第2話 地上の生き物
『どう?空は』
(ささ吐き気がする)
『浮遊できないのってそれが原因だったりしない?実は出来ないと錯覚してるだけで、酔うからやってないだけ、みたいな』
慣れてないだけだ。
『そんなもんか』
実際高いところは大丈夫だし、毎朝二階から飛び降りている。
肝は据わっているつもりだ。
ただ、これが空の景色か。
もっと人でごった返しているものだと思っていたが、案外空は広いらしい。
隙間なく地面に敷き詰められた家々よりも、窮屈な思いはない。
俺は、あんなちっぽけな景色の中で生きているのか。
なんとも哀れでならない。
だからみんな捨てて行くんだ。
空を知るやつからすれば、知らないやつはどう見えているのだろう。
『改めてどう?』
(風は気持ちがいい)
『そっか、地上だと建物に遮られちゃうもんね』
(ああ)
(そうだ、ならお前にとっての空はどうだ)
『え、私?うーん、、、』
『あなたにとっての地上と同じかな』
(だよな)
『もちろん初めて飛べた時は感動したんだと思う。物心着く前にはもう空の上にいたから分からないけど。
幼い頃に見る空は、それは広くて気持ちが良くて……けど毎日飛ぶと、その感動も薄れて空の方がちっぽけに感じる。
私はただ、誰にでもできることをやってるだけなんだ。って』
(じゃあお前にとっての地上はなんだ)
『憧れ…ではないし、必要ない…訳でもない。臨機応変に降りたりはするからな……』
(ならば質問を変えるか。
"地面"と言われたらどうだ)
『それは、未知の世界かも』
(なら、たまには地面を歩いてみたいとは思わないか?)
『でも地上に歩く場所なんて無いでしょう』
(実はそうでも無い。
あそこに降りろ)
『ん、わかった』
俺は建物の隙間、比較的広い路地を指さした。
『うげ、暗いし汚いし臭い、なにこれ』
(たまたま降りた場所が悪かっただけだ)
(……こっちだ)
記憶を頼りに、通れる道をただ歩いていった。
(……ところでお前、いつまで浮遊してるんだ)
『あ、いやぁ、足をつけるのはちょっとぉ……』
(降りろって)
『はぁぃ……うわぁ!』
あいつは盛大にすっ転んだ。
制服にドロやら濡れたコケがこびりつく。
その姿がなんとも滑稽だった。
(ふっ……っっ……)
『何笑ってんのよ』
自称完璧少女はどうやら立つことすら出来ないようだった。
いい気味だ。
ただ、歩けなくてもいい、というこの表情がなんとも俺をバカにした。
『えっと、歩いてる風に着いてくから……』
まあどうでもいいか。
少しからかってみたかっただけだしな。
みゃぁ
少し歩くと、いつもの子猫どもに遭遇した。
特に餌をやっている訳では無いが、ここを通るのは俺だけ。
まだ屋根に上がるほどの力もない子猫どもには、俺しか見知った人間はいないのだろう。
親猫が野良犬に食い殺されている様子を目の当たりにしてからというもの、一応会いに来ている。
だが、放置された地上の生き物は強い。
同時に毎日、ネズミの亡骸がそこら中に転がっている。
薄暗いのが幸いだ。
『汚い……』
(お前……)
猫どもも弱々しく鳴く。
『なんで誰も……助けてあげないんだろう……。』
『血なまぐさい、薄汚い、けど厚い壁で見て見ぬふりなんて』
(かわいそうとか、不幸せだとか、そう思ってんのか?)
『ううん、違う』
(じゃあなんだ)
『自由なんだよね。
秩序も法律もない、家々の壁はバリアで塞がれて、誰の干渉も施しも受けない』
(わかってんじゃねぇか)
彼女は能力か何かでどこからともなく、生きたネズミを引き寄せた。
『本当は見切りをつけさせたかったんじゃない?』
『ネズミを連れてくるまで子猫達は警戒心剥き出しだったし、あなたも、まあ似たような感じだった』
(バレてたのかよ)
『私に嘘は効かないよ』
彼女ははにかんで見せた。
可愛いとかは思わなかった。
だが久しぶりに嘘のない笑顔を見たと思った。
誰だって嘘を付く、それが人間だ。
悟られないよう、見抜かれないよう、器用に隠して生きている。
──────────
俺は気づいたら空の上にいた。
屈辱にも抱えられる形で。
(おい今すぐ降ろせ)
『ここで降ろしたらあなた死ぬけど大丈夫?』
(わかったよ)
(だが何があった)
彼女は何も答えない。
全速力で前進し始めた。
不思議と苦しくは無かった、バリアでも張ってるのだろうか。
ふと後ろを見たら県警の青服が追ってきていた。
白いヘルメットに、上空高速飛行隊だろう。
(おいなんで追われてるんだよ)
『あ、上昇するけどついでに透明化するから。さらに酔うけど気をつけて』
(答えろ!)
ぉうえぇ……。
透明化すると、案の定警察には追われなくなった。
『ねぇ、どこか安全なところ知らない?』
(……はぁ。……知るかよ)
気持ち悪くてなんも考えたくねぇのに。
(……あぁ、俺ん家)
『どっち?』
(……荒廃区画)
『…わかった』
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