第11話
「アマンダ、踊ろう」
いい加減男性のお誘いを断るのに疲れた頃、声を掛けて来たのはアル様の弟のマリオン殿下だった。
「お誘いありがとうございます。ですが、わたくしはアルフレッド殿下をお待ちしておりますので」
「兄上は今日は王女様のエスコートで手一杯だよ。だから、僕が兄上の代わりにエスコートするよう頼まれたんだ」
嘘つけ。
マリオン殿下は、わたくしのひとつ上。確かに歳は近いし普通なら不自然じゃない申し出だ。けど、アル様から散々言われてる。アル様以外の王族で、信用して良いのは国王陛下だけだってね。
特に、歳が近いマリオン殿下には注意するように言われている。マリオン殿下にはまだ婚約者がいらっしゃらない。ここでわたくしと踊ったりしたら、変な噂になるのは間違いない。
「アルフレッド殿下からそのような話は伺っておりませんわ。わたくしはアルフレッド殿下以外の殿方と踊らないとお約束しましたの。もちろん、国王陛下のご許可も頂いておりますわ。ですから、どうかわたくしの事は気にしないで下さいまし。マリオン殿下のお心遣いに心から感謝致しますわ」
「父上まで巻き込んで、兄上はちょっと独占欲が強いんじゃないの? ねぇ、兄上に束縛されて嫌にならない?」
「アルフレッド殿下に束縛されるなら大歓迎ですわ」
他の人はノーサンキューですけどね。
「はぁ……父上の名前まで出されたら諦めるしかないね。でもさ、アマンダなら兄上じゃなくても良いでしょう。僕の方が良いじゃん。ね、僕の婚約者にならない?」
ふざけんな。アル様よりいい男がいる訳ないでしょ。ムカつく、ムカつく、ムカつくっ……!
「こら、アマンダは私の婚約者だ。父上が出した王命に逆らう気か?」
「……兄上」
「アル様っ!」
きゃあ! 今日もかっこいい!
今日の衣装は黒ですか!
ダークな雰囲気で、とっても素敵です!
これはアレね。3枚目のシングルのカップリングが合うわ!
「アマンダ、踊ってくれる?」
「喜んで!」
即答だ。マリオン殿下が不機嫌そうになさっているけど知るか。わたくしが最優先するのはアル様よ!
「わたくしはマリオン殿下と踊りたいわ。よろしくて?」
「……勿論です。お手をどうぞ、キャサリン王女」
これは、キャサリン王女が助けて下さったのよね?
チラリと彼女を見ると悪戯っぽく笑っている。
ありがとうございます!
キャサリン王女とお会いしたのは初めてだけど、良い人だわ!
「後で可愛い婚約者を紹介してね。アルフレッド殿下」
「喜んで」
こうして、わたくしは久しぶりにアル様と踊れる事になった。
優しい曲が流れる。
男女がゆっくり話しながら踊れる曲だ。
「父上とキャサリン王女に助けられたな」
チラリと見ると、国王陛下が楽団に指示を出していた。そうか、わたくし達がゆっくり話せるように穏やかで長めの曲にして下さったんだ。
「アル様、お会いしたかったです」
「俺もだ。それにしても……今日のドレスは目に毒だな」
「似合いませんでしたか?」
初めての夜会だから気合いを入れたのに!
「違う。逆。似合い過ぎてるよ。ただちょっと……露出が多くないかな?」
「皆様同じくらい露出していらっしゃいますよ?」
平均的な露出具合だと思うけど……。あまり露出しないのも浮くからこれくらいは……。はっ!
わたくしは、チラリと胸元を見る。
アル様も、耳を赤くして胸を見ておられる。
これか!
そうだよ! この世界、みんな発育が良いんだけど……わたくしは同世代の令嬢と比べると……胸がない。
レベッカ様も見事なプロポーションだった。王女様も……完璧な美しさだ。
そうかぁ、胸がないのに露出するのはみっともないのかも。背中の空いたドレスなんだけど……もっと露出を抑えた方が良かったかも……。
「アル様、ごめんなさい。わたくし……その……」
「ん? 駄目とは言ってないよ。けど、今度からは俺がドレスを贈っても良いかな?」
「はい! もちろんです!」
アル様からドレスをプレゼントして貰えるなんて嬉しい! 最高だわ!
「もちろん、今日のドレスも満点だよ。ただちょっと、俺の心が狭いだけ。だからアマンダは気にしないで」
こころが、せまい?
……どういう事かしら?
もしかして、アル様は……胸が大きい女性が好みなのかしら?!
心が狭いって事は……胸が大きくないと嫌って事?! そんな! いや、まだ15歳だし成長する希望はあるわ! 帰ったら早急にお母様に聞きましょう!
「アマンダ、考え事は後にして。今は俺を見てよ」
ぎゃあ!
アル様のアイドルスマイルは反則です。
「申し訳ありません。今日も素敵ですわ」
「ありがとう。アマンダも可愛いよ」
いつもアル様は可愛いと誉めてくれる。だけど、不安になる。レベッカ様も、キャサリン王女も大人っぽくて素敵だ。キャサリン王女をエスコートするアル様は、堂々としていて王族の風格があった。ステージで歌うアル様とは違う、王者の風格。
キャサリン王女ともお似合いだった。
マリオン殿下も、アル様を嫌っているのにこの場では文句を言わない。以前だったら、アル様の前で堂々と悪口を言っていた。
アル様はきっと、お城で着々とご自分の地位を築いておられるのだろう。
わたくしは、どうだろう。
妃教育も、半年で終わってしまった。それからは家庭教師を雇う事は許されず、独学で勉強しただけ。せめて貴族の事は全て覚えようと思って、貴族名鑑は全て覚えた。
他にも、隣り合っている国の言葉は全て流暢に話せるし、文字も書ける。大学は理系だったからそこそこの計算は出来るし、自宅にある本はほとんど読んだ。
けど、まだ足りない気がする。
アル様も隣国の言葉は完璧。それにお兄様とお店をやってものすごく稼いでいる。その上、お城に戻られてからは王家の仕事も積極的にこなしておられるらしい。
「アル様、わたくしもっと……アル様のお役に立ちたいですわ」
「アマンダは充分良くやってるよ。だから、今日はキャサリン王女に挨拶したら帰ろう。ね?」
「かしこまりました」
やっぱり、わたくしはアル様のお役に立てない……。どうしよう。このままじゃ……。
穏やかな湖に石を投げ入れられ、広がった波紋のように心が騒めく。波紋なら、いつかは消える。そのはずなのに、いつまで経っても心が落ち着かない。
まるで次から次へと石を投げ入れられたかのようだ。今までの穏やかな5年間は夢だったのではないか。また、目が覚めたら違う人生が始まるのではないか。
荒唐無稽だと分かってる。でも、一度人生が終わってしまった経験は予測以上にわたくしの心に重く、重くのしかかっていた。
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