第3話
お父様と国王陛下の戯れあいを眺めていたら、ようやくアルフレッド殿下が現れた。
わたくしは慌てて、頭を下げる。
「面を上げよ」
「……良い。面を上げよ」
お父様につつかれて頭を上げると、目の前に居たのは……。
「ユナ様……?」
大好きなユナ様のお顔がそこにあった。
や、やばい。落ち着け。落ち着くんだ。
こここ……この世界にユナ様は居ない。
居ないったら居ない。
でも、目の前の男性は間違いなくユナ様だ。
見た目が似てるだけ?
いや待って! 似過ぎだって!
お顔の泣きぼくろの位置もユナ様と同じ。まつ毛の長さも一緒。何度も握手会で見たんだから間違いない。
「どうした? アマンダ?」
心配そうにお父様が声をかけてきた。
はっ! しまった!
ユナ様の事しか考えてなかったわ!
「はじめましてアマンダ嬢。アルフレッドです」
そうよね。アルフレッド殿下とユナ様は別人。でも……あぅぅ。その笑顔が素敵です。落ち着け、落ち着くんだ。
って! 落ち着けるかぁ!
目の前に推しが居て冷静になれるかぁ!
いや、推しじゃない落ち着け。似てるだけ。似てるだけなの!
……似過ぎじゃない?
似過ぎよね?! ユナ様のステージ衣装より豪華な服だけど、あとはそっくりよ?!
「ねぇ、ユナって誰?」
ひぃ! アルフレッド殿下がお怒りではなくて?! 笑顔が黒いんだけど! ああ、でもかっこいいっ!
って、落ち着け! お父様に迷惑をかけては駄目。初対面でいきなり知らない人の名前を呟くなんて……とてつもなく失礼よね。マズい、どうしよう。でも駄目だ。目の前のアルフレッド殿下のお顔から目が離せない。
かっこいい。カッコ良すぎる。
「私の聞き間違いかな?」
聞き間違いだと認めれば、お怒りは収まるかもしれない。けど、ユナ様の事を誤魔化すなんてしたくない。
「いえ、聞き間違いではありませんわ」
なんて説明しよう。アマンダとして生きた10年間でユナという名の人とは会っていない。会ってたら忘れる訳ないもの。
駄目だ!
思考回路が、オーバーヒートしてる。
アルフレッド殿下は、パニックになっているわたくしを無視してお父様と話し始めた。
「テイラー公爵は、ユナという名に覚えはある?」
「ありません。我が家の使用人、出入りの商人、その他アマンダと出会ったと思われる全ての人間を私は把握しております。その中にユナという名前の者はおりません」
「ふぅん。ねぇアマンダ嬢。どうして私を見た瞬間にユナと言ったの?」
近い、お顔が近い!
かっこいい。無理、素敵。声までユナ様にそっくりなんて……。
って、ええい! 落ち着けぇ!
アルフレッド殿下はアルフレッド殿下、ユナ様はユナ様よ!
アルフレッド殿下はユナ様じゃない。
アルフレッド殿下はユナ様じゃない。
アルフレッド殿下はユナ様じゃない。
よし、そうだ。落ち着け。ユナ様が目の前に居るならもうどうしようもないけど、アルフレッド殿下は王族。ちゃんと対応するんだ。
ってぇ! 出来るかぁ! こんなにも美しい顔を前に、どうやってちゃんと対応するのよぉ!
「アマンダ嬢は、ユナ様と呼んだ人と私の見た目が似てるから驚いたのかな?」
「は、はい。そうです」
無理。かっこいい。
語彙力がどんどんなくなっていく。
「でも、テイラー公爵の話によるとアマンダ嬢はユナという名の者とは会った事がない。不思議だね。もしかして、夢でも見たのかな? 夢で見たユナ様とやらは、そんなに私に似ているの?」
近い、お顔が近い。別人とはいえ、推しとそっくりな声と顔で話しかけられて冷静になれるアイドルオタクが居たら、是非紹介して欲しい。わたくしはそんなに冷静なオタクじゃない。
顔は真っ赤に茹で上がり、目の前のイケメンを見つめる事しかできない。
夢じゃないんだとか、前世の話なんて誰にもしてないのにどうしようとか、そんな事しか考えられない。
アルフレッド殿下のお声が耳に響くと、脳内は完全に支配されてしまう。
「俺はユナ様に似てる?」
ひぃ! ユナ様も一人称は俺だったのよ!
さっきまでの王子様オーラがなくなり、アイドルオーラを纏ったアルフレッド殿下は……完璧にユナ様だ。
ダメだって。似てるなんて言ったら失礼だってば!
冷静な自分は、アイドルオタクな自分に負けた。
「……はい。とっても素敵です……」
あああ! わたくしの馬鹿ぁ!
これじゃあユナ様に似てるから素敵って言ってるみたいじゃないのよ!
あってる、いや違う!
アルフレッド殿下は、アルフレッド殿下!
ユナ様はユナ様よ!
けど、アルフレッド殿下の笑顔はステージで微笑むユナ様と同じ。
「なら、俺と結婚してくれるよね?」
「はい。喜んで!」
紡がれる言葉に逆らう術は、ない。
驚いたお父様と、喜ぶ国王陛下、ニヤリと微笑むアルフレッド殿下。
あー……! その微笑みは、セカンドシングルのジャケットと丸々おんなじ……!
婚約の証にと手の甲に口付けをくれたアルフレッド殿下が意地悪そうに微笑むと、キャパオーバーしたわたくしは気を失った。
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