第13話
あの日から、パタリとレベッカ様が来なくなった。理由は分からない。
レベッカ様にお手紙を書きたいけど、駄目ってお兄様に言われた。そうよね。敵対している家の令嬢から手紙って……警戒されるし、レベッカ様がお叱りを受けるかもしれないもの。
結婚式は、名前入りの招待状を頂いているから行けるけど……本当に行って大丈夫だろうか。欠席のご連絡もしにくいし、どうしたら良いか分からない。
悩んでいたら、お兄様から結婚式は行くようにと言われた。名入りの招待状を頂いておいて欠席する方が問題らしい。レベッカ様から聞いた話もしたけど、お兄様は分かってるから心配するなとしか言ってくれなかった。
マナーは散々習ったし、貴族名鑑も暗記したけど、貴族の勢力図は分からないのよね。
王族と結婚するわたくしは、貴族同士の対立は知らない方が良いらしい。だから、一切教えて貰えない。
レベッカ様のお家は王妃様のご実家だから、なんとなく仲が悪いんだろうなとは思ってるけど……それくらいしか分からない。だから逐一、お兄様やお父様に確認するしかない。
なんだか、蚊帳の外に追いやられているみたいだけど仕方ない。
……ああもう! ネガティブ禁止!
アル様と会えなくなってから、気持ちが不安定になる事が増えた。最近はレベッカ様のおかげでなんとか持ち堪えていたけど……。暗い気持ちが止まらない。
わたくしが落ち込んでいる事は隠していたけど、いつも世話をしてくれるメイドのアンリは気が付いたみたいだ。街に行こうと、誘ってくれた。護衛も付けてくれて、お父様やお兄様の説得もしてくれた。
「アンリ! このオルゴール、可愛いわ!」
「本当ですね。買いましょう」
「このリボンも素敵」
「買いましょう」
「ねぇアンリ?」
「なんですか? お嬢様」
「さっきからわたくしが手に取った物を全て購入しているわよね?」
「旦那様から、お嬢様が望むなら店ごと買い取れと申し付けられています」
過保護!
贅沢し過ぎは良くないわ!
「アンリ、わたくし店を見るだけでも楽しいの。あまり物が増え過ぎてしまったら帰らないといけないでしょう? だから、買う物は厳選したいの」
「ご安心下さいお嬢様。購入した物品を運ぶ馬車は別途ご用意しております。お嬢様は手ぶらでお買い物頂けます。例え、店の物を全部買ったとしても次の店に行けます」
過保護の筆頭は、アンリだった!
「わたくしが買うと言った物だけ買うわ。手に取る物が全て気に入るとは限らないから、手に取るだけなら買わなくて良いわ。買うかどうかはわたくしが決める。良いわね?」
「かしこまりました」
ふぅ。こう言えば大丈夫。
やっぱり命令するの慣れないなぁ。15年も貴族令嬢やってんだから慣れなきゃいけないのに。
「困るよお嬢ちゃん! 金払ってくれよ!」
ん? 泥棒?
ふと店主の大声を聞いて振り向くと、可愛らしい少女がオルゴールを抱えて店を出ようとしていた。
ってぇ! アレは!
「……キャサリン王女……」
まずい! まずいまずいまずい!
なんでここに王女様が居るか知らないけど、このままじゃ店主の首が物理的に飛ぶ!
「ごめんなさい。彼女は私の連れなの。私の支払いが済んだと勘違いしていて。アンリ、あのオルゴールを買うわ」
「かしこまりました」
「貴女は……アル……」
「しー! 今は黙っておいて下さいまし。とにかく、ここを出ます。穏便に」
店主に謝罪して、商品の代金を払い、ついでにいくつか高価な品も買い、多めに支払いをする。
「彼女の勘違いを、これで許して頂けるかしら? 店は出ていなかったんだから、厳密には泥棒ではないでしょう?」
高価な品を買い、チップも払った事で店主はキャサリン王女が高貴な方だと気が付いたみたいだ。周りを見渡すけど、キャサリン王女の護衛は居ない。
もう! どうなってんのよ!
「……けど、泥棒だろ?」
まだ搾り取れると思ったか。それも正しい。
「なら、これでどう? 忠告しておくわ。死にたくなければ、これで納めなさい。でないと、1時間後にこの店は無くなるわ。物理的にね」
本格的に脅す。わたくしにこっそり付いていた護衛を呼び、ニッコリ笑う。脅しだけど、許して。さすがに王女様はヤバいんだって!
「わ、分かった。これで良い」
「ありがとう。そうそう。貴方の作るオルゴールは素晴らしかったわ。今度是非、テイラー公爵家で購入させてね」
「は……。こ、公爵家……。し、失礼しました!」
「失礼したのはこちらだから。本当にごめんなさい。支払いはいつも任せきりだったから失敗してしまって。許して下さって嬉しいわ。次は、わたくしが望む曲をオルゴールにして下さる? もちろん、対価はしっかりお支払いするわ」
「はい! 喜んで!」
「後日伺うわ。きっとこの子が来るから覚えておいて。アンリ、お願いね。アル様の曲をオルゴールにして貰うの」
「それは素敵ですね! すぐ譜面をお届けします」
店主の怒りは収まった。キャサリン王女の護衛や影が見てるかどうかは分からないけど、後日うちが利用すると分かってる店は潰せないだろう。ちょっとがめつい所はあるが、この店のオルゴールは素晴らしかった。
会話を店主に聞かれる訳にいかないから、キャサリン王女の母国語で話す。
「キャサリン王女様、お一人ですか?」
「そうよ」
「お買い物は済みましたか?」
「ええ」
「城にお送りします」
「やだ!」
やだって……子どもかよ。
あーもー! 貴女のせいでアル様と会えないのに!
夜会の時のしっかりした様子はなく、むすっとしておられるキャサリン王女。
これ、放っておくのは無しよね。
「では、我が家にお越し下さい。護衛も付けずに街中を歩くのは危険です」
「分かったわ。アルフレッドの婚約者の家なら大丈夫だろうし」
チクリ。
胸が痛い。キャサリン王女は、アル様の婚約者だからわたくしを信じてくれた。それって……アル様がキャサリン王女に信頼されている証なのでは?
ああもう、ネガティブ禁止だってば!
わたくしはキャサリン王女の気が変わる前に急いで馬車に乗せ、家に連絡を入れた。
お忍びは終わりね。良いオルゴールの店が見つかったから良しとしましょう。
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