第18話【アルフレッド視点】

アマンダが倒れた。もうお前だけに任せていられない。悪いが、こちらも動く。アマンダは部屋から出ず、笑顔もない。早急に帰って来い。でないと、結婚は認めん。


リチャードから殴り書きされた手紙が来た。なんでアマンダが倒れるんだ。理由は全く書かれてない。


くそっ!


俺は急いで帰国準備を始めた。この国でやるべき事はほとんど終わっている。あとは、キャサリン王女の婚約式を見届けるだけだったのだが……そんなの待ってられるか。


俺はすぐに帰ると国王に伝え、認められた。帰国準備をしている最中に、キャサリン王女が婚約者と共に訪ねて来た。


「アルフレッド聞いたわよ。本当に帰るの?」


「ああ。もう充分だろ。あとはそっちでやれ。アマンダが倒れたんだ。なんと言われても帰るからな。おかげで最後のピースも揃ったし、キレたリチャードが先走っても、後でフォロー出来る」


「あの偉そーな王妃様も終わりだね。それにしてもアルフレッドはアマンダが大好きだよね。アマンダの友人だからって理由で、あの子を見逃したんでしょ?」


「レベッカ嬢は元々あの家と折り合いが悪かったし、悪事に一切関わってない。騎士団長が構わないと言うのなら、俺が手を出す理由はない」


「ふーん。本当に? わざわざわたくしを軟禁してまでアマンダに会いに行ったのも、アルフレッドが結婚式に参列して関係を主張する為でしょう? あの家が関わってるなら絶対アルフレッドを招待しない。けど、アマンダの付き添いなら参加出来るって言ってたじゃない。まぁ、本音は可愛い婚約者に会いたかっただけだろうけど」


「うるせぇよ。暇しねぇようにクリスを連れて来てやったんだから文句言うな」


キャサリンは、自国に恋人を残して来ていた。しかも、秘密の恋人ときたもんだ。


身分差があったせいで、なかなか認められなかったらしい。その話を聞いた俺は、以前のように裏で動く事にした。


見返りは、王妃を追い詰める為の人材の貸与。


王妃の実家は、派手好きが災いして家計が火の車だった。その為、王妃が国費を横流ししてやがった。


王妃の私財なら問題ねぇが、国費は駄目だ。


けど、さすが王妃なだけあって上手く隠してやがった。


俺はもうすぐ立太子する兄を味方に引き入れた。兄は王妃のヒステリックな言動を嫌っており、一定の距離を置いていた。完全に信用は出来ねぇが、利害関係の一致ってヤツだ。兄は王になりたい。俺は絶対なりたくねぇ。それなら手を組むのも自然だろう。


父や兄から人を回して貰う事も考えたが、どこで王妃と繋がってるか分からねえ。だからキャサリン王女の影を貸して貰った。王女の影は優秀で、あっという間に情報を集めてくれた。


王妃は自分のお気に入りのマリオンに王位を継がせようとしてた。勉強嫌いで、見た目ばっか拘るようなヤツ、王になれる訳ねーだろ。


最初は兄を王にして、王妃を大人しくさせるだけにしようと思った。けど、アマンダとマリオンを婚約させようとしてるって聞いて気が変わった。


隠しておいたアマンダの実力も、調べ尽くしてやがった。


邪魔になる俺を国外に出す為に、キャサリン王女と俺の婚約を狙っていると知った時は一瞬だけ殺意が湧いた。


俺は本気で、王妃とその実家を潰す事にした。俺がアマンダを離さないと分かった王妃の実家からそこそこ脅されたが、身体は鍛えてたし、騎士団やキャサリン王女の影の手助けもあり、なんとか無事に過ごせた。


そのついでに、アマンダと仲良くなったレベッカ嬢の件で騎士団長と密約を交わした。騎士団長は俺に負けず劣らずレベッカ嬢を溺愛していたから、話は簡単に済んだ。まだ証拠は揃ってねぇが、王妃の実家は不正をしている可能性が高い。それでもレベッカ嬢と結婚するのか? そう聞いただけだけど、騎士団長はレベッカ嬢自身が不正をしていないのなら気にしないと言ってた。騎士団長はすっげえかっこよかった。俺もアマンダに何があっても守ろう。そう思った。


