第3話 友達


10年ほど前。

俺たち家族の住むこの街が、跡形もなく消えた。

少しばかり金持ちの住宅街だったが、そのほとんどが闇金まみれの政治家や裏社会の人間だった。


未曾有の大災害。

巨大隕石によって周辺一帯は吹き飛んだ。


報いと言おうか。

彼ら自慢の豪邸と財産のほとんどが一瞬で塵と化した。


元から家族にも、ただ生かされているだけのような存在だった俺は、容赦なく置いてけぼりにされた。


または避難する際、誰も俺の存在には気づかなかった。


いっそ死んだ方がいい。

それは家族も俺も元から思っていたことだ。


幸いにも死ねるはずだった。


けどこの通り死ねなかった。


気づいたら俺はギリギリまで走って逃げていたのだ。


その後も野垂れ死ぬ予定だった。


けれど、誰かの地下室の備蓄を見つけてしまった。

金も食料もわんさか溢れていた。


しばらくして俺にも優しくしてくれていた使用人の一人が探しに来て無事をしらせ、学校へ行く手続きだけ手伝ってもらった。


そして地下室にほど近い、倒壊を免れたこの古アパートを居を置いた。


─────────

『暗いし汚いし臭い』



(さすがに失礼だろうが)



『素直は私の長所だよ?』



(じゃあ素直に事情を話してもらおうか。

匿った謝礼も兼ねてやるから)



『情報がこの世で一番高いって知らないの?』



(見合う範囲でいい。

それに、俺もそいつらに追われるようなことになったら全てを話してもらっても足りないさ)



『わかった。じゃあ一日匿ってくれたらその分だけいろいろ教えてあげる』



(まて、リスクを犯してまでお前を匿って、俺は利益にならない情報を得るだけなのか?)



『教えて欲しいの欲しくないのどっちよ!』



(俺はさっき何をされて記憶が無いのか知りたいだけ、それ以上はどうでもいい)



『それくらいなら無償でいんだけどな……』



きゅるるるるる……



(おん?)



『わ、私の体内時計は正確なの!』



(どういう……だが、メシにするか)



俺は高くにある戸棚に脚立を使って上る。


『手伝おうか?』



(余計なお世話だ

ほれ)



『おぉう、…なにこれ』


カップ状の保存食を2つ投げ渡した。



(蓋開けといてくれ)



俺は次いで、ガスコンロ、やかん、ミネラルウォーター、プラスチックフォークを取り出してあいつに投げた。



『これでどうするの?』



(まずは湯を沸かす)





『ほほう、それでそれで?』



体内時計、3分きっかりいけるか?



『も、もちろん……』



ダメもとで言ってみたがそれってどんな特性なんだよ、、、



『私は腹の虫って呼んでる』



(食事時限定かよ)





『はい、3分経ったよ〜』



(じゃあ蓋を開けるぞ)



『うひょ〜、ラーメンだぁ!』



(すげぇだろこれ、地下室で大量に見つけたんだ)



『昔の保存食かなにかかな?こんなに美味しいのに』



(だよな、どこにも売ってねぇんだよ)



『賞味期限とか書いてないけど』



(気にすんな食えりゃいんだ)



『なんか君、気難しいかと思いきや案外大雑把なんだね』



(……なんだよ急に)





『そうだ、さっきのこと話さなきゃね』


二人とも一通り食べ終わっていた。


『まずは謝らなきゃ、ごめん』


まだ何も見当はつかないが、さっきやったことなのだろう。


(話を聞いてから許すか決める)



『上空でもそうだったように、私は警察に、正しくは政府に追われてる。理由は言えないんだけどね』


そのレベルに追われてるとは。

普通に気になるところではあるが、続けるよう促す。


『それでその気配が近づいた時により逃げやすい空に上がろうとした』


まあ納得はできる。

初見でかつ細い迷路のような道を進むよりは、外に出て草原を駆け回った方が色んな進路がある。


『けど逃げる時に君の存在を忘れてることに気がついてね、連れていこうとしたんだけど』


『偶然屋根に君の頭が当たっちゃって、気絶してた』



(おい何してやがる)



『てへっ』



(脳筋のお前と違って俺の知識は生き抜くために必要なんだぞわかってんのか!?)


嘘だろおい。

だから数分の記憶が飛んでたわけか。

ぅ、考えただけで頭が急に……。ならないけど。



『その後すぐ復元したんだけどね』



(俺の恥を聞かされただけだったか……。聞かなきゃ良かった……)



『あ、消してあげようか?』



(それはそれで怖い)


今度こそ大事な記憶が消えそうだ。




『私、間期まき



(知ってるがなんだ?)



『え、てっきりお前って呼んでるからさっきので忘れたのかと……。それにほら、陰キャってクラスの人の名前覚えないんでしょ?』




(それはどこ情報だとばっちりだ。

今の今までお前の名を読んだことは無いし、それでも名前くらい把握している。

細胞分裂の間期かんきって書くんだろ?)



『めっちゃ知ってんじゃん!』



(陽キャの主軸として最重要危険人物リストに入ってるからな)



『陽キャは危険じゃないよ!?』



(人間関係に慣れてるだろうから観察眼を侮れない。

絡まれた時点でこうやってバレる)



『あれ、褒めてる』



(…強引で恐ろしい)



『撤回すんな!……ってそんな話じゃなくて、』



『誠くんって、呼んでいい?』


俺はこてこての汁をがぶ飲みした。



(勝手にしろ)



『ま、そうゆう訳だからさ、私のことも名前で呼んでよ』



(いやだ)



『なんでよ』



(なんでもだ)



(だが、由来を聞いてもいいか?

妙な字だとずっと思ってたんだ。

……他に話す話題もねぇし)



『ふぅ〜ん』



にやけんな気持ち悪い。



『それ女の子に言うこと?』



(いまさら?)



『まあ誠くんに言われても微塵も傷つかないけどね。』


『んで、私の名前の話だっけ。

……私の親はまぁ生物学者の端くれで、そうゆう言葉にも馴染みがあるの。分裂前の準備期間である間期かんき、それは、なんにでもなれる可能性があって未熟な細胞が誰でも通る道なんだって。私には色んな人の気持ちを理解できる、ただの普通の女の子になって欲しかったんだよ、きっと』



(普通ってのは叶わなかったな)



『もう、いつも一言多いなぁ』


『……でもね、それは特性じゃなくて多分私個人の話。実際、素直で可愛くてちょっといじわるな、ありふれた女子高生でしょ?』


間期は妙にウィンクをキメながら言った。



(素直すぎて可愛げのない強引女だろ)



『否定するのも疲れるなぁ。じゃあ次は誠くんの番!』



(ごめん、朝も早いし寝るわ)



『ナチュラルに誤魔化したな?』



『じゃあ何すれば呼んでくれるの?……もしかしてあれ?』



(平均サイズのお前に興味は無い)



『私だって傷つくんだよ』



(初耳だな。というかそんなことより今すぐ出て行ってくれれば済む話だ)



『それは無理』


少なくとも俺から追い出すことはできない。

それに人と話すのはこんなに楽しかったろうか。

なんとも追い出す気にはならない。

……俺は何を思っているんだ。思ってしまっているんだ。


しばらくはあいつのペースに付き合ってやる。

それだけでいいはずだ。



『じゃああるもの見せてあげる。暗いしちょうどいいし、屋根に出るよ』



(どうせ俺に拒否権は無いんだろ……)


そう思った頃にはもう宙に浮いていた。

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空を知るとき人になる 雨沢海斗 @rain_sea_3MAR

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