空を知るとき人になる
雨沢海斗
第1話 劣等生の日常
幼い頃からひねくれた性格であったが、俺は誰よりも正直で嘘のつけない子どもだった。
─────────
誰もいない古アパートの窓を開け、塀の上に着地した。民家のわずかな間を通り抜けて、学校に着くのは午前7時。
校舎の壁のすぐ隣、プラタナスの木によじ登り先端を漁り、葉の間に隠した折れた枝で、鍵の開いている窓を器用に開けた。
教室に飛び込んだ。
薄暗い教室。
まだ誰もいない朝の時間は、気を遣う相手がいなくて心地が良かったのを覚えている。
そんな時間の虚しく過ぎていくのを、開け放った窓から感じていた。それでも俺は構わず机に突っ伏す。
後は朝練から帰ったり、登校する生徒を仕方なく待っていた。
そうやって、俺の
このころの俺はどうもひねくれた性格で、人間というものをやけに毛嫌いしては意味も無く遠ざけていた。
『おはようっ!』
キィィィィィィ────────
「──かハッ!」
頭蓋骨に反響する音に撃たれ、俺は椅子の前足まで反り上げた。
頭をさすりながら急いでマスクを着ける。
「痛ってぇ……」
『ごめんごめん!もしかして慣れてなかった?』
(あいにく言葉を交わす相手もいないもんでね)
『あ、そっか、そうゆう……』
「おい心を読むな。そして勝手に憐れむな」
『こんな早くに来てるくらいだし友達いなくて当然だよね。ほんとごめん』
(だから勝手に心を読むんじゃない。
本人にそんなつもりは全くなくとも俺にとっては鬱陶しいだけだ)
少女も顔をしかめた。
(そうかそうか読めてしまうか。
そりゃあ哀れなもんだな)
さらに嫌そうな顔をした。
「分かるんならさっさと察してくれ。俺はお前と会話するのも嫌だし今すぐにでも寝たい。そういうわけだから……」
『今、何か言った?』
「はぁ?お前が普通の人間なら俺の心くらい読めんだろ?それとも脳の問題かよ」
(これほどまでにひねくれた性格だとそんな言葉しか出てこねぇよ。
だから人と会話したくねぇってんだ)
『言葉?今、何か言ったの?』
(は?)
『あなた、思念を全く飛ばさないから、心の声はダダ漏れなの。でも、だからこそあなたの思念が聞こえない…。なのに、今微かに聴き取れないくらいの声で何か……』
いくら普通の人間と言えど口に出した声も聞こえるはずだ。
普通に耳が聞こえない。その推測が正しいかどうかは定かではないが、確かに実生活で支障は無かったのだろう。
恐らく特性が急に消え去るなんて思考は存在しない。
だから対処など誰も考えておらず、実際その必要も無い、か。
(耳が聞こえないのか?)
ならば思考で話すしか無い。
『そうかも、でも今までちゃんと使ったことないから知らなかった』
正直俺だって最後に人間の生声を聞いたのはいつだったろうか。
『ねぇ、じゃあ私からもいい?』
(なんだ)
『あなたは、思念を飛ばせないの?』
(そんなとこだ)
『浮遊も?』
(なんだ、見てたか)
(だが、
どうやって?)
見紛うはずがない。
確かに教室には誰もいなかったのだ。
俺は、教室に誰かいた時点で来た道を引き返すことにしている。
あくまで人との接触を避け、この特性を見抜かれるのを防ぐためだ。
『──透明化、って言ったらわかるかな』
(希少なやつか)
『そうだよ。
でもあなたの方が希なんじゃない?念力、透明化、瞬間移動なら、希少ながら見たことある。けど浮遊も思念飛ばしも、普通なら物心付く前の赤子でもできるよ』
(あんまり調子乗んなよ)
『ごめん。そんなつもりは無いの。……でもあなたはどうやって対処してるんだろって思って』
(なぜそれを知る必要がある?)
『あなたにはイヤミにしか聞こえないかもしれないけど、私は大抵のことはできるの。さっきも言ったような特性が主なんだけどね』
(忠告ありがとう。
確かにこれ以上ないイヤミさ。
その力に加えお前は、力をひた隠しにしてるのだからな)
『そう。学校じゃすぐに目立っちゃうから、普段は一般的なことしかやらないように気をつけていたのよ』
(言ってしまえば、俺と同じか)
『そう、意外と聞き分けがいいね』
(だからといって仲間ではない)
『……あっそ。ぼっちの陰キャと友達になってあげようと思ったのに』
(………。)
『それでさ、どうやって対処してるの?』
(なんだよ、こいつめんどくせぇって思ったろ)
『は?今私飛ばしてないよね?』
(それはどうかわからん。
けど俺は少なくともお前の表情を加味して判断した)
(てか否定はしないのかよ)
(──だが、要はそういうことだ)
(いいか?俺は能力をひとつも駆使出来ない。
だからある力だけでその劣化版を演じてるだけだ)
(参考になったか?)
(なるわけねぇよな)
(分かったらさっさと俺から離れろ)
「目障りだ」
『騙された……。
この私が騙されたなんて!』
少女は頬を
──────────
『なるほどねぇ、だからマスクしてるんだぁ』
(授業中だ。話しかけてくるな)
マスクをしていれば口から声を発していることを隠せるからな。
『いいじゃん誰にもバレやしないんだし』
(バレてるんじゃないのか?)
普通ならバレているはず。
これだけ密集した教室内では、誰かが遮蔽物となってしまい、その思念を飛ばした相手との直線状に入っている人には囁き程度に思念が漏れる。
俺とあいつの席は対角線というまででもないがかなり離れていた。
(それに通常、視界に入っていない相手の心を読むことはできないはずだろ)
少なくとも俺はあいつの後ろにいた。
『ふふーん。だから大抵の事はできるんだって。
あ、次あなた当たるよ』
(余計なお世話だ。
先生の表情を読めばそれくらい……)
だが、実際どうやって言い当てたのか。
俺はいくつか考察を出した。
あいつは俺の心を読みながら同時に先生の心を読んでいたのか。
実は高い知能でも持っていて、先生の傾向を当てたのか。
透視か何かで先生の見る名簿を盗み見たのか。
はたまた、予知能力なるものか……。
しかしいずれも可能性は十分あった。
人間としては気に食わない。
しかしその特性は研究の価値がありそうだ。
──────────
『そうゆうの、ただの陰キャだからだと思ってた』
朝同様、机に突っ伏していた俺にそんな声が届いた。
陰キャにならざるを得ないわけだからな。
『なにそれかわいそ』
(可哀想とか思われてんじゃねぇよ)
だが全部俺が悪い。
親に見捨てられたのも、施設に引き取ってもらえないのも、幼少期の友達が去っていったのも、俺が己の無力さを無下として扱うことが出来なかった
それだけの力量を持ち合わせていないからだ。
開花させようと努力しても一向に進まない。
ただずる賢くなっていくだけだった。
こんな人間に生まれた俺が悪い。
『なるほどなるほどぉ、朝みたいに誰もいない時間に帰ろうって
さすがお察しがいいじゃねぇか。
『でもそうはさせないよ、おりゃ!』
体の内臓という内臓が浮いた。
うぅっ……!!
吐き気が……。
だがこれが浮遊……?
いや、
(念力か)
『せいか〜い』
『今日は空の散歩でもしながら、一緒に帰ろっか』
いやだ!ほっといてくれ!
『ざんねーん強制でーす』
チッ。
気づけば教室には誰もいなかった。
こいつは俺のために最後まで待ってたのか?
バカだな。
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