王妃の実家は没落するだろうけど、不正の額もあんまり多くねえから当主の挿げ替えと爵位の降格、王妃の幽閉くらいで済むだろう。


……このまま1年くらい放っておけば、全員処刑くらい出来るだろうけど。アマンダがレベッカ嬢と親しくならなければそうするつもりだった。


アマンダはいつも無自覚に人を救うんだな。レベッカ嬢もあんまり評判は良くなかったのに、今じゃ厳しくも優しい騎士団長夫人として大人気だ。


それも全部、アマンダが社交の場でレベッカ嬢と親しく話すようになってから。


アマンダが褒める人なら、きっと良い人なんだろう。そう思わせる魅力がアマンダにはある。王妃やマリオンがどうしてもアマンダを欲しがるのもその為だ。


めんどくせぇゴタゴタにアマンダを巻き込みたくなくて、接触を絶った。けど、まさかあんな形でアマンダと会うとは思わなかった。


「感謝してるわ。アマンダにも世話になったし、今度お礼に行くわね」


恋人に会えず情緒不安定になったキャサリン王女は、俺を婚約者にとしつこく勧める王妃が嫌になり城を無断で抜け出した。


たまたま見つけて保護してくれたのがアマンダだ。アマンダじゃなければ、もっと大騒ぎになっていただろう。下手したら責任を取って俺は廃嫡。アマンダとの婚約も解消だ。


王子の身分は要らねぇが、アマンダだけは譲れねぇ。王妃の不興を買うのは承知で、堂々と宣戦布告をした。そしたら、王位を狙うつもりかって激昂された。


王妃を追い詰めるには、キャサリン王女の協力は必要不可欠だった。だから嫌な噂を王妃が触れ回っても、放置した。アマンダなら、こんな噂に惑わされる訳ねぇって思ってた。


キャサリン王女を迎えに行った日も、いつものように優しく笑っていた。だから、あまり説明もせずに帰った。


けど、あの後くらいから俺とキャサリン王女が恋仲だという噂が市民にまで回るようになってしまった。


「結婚してから来い。でねーとまた変な噂が立つ」


「そうね。わたくしもアルフレッドも、婚約者一筋ですもの」


「ああ、その通りだ。悪いけどアマンダの方が大事だ。俺は充分やっただろ。万が一の時は、亡命させろ。それで恩返しは終わりだ」


「分かってる。お父様にも話は通してあるから困ったらいつでも言って。我が国はアルフレッドを支持するわ」


「別に俺が王になる訳じゃねぇし、そこは適当にやってくれよ。頼むから、俺を支持するなんて言うなよ。めんどくせぇ事になる。とにかく、今後も平和に過ごせる事を願ってるぜ」


戦争なんて勘弁だ。

今のところ揉めてる国はねぇが、いつ何が起こるか分からねえ。


アマンダは平和な国で生きてたんだ。怖い思いをさせてたまるか。


「ねぇ、ところでアマンダは大丈夫なの?」


「わからねぇ。病気なのか怪我なのか……」


「わたくしとアルフレッドがお似合いだなんて噂が流れていたから、信じてしまってるんじゃないの? それで倒れたんじゃ?」


「んな訳ねーだろ。アマンダはそんな噂に踊らされるような子じゃねぇよ。あの後ちゃんと結婚式でエスコートする時もいつもみたいに笑ってたし……」


ふと、あの時のアマンダの顔を思い出す。

いつものような可愛らしい笑顔だった。けど、なんかおかしくなかったか?


「ねぇ、ちゃんと噂は誤解だって言った?」


「言ってねぇ……。けど! もうすぐだから待っててくれって言ったら笑ってた!」


「アルフレッド、まさかと思うけどアマンダに詳しく説明してないの?」


「詳しくって……?」


「アルフレッドはアマンダが好きで、ちゃんと結婚する為に頑張ってる。愛してるって言った? アマンダがアルフレッドを好いているのは分かるし、アマンダは何度もアルフレッドをお慕いしていますって言ってたわ! けど! アルフレッドはアマンダにちゃんと愛を伝えてるの?」


「……伝えて……ねぇ……」


正確には、アイドルしてる時に言ってるだけだ。けど、それじゃあ駄目だよな。


やべえ!

俺、アマンダの事が好きだって言ってねぇ!


「優秀な王子様は、異性の扱いに慣れておられないのね。言っておくけどアマンダを狙っているのはマリオンだけじゃないわよ。ボーッとしてたら、アマンダを取られちゃうわよ」


「……駄目だ……アマンダだけは……駄目だ……」


俺は必死で考えた。

アマンダが病気や怪我の場合、リチャードはあんな手紙を書かない。つまり、アマンダが倒れたのは心労。原因は、恐らく俺だ。


くそっ!

俺はなんて鈍いんだ。


アマンダが部屋から出てこないなんて事になったら、あの優しい公爵家の人達は無理に扉を開けないだろう。そうだ! レベッカ様なら!


俺は急いでレベッカ様に手紙を書き、伝書鳩で届けさせた。同時に、馬に乗ってひとりで国を出た。ついて来ていたお付きの奴らは放置だ。どうせ、王妃の指示を受けた見張りだからな。唯一信用出来そうな侍従には緊急の用があり帰るとだけ伝えた。


侍従は、父の指示を受けていたのだろう。黙って路銀を用意してくれた。


おかげで、どんどん馬を乗り継いで最短でアマンダの元へ駆け付ける事が出来た。ズタボロの姿なのに公爵家の人達は黙ってアマンダの元へ案内してくれた。


少し痩せたアマンダは、たくさんの人達に囲まれていた。


声を掛けると、いつものように可愛らしい顔で微笑んだ。みっともない姿なのに、世界一かっこいいと言ってくれた。


俺は初めて、アマンダを抱き締めた。出会った時は子どもだった婚約者は、優しい香りのする大人の女性になっていた。


そして、ようやく……俺の正体に気が付いた。


耳元で囁けば、真っ赤な顔で震えている。ああ、この顔、この顔が見たかった。


もう秘密はない。

俺は初めて、アマンダの頬に口付けをした。髭も伸びて不快だろうに、アマンダは嬉しそうに微笑んで俺の頬にお返しの口付けをくれた。

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