テソーロ侵入と、前準備

 お姉ちゃんと僕の魔法で僕らは隧道の出入り口からは出ずに、中に作った駐屯地からテソーロに侵入する。

 全員を巨大な布地で覆って地中に潜るのだ。

 これも土魔法。というよりも、エルフが火事騒ぎを起こした時に使っていた魔法だ。

 お姉ちゃんから膨大な魔力を分けてもらい、僕らは柔らかくなった地中を移動する。


 お互いに身体が密着しあい、集中が乱れそうになるが、ここで魔法が途切れたら全員が地中に埋まって終了だ。

 集中しながら僕は北方へ移動するように操作する。


「ロモロ様。そろそろいいでしょう。浮上をお願いします」

「周囲に人間の気配はない」


 アマートとリベラータさんの言葉を信じて、僕は浮上するよう操作。

 土の抵抗がなくなり、アマートが器用に布地を解いた。

 時間は夜の中の森。周囲には誰もおらず、虫や獣の鳴き声と風による葉擦れの音だけが響いている。


「大成功です。さすがロモロ様ですね」

「ここで大丈夫なの?」

「はい。問題ありません。少し行けば森の外に出られます」


 静かに森の中を移動し、僕らはテソーロをさらに北方へ向かった。



 以前テソーロの兵が集まっていたマリーナに商人を装って潜り込み、そこから僕らは馬車に乗り、数日かけてテソーロの王都、カラブリアへと至った。

 この商人は一応、スパーダルドにも拠点を置く商店の店主という設定だ。仮に探られても問題ない。諜報部が作ったダミーのひとつとなっている。

 そして、カラブリアにも諜報部が使っている拠点があった。僕らはそこを使わせてもらっている。


「さて、無事に侵入できましたね。ロモロ様」

「ひとまずはバレてないと思うけど」

「ええ。ここからエルフたちを救助するわけですが……中々に難しいミッションとなっております」


 そう言ってアマートが王城の図を取り出した。

 この王城内の緻密な地図はリベラータさんの書いたものらしい。

 ホントに凄いな、この人。侵入できない場所、ないんじゃないのか……。


「まず魔法の使えない――というよりもマナのない地下牢に幽閉されているエルフがふたり。そして、王城で軟禁されているエルフが、幾つかの部屋に三人から四人で点在しています」

「同じ場所に集めないのは反乱をさせないためかな?」

「ええ。地下牢のエルフを見捨てる可能性を含めて考慮したんでしょうね。特にエルフは土の中を移動できますし、ひとりで逃げようと思えば逃げられますから。ただ、ひとりでも逃げたことが発覚したら全員殺すとでも、脅されているものと思われます」


 人数が集まればお互いの情報交換もできるしね。

 声を抑えれば反乱の相談もできる。

 離れての話も通信魔法で可能だけど、通信魔法はどうしても光って目立ちやすいからね。反乱の相談には向かない。

 意思が共有できないまま逃げたら、全員殺されるのだから迂闊に動けもしない。


「魔法の使えない地下牢。そして、点在する軟禁場所。さらに言えば、このエルフたちはわたくしたち人間にいい感情を抱いておりません」

「助けに入ったところで、拒否される可能性も大、と」

「そこをウチとアニキが説得するとぉ。まあ、ウチもあの人たちには嫌われてるケド」

「それでも人間だけで接触すると問題が起こる可能性が高い。特にあたしだけじゃ信用されようもない。会ったこともないしね」


 リベラータさんが苦笑しながら言う。

 しかし、嫌われてようがなんだろうが、この王城の中からエルフ全員を引き連れて、脱出するという相当難易度の高いミッションだ。

 しかし、やらなきゃテソーロがまた懲りずに攻めてくる可能性が高い。


「いい情報としては城内で巡回する兵士がかなり少ないことです。テソーロ王アマデオは周囲の人間を信頼していないと前にも言いましたが、それは兵士たちも含むようです」

「でも、例の商人はいるんじゃないの?」

「わかりません。現在、確認は取れておりませんので……。この者、かなり神出鬼没です」


 それに対してリベラータさんも頷く。


「こいつは未だに視界に入ったことがないんだよね。しかも、こっちの存在が割れている可能性もある」

「相当警戒心が強いのかな」

「それもあるだろうけど、神出鬼没ってことを考えるとまた別の方法がなくもない」

「別の方法……って、そうか!」

「そ。坊ちゃんとあんたの姉さんが見破ったんでしょ。高速移動魔法だっけ?」


 よくよく考えれば、今回の黒幕がアルベルテュスと考えれば姿を見ないこともわかる。

 もし、テソーロに張り巡らされているなら、そこを自由に移動できるわけだし。

 ただ、それをこちらへの侵攻に使わないのは、何かしらの制限があるからか。ビアージョも魔導具を使っていたしね。あれを量産できないのかもしれない。詠唱魔法じゃ移動できないしね。


