目だ。


わたくしだって貴族の娘。

王族が派手なパフォーマンスをするリスクは、充分理解している。


けど……叶えたい。

届けたい。アル様とユナ様の、素敵な歌やダンスを。


「アマンダ? どうした?」


「わたくし、もっともっと頑張りますわ。アル様の伴侶に相応しい力や能力をもっと身に付けます」


「待て! アマンダは今のままで充分だ! 教えただろ! アマンダは王妃教育も終わってるくらいに賢いんだ。ぶっちゃけ、兄上の婚約者と同等かそれ以上だ。家の権力を考えれば、マリオンがアマンダを欲しがるのは当然だ! ぜってぇ渡さねえけどな!」


先日、アル様のお兄様が立太子した。結婚式ももうすぐだ。王太子妃になる方は、穏やかで優しく、とても美人。わたくしも何度かお話ししたが、良い人で大好きだ。アル様とお兄様がそれなりに話すようになったので最近はよくお茶をしている。レベッカ様もお誘いしたらとても喜んで頂けた。


王妃様の不正が発覚して離宮に幽閉され、レベッカ様のご実家は伯爵家となった。だからレベッカ様のお立場は少し不安定なんだけど、レベッカ様自身は何もしておられなかったので堂々と社交をなさっている。


騎士団長様も、レベッカ様を離す気は無いそうだ。相変わらず素敵なご夫婦だと思う。


アル様はわたくしの頬をそっと撫でて、ニヤリと笑うと強く抱き締めた。アンナの足音が聞こえる。


「相変わらずプルプル震えてんなぁ。そんな可愛い顔、俺の前以外ですんなよ」


あぅ、推しに可愛いって言われたぁ!

嬉しい! 嬉しいよぉ!


「アマンダ、愛してる」


そう言ってアル様は、わたくしの頬に口付けをした。


「これ以上は、結婚してからな」


その笑みは、わたくしが死ぬ前に見たユナ様の笑みと同じだった。

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