テソーロ王城、侵入
本来、王が逃亡に使うというルートを使って、僕らはテソーロの王城へと侵入する。
「どこにだってあるんだ、こんなものは。王だけは逃がそうとするルートがね」
この人はそのルートを使って、王を暗殺したこともあるのだろうか。
だとすれば皮肉としか言いようがない。
「複数の重要なエリアから逃げられるようになってるからな。地下組はこのまま地下に行く。エルフ集めの方は厨房から行くのが一番いいだろう」
「なんで厨房から繋がってるんです?」
「厨房ってのは食料が貯められてるし、素材を捌く武器もあるから、籠もりやすいんじゃねーの? つまみ食いにくる王ってのも珍しくねーし」
そういうもんなのか。
なんにせよ、そのルートであれば非常に行きやすい。
「それじゃ、ここでお別れだ。しっかりやんなよ」
「ロモロ。無理はしないようにね!」
「お姉ちゃんも」
「センニ。ロモロ殿に迷惑をかけるなよ」
「わかってるしぃ。アニキこそドジんなよ~?」
王の逃走路の途中で僕らは分かれる。
リベラータさんたちは雑な階段を下に降りて、地下へと向かった。
僕はセンニと共にすぐ傍にあったハシゴを登る。
「センニ。上で気配はある?」
「ナッシング!」
蓋を開けて、僕らは厨房へと出た。
内部は暗く、どこに何があるのかわからないので動きづらいが、まったくわからないほどではない。
「センニは夜って大丈夫なの?」
「大丈夫よん。ウチは夜目利くほーだしぃ」
「気配もわかるなら百人力だね」
「うふふん。すげぇっしょ。あれ? ウチ潜入向いてんじゃね? ヤババ~」
実際、物音さえ立てなければイケそうな気がする。
万一見つかっても、センニは強いしね。
「エルフの気配はわかる?」
「んー。さすがにそこまでは……」
「四人いそうな場所とかわかる?」
「すぐ近くにはないね」
「巡回の兵士は基本的にふたりで一組だ。だから三人以上の気配を捉えたら、そこがエルフの軟禁場所の可能性が高い」
「オッケー」
「でも、休憩してるだけの兵士って可能性もあるから気をつけて」
「りょ!」
僕らは厨房を出て、闇夜の中、城内を移動する。
城内ではいくつかの灯りが点在していた。
すでに設計図やルートを頭に叩き込んでいるとはいえ、実践というのは独特の緊張感があった。
普段よりも少し移動するだけで無駄に呼吸が速くなる。
「ロモロ君。深呼吸、深呼吸。疲れるんだけよん」
「そうは言ってもね」
「緊張しすぎてもいいことないよ~。万一、見つかってもウチが倒すから心配しないでよねぇ」
見つかるような迂闊な真似はしたくないんだけどね。
でも、せっかくのアドバイスだし、深呼吸をする。
力の入っている箇所がわかったので、意識的に力を抜いていった。
「よし。ここの廊下を真っ直ぐだね」
「じゃ、この廊下をシュタタタっと行っちゃおう。兵士の気配もないしねぇ」
できる限り、早く廊下を進んでいく。
今のところ、順調だ。最初の軟禁場所に近づいてるのがわかった。
「……オッケー。四人の場所を捉えた。あっちの方」
「うん。諜報部の情報通りだ」
僕らはすぐに扉の前まで辿り着く。
当然、そこには鍵が掛かっていた。
しかし、この手の簡易錠であれば僕なら開けられる。
細い金属の張りを使って、僕は鍵穴をピッキングした。
「ロモロ君、悪いなぁ。そんなこと、どこで覚えたのぉ」
「お父さんに冗談半分で教わったんだよ。お父さんは鍵を作ることもあったから」
以前、街で倉庫に閉じ込められたお姉ちゃんの友人を助けたこともある。
懐かしい話だな。
そんなことを思いだしているうちに鍵は開いた。
簡易錠を外して中の人たちを驚かせないように、ゆっくりと扉を開く。
「誰だ!?」
「お静かに」
「みんなぁ、静かにしててよねぇ」
「お、お前? センニ? それに確か女神様つきの賢者様……」
こちらを女神や賢者とは思ってくれてるんだな。
まったく信じていないと思ってた。
「助けに来ました」
「ほ、本当に? いや、しかし、他にも囚われてる仲間たちが……」
「全員、助けます。ちゃんと動いてますので大丈夫です。地下にも行ってますので」
「あ、ありがとう……! 本当に……!」
色々と聞きたいことはあるが、それはここから無事に逃げ帰ってからでもできることだ。
「こちらの手勢は多くありません。基本、闇夜に乗じて逃げる形になります」
