第17話

あれからどこに行っても、マリオン殿下との婚約を祝福される。

違うと否定しても、誰も信じない。


お父様が国王陛下に説明に行き、わたくしに非が無い事は分かっているとお言葉は頂いた。わたくしはまだ、アル様の婚約者だと。けど、状況は変わらなかった。


しかも、毎日のようにマリオン殿下が訪ねてくる。


いつ来るか分からないから、レベッカ様ともお会い出来ない。


そんな日々が3ヶ月続き……わたくしは心労で倒れてしまった。


家族がみんな心配してくれる。とても幸せな事だ。それなのに、わたくしの心は晴れなかった。


最近は、お兄様の顔を見ない。


こんな情けない妹、愛想を尽かされたかなぁ。いや……お兄様に限ってそんな事ないか……。


あんなに楽しかった読書も、文字を追うだけで頭に入ってこない。美味しかったケーキも、味がしない。


心配して毎日見舞いに来てくれる弟や妹の前で無様な姿は見せられない。そう思っているのに、身体がついていかない。


遂にわたくしは、誰とも会えなくなり部屋に引き篭もるようになった。部屋に鍵をかけ、誰とも会わない日々。


食事は窓から差し入れて貰っている。部屋にお風呂もトイレもあるから、完璧な引きこもりだ。


ずーっとベッドの上でぼんやりとする日々。


食器を返す時に、ありがとうとメモを書くのが精一杯。


ごめんなさい。

でももう無理なの。


貴族、怖い。

みんな笑顔なのに、怖い。


「アマンダ! アマンダ!」


毎日家族が扉の前から声を掛けてくれる。

嬉しいのに、幸せなのに……返事をする気力がない。


ドアを叩いて、生きてる事を伝える事しか出来ない。


ごめんなさい……。役に立たなくて……ごめんなさい。


毎日泣いているのに、涙が枯れる事はない。


そんな引きこもりの日々が、何日過ぎたか分からなくなった頃……ドアの前から懐かしい声がした。


「アマンダ! 助けて! 助けて下さいまし! お願い……開けて……わたくしもう……無理なのですわ……」


この、声は。


「レベッカ様……」


「アマンダ! アマンダよね! お願い! アマンダの力が必要なの! わたくしを……助けてちょうだい! このままではわたくしは……うっ……」


大変!

レベッカ様をお助けしなきゃ!


わたくしは鍵を開け、急いでドアを開けた。


「レベッカ様! 大丈夫ですか?!」


「アマンダ!!! ようやく、捕まえたわ。ああもう、こんなに痩せて! ちゃんと食べているの?!」


へ?


レベッカ様はわたくしをしっかりと抱きしめ、離さない。ってか、離れられない。


「さすがレベッカ様だ。ああ……こんなに痩せてしまって……安心しろ。もうすぐアルフレッドが来るからな」


お兄様が力強く微笑んだ。


「アマンダ! 良かった! 良かったわ無事で!」

「アマンダ……。生きてる……良かったわ……」


お母様とお姉様が泣いてる。


「「姉様!!!」」


弟や妹が、必死で抱きついて来る。


「アマンダ……つらい思いをさせてすまなかった」


どうしてお父様が謝るの?

お父様は何も悪くないのに。


「お嬢様……ご無事でようございました……」


アンリを始め、使用人達がみんな泣いてる。


「レベッカ様……困ってらっしゃるんじゃ……」


「そうよ! 困ってるわ! 親友が引き篭もってるって聞いて、生きた心地がしなかったわ! けど、わたくしが無理に尋ねたらもっとアマンダの負担になるんじゃないかって思って……けど、アルフレッド殿下から手紙が来て、わたくしが困ってるって言えばアマンダは出て来るって書いてあったの。だから一か八か来てみたのよ!」


「アル様が……?」


「もうすぐアルフレッドが来る。会えなくて寂しかったんだろう? その上、あんな訳の分からない噂まで立って。安心しろ。アルフレッドは下らない噂なんかに惑わされない」


「……けど、アル様はもう……」


「アマンダ!」


懐かしい声がした。

ずっと聞きたかった声が。


「アル様?」


息を切らして、髪はボサボサ。髭も伸びてる。服だって擦り切れてる。それでもやっぱり、アル様が世界一かっこいい。


「ごめん。こんな姿で……かっこわるいよな」


「いいえ! アル様は世界一かっこいいですわ!」


「汚れてるし、汗臭いし……こんなのアイドルじゃない。それでも良いならその……抱きしめても良い?」


「はい……勿論です……」


「アマンダ、愛してる」


初めて聞いたアル様の愛の告白。

そうか、今までの事は……所詮噂だったんだ。


何度違うと呟いたか分からない。

たくさんの人に誤解され、家族や大切な友人は違うと否定してくれた。


だけどわたくしは、アル様と王女様の仲の良い様子を見て……全て諦めてしまっていた。


そんな数々の不安は、たった一言で全て霧散した。良かった、わたくしはアル様のお側に居られる。あれ……? そういえば……この世界にアイドルなんて言葉はない。わたくしも、一度も口にした事がない。


どうして、アル様はアイドルじゃないなんて言ったの?


「アル様、アイドルって……?」


「ようやく気が付いた? さぁ、最高の時間をプレゼントするよ。全て忘れて、今夜は騒げ!」


耳元で誰にも聞こえないように呟いた台詞は。

前世で何度も聞いたユナ様のライブの決め台詞。


まさか、まさか、まさか……!


「アマンダは以前はなんて名前だった? 俺はね、ユナって名前でアイドルやってたんだ」


そう言って笑うアル様の笑顔は、ユナ様にそっくりだった。

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