「さて、じゃ役割を決める。アマート、あんたはここで待機。情報処理として残りなさい。今から作る二チームの状況を随時共有すること」

「承知しました。リベラータ殿」

「あたしは地下確定。どんな難解な鍵があるかわからないからね。それと坊ちゃん……ロモロはあたしと別行動。あたしとあんたでアマートと連絡を取りながら、お互いの状況を把握すること。最悪のケースも視野に入れておきなよ。片方だけで逃げるとかね」

「了解。じゃ、振り分けメンバーは?」

「アマート。地下に囚われてるエルフは誰と誰?」

「アクセリとヘイノという名前のふたりが囚われているそうです。地下区画に食事を届けに行く者が呟いているのを諜報部が聞いています」

「エルフのおふたりさん。このふたりの名前に聞き覚えは?」

「ああ、アクセリならば俺が知っている。同年代で昔は共に遊んだ仲だ」

「じゃ、エンシオ、モニカ、あたしで地下。センニとロモロは各軟禁場所を回って集めること」

「え? センニとロモロって子供だけじゃないですか」


 お姉ちゃんが指摘をするが、リベラータさんは首を振る。

 ……お姉ちゃんは自分も子供なことを忘れてないだろうか。


「そもそもこのふたりで戦闘が起こる時点で失敗だ。子供だけの方がむしろ、動きやすいだろう。背も小さくて物陰にも隠れやすいしな」


 なるほど。一理あるような気もする。

 そもそも、この段階で見つかってるようじゃどうしようもないってことか。


「で、でも。侵入だったらアマートに入ってもらって、ロモロがここで情報を共有してもらえれば……」

「万が一の戦闘が起こった時にどうしようもないからね」

「大変申し訳ありません、モニカ様。わたくしはロモロ様ほど万能ではないのです」

「そ、か……」

「心配しないでよ、お姉ちゃん。そもそも一番確率の高い方法をリベラータさんは選んでるわけなんだからさ」


 なおも心配そうな表情は変わらなかったが、リベラータさんは話を進める。


「さて、坊ちゃんの役割は地下以外のエルフの救出だ……。坊ちゃん。複数を巡って全員を逃すわけだけど、どうやって逃がす?」

「接触したら逃走ルートを共有しておいて、部屋の鍵をすべて開けたままにしておく。合図を決めておいて、その合図で一斉に逃げる……かな? 途中の合流ポイントを決めるのもあるね」

「オーケー。ひとつひとつ馬鹿正直に連れ立って助けるとか言ったら、どうしようかと思ったところだ」


 ぞろぞろ連れ立っていったら、見つかりやすくなるからね。

 ひとりやふたりだったら気絶してもらえればいいが、そう上手く行くかどうかもわからない。

 巡回に援軍を呼ばれたら作戦は瓦解する。


「でも、ロモロ君。わかってると思うけどぉ、うちそんな潜入に自信ないよぉ? バレるかもよ……?」

「大丈夫。いくつか策はあるから。ひとりくらいだったら気絶させてもらうかもしれない」

「まあそのくらいだったらできると思うケド」


 音を遮断する魔法もあるし、エルフの土木魔法があれば、逃げようと思えば無理矢理逃げられる。


「とはいえ、最終的には大所帯での逃走だ。エルフには先に逃げてもらって、あたしらで適当に足止め。うまいこと逃げてよね」

「リベラータさん、エルフに動けない人がいた場合は?」

「同じエルフに担いでもらうしかないでしょうね。少なくとも全員の足が使い物にならなくされてるってことはないはず。諜報部も同じ見解でしょう?」

「ええ。食事が少ないようですが、暴行自体は受けていないようです」


 なら、エルフが動けないとしても数人か。


「あとは細かいところをいくつか詰めていきましょう。王城からの逃走経路や合流地点、いくつかのパターンに分ける。で、テソーロの領地からファタリタに戻る方法もね」


 まだまだ考えなきゃいけないことはたくさんある。

 そして、リベラータさん並の働きを僕がしなきゃいけないってことか。


「こっちの考える全パターンを、しっかりと頭に叩き込んでくれよ」

「もちろん。そういうのは得意だからね。それと、アマート。リベラータさんも。通信魔法の使い方でちょっと考えがあるんだけど……」


 少しずつ時は流れ、会議の時間は過ぎていく。

 刻一刻と作戦決行の時間が迫っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る