「りょ、了解。どうすればいい?」
「ここの扉は開けられるようにしておきます。そして、僕らが合図をしたら一斉に逃げてください。こちら、その逃走ルートです。合図の種類に応じて、逃げ方やルートは変えますので、覚えておいてください」
僕は懐から一枚の紙を取り出して、エルフの人に手渡した。
そして、合図の種類も教えておく。
「ここから全員を引き連れていくと見つかる可能性が高まりますので、不便な思いをさせてしまいますが、どうかご理解ください」
「いや、こっちは迷惑をかけてる身だ。ここから出られて集落に戻れるならなんでもいい」
「ありがとうございます。それと、こちらを各自持ってください」
「これは?」
「魔力を溜めた魔溜石です。最悪、個別に逃げてもらうことになります。その場合、地中を逃げてください。あなた方が約二十分ほど潜れるとは聞いていますが、それを五分くらいは伸ばせるでしょう。使われることがないようにはしますが……」
「わ、わかった」
「では、僕らはここで退散して他の方のところへ向かいます。扉は開けてますが、軽率な行動は控えてください」
そして、僕らが部屋を出ようとした時、
「待ってくれ」
「何か?」
「いや。賢者様もセンニも……ありがとうな。例を言う」
「……いえ。お礼は無事に逃げ切ってからお願いします」
「まだまだ逃げられるのは全然先だからぁ。大人しく待っててよねぇ」
僕らは一旦別れを告げて、最初の軟禁部屋を出る。
「あいつらに感謝されるの初めてだわぁ。ちょっとムズっとするぅ」
「でも嫌な気分じゃないでしょ」
「まーねっ。このままちゃっちゃと全員とコンタクト取っちゃお!」
そして、僕らはセンニの気配察知を駆使しながら、次の場所へと向かう。
その途中、周囲に兵士がいないことを確認してから、アマートに通信を飛ばした。
「一、OK」
ごくごく短い情報で。今のは第一グループと無事接触して問題なしと伝えた。
長い情報だと光の明るさが強すぎて見られてしまう可能性が高いためだ。
短い情報ならば、違和感で済む。
まったく光らない通信魔法が欲しいところだね。
エルフと共同して、作れないだろうか。
『OK』
アマートから短い情報が戻ってくる。
このOKには情報を聞きましたよという意味と、地下の方でも特に問題は起っていないという意味が含まれている。
もし、地下の方に問題が起っているのなら、『OK、NG』と返って来ることになっている。こちらが先で、向こうが後。同じ内容ならまとめられる。
「どうだった? ロモロ君」
「今のところ異常なしだね」
「よかったぁ」
「こんな序盤でトラブルを起こすわけにもいかないけどね」
とはいえ、順調に行っていること自体は喜ぶべきところだろう。
もちろん油断をしてはならないが。
「待った。ロモロ君。この先から兵士がふたり来てる」
「そっちに行かなきゃいけないから待たないとダメか。了解。……こっちの階段、上側に隠れよう」
センニは僕の言うことに素直に従い、ふたりで階段の踊り場で隠れる。
「なんで上側なん?」
「この兵士たちの巡回ルートは時間的に下に行くから」
「そうなのぉ?」
「まあ見ててよ」
しばらく待っていると、カンテラを持ったふたりの兵士が周囲をおざなりに見渡しながら階段の下に姿を現す。
「はぁ。兵士の人数が少ないから回る箇所も多いよなぁ……」
「愚痴るなよ。聞かれたら懲罰もんだぞ」
そんな雑談を交しながら、彼らは階下へ下りていく。
こちらの存在にはまったく気付かなかった。
「はー。すご。なんでなん? 巡回ルート決まってるわけじゃないんでしょ?」
「さっき兵士も行ってたけど、巡回場所が多くて手が回ってないんだよ、こっちまで」
すでに兵士の巡回時間も諜報部は抑えており、だいたいの癖は見破っていた。
ただ実際のところ、本来であればここで接触するような時間ではなかった。
それが時間通りに進めているのに、ニアミスしたということは、また兵士が減らされて巡回場所が増えたのだろう。
だからこっちまで手が回らないと踏んだのだ。
「ロモロ君は賢いねぇ」
「はは、ありがとう。じゃ、行こうか」
「おっけ。サクサク助けよー」
センニのおかげでかなり楽ができている。
僕とセンニは意外にいいコンビかもしれないね。
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