テソーロ侵入前のひととき

 僕らは影の樹海を進み、ブライトホルン山脈で、エルフに作ってもらった隧道へと再びやってきた。

 向こうが不意に侵入することも考えられたので、出向してもらっているスパーダルドの兵士が駐屯している。中にも兵士がいるから、侵入されればすぐにわかるけどね。

 隧道の出入り口にいる兵士に尋ねる。


「現在、異常はありません。静かなものです」

「モンスターとかは出てきてない?」

「害獣は出てきますが、モンスターは特に出てきておりません」

「食料とか、不足しているものは?」

「現在は順調ですね。ロモロ様が影の樹海に作ってくれた間道のおかげです」


 ここにはエルフの集落とこちらの集落、そしてランチャレオネ側への道を通している。

 滅多なことでは輸送は滞らないと思うけど。


「そういえばファム様とニンファがこっちにいるって聞いたけど……」

「ああ、おふたりでしたら、隧道内の駐屯地で過ごしているようですね」

「なんで?」

「中の方が調整がしやすいとかで……」

「……もしかして、ずっと向こうで過ごしているの? 体調とか崩してない?」

「今のところは大丈夫かと。むしろ、度を超して楽しそうでしたよ」

「度を超してかー……」

「侍従は異変を感じたら、すぐにこちらに引っ張り戻すと言っていました」


 うーん。思った以上に木の改造に嵌まっているな。

 いい傾向なような、悪い傾向なような……。デメトリアやファム様の侍従は苦労してるのかもしれない。

 お姉ちゃんが苦笑する。


「ファムと付き合ってきてわかったけど、あの子、かなりの凝り性なんだよね。あと少しでできそうな時とか、時間を忘れて熱中してるし」

「ニンファも似たようなところあるしなぁ……」


 そもそもエルフの魔法を教わった時点で、相当な力の入りようだったし。

 そして、無詠唱で使うエルフの魔法を一部詠唱化したのは、ファム様の功績は大きい。

 これは後々、表彰されるに相応しい偉業だと思う。


「どっちにしろ、隧道の中には入るし、様子は見てくるよ」


 ニンファに付き合ってるデメトリアの様子も気になるしね。

 元々、裕福な暮らしをしてた子だし、洞窟内の生活なんて大丈夫だろうか。


「さて、行こうか」


 こちらの準備は終わったので、ひとまず馬車に乗り込み、隧道内を進んだ。

 簡易的な灯りが置かれており、トンネル内の様子が一目でわかる。

 例の木材も天井と壁に幾つか設置されていた。

 すると、同乗しているセンニが不思議そうな顔をする。


「ねー、ロモロ君。この動く木材、こんな場所までなんで置いてるのぉ? 元々、防衛用っしょ?」

「防衛用も兼ねてるけど、むしろこれは万が一にも崩落させないための措置だね」

「崩落ぅ?」

「そ。隧道工事には崩落事故が付き物だからね。だから、エルフの人たちにはそっちを重点的にやってもらってる」


 だからこそ、木材防衛の方が遅れてしまったとも言えるが。

 しかし、人命第一だ。そこを違えるわけにはいかない。


「そういえばセンニのお兄さん、エンシオさんでしたっけ?」

「ああ。センニが世話になっているようだな。エンシオで構わない。こちらもモニカと呼ばせてもらう」

「じゃあ、エンシオ。闘気使えるって聞いたんですけど」

「それが何か?」

「教えてほしいんです」


 そういえばずっと探してたんだよね。

 すると、エンシオはお姉ちゃんをじろじろを見る。

 センニが汚いものでも見るような目を自分の兄に向けた。


「ちょっとぉ。女の子を無遠慮に見過ぎィ。デリカシーないのぉ?」

「なんのことだ。少しモニカの道を見ていただけだ」

「道ぃ?」

「闘気の通る道筋だ。丹田から全身に行き渡らせなければならないからな」


 エンシオはセンニの表情などどこ吹く風といった様子で、至極真面目にお姉ちゃんを見続けていた。


「教えることに問題はない。モニカ、君の強さはセンニからも聞いている。まだまだ体つきは若いがな」

「なら……!」

「だが、モニカ。お前は魔法を使うようだが?」

「はい。使います」

「ならば、あまり意味のあることにはならないと思う。闘気のできることは、魔法にもできるからな」

「えっ。でもっ……」

「そもそも闘気は魔法を使えぬ者が、果てぬ夢を見て辿り着いた境地だ。その思想は魔法と相反すると言っていい。オレに闘気を教えてくれた人は魔法を使う者にも教えたこともあるらしいが、同時に使うと打ち消し合うだけだったという話だ」


 するとセンニが横から口を挟む。


「ウチもそう言ったんだけどねぇ。魔力と闘気って反発するものだしぃ」

「前も言ったけど、上手く制御すればいけるんだってば!」

「まゆつば~」


 そんなお姉ちゃんとセンニの会話を眺めつつ、エンシオがこちらに視線をチラチラと送ってくる。

 いいのか? と言わんばかりだ。

 こっちも止める理由はない。お姉ちゃんの強さはすでに上限な気がするし、それを超えられるなら超えられるで。

 修業で余計な気持ちを振り払うことができれば、ありがたいんだけどね。


「僕はいいと思うよ。やるだけやってみたらいいんじゃないかな」

「さすがロモロは話がわかる!」

「ついでに剣も教えてもらえばいいんじゃないかな。エンシオはセンニよりも強いんでしょ?」

「マジつよだよ~。やべぇくらい強いんだから~、剣を持てばだけどぉ。全然追いつかないしぃ」

「兄として、妹に負けるわけにもいかんからな。承った。剣と闘気を教えよう」

「やったー! ありがとう、エンシオ!」

「まあ、今は同胞の奪還に集中せねばな」


 そんなことを話ながら数時間。

 僕らは隧道の出口付近までやってきた。その手前に広く作った部屋がここの駐屯地だ。

 常時、百人ほど常駐させられる。詰めれば二百人くらいか。

 僕らの馬車が到着すると、兵士たちに出迎えられる。


「お疲れさまです。異常ありません!」

「ありがとう。水と食料はまだ大丈夫って聞いたから、嗜好品積んできたよ」

「嗜好品?」

「エールだね。大人のみんなで飲んでください」

「ありがとうございます!」


 数人の兵士が馬車からエールの樽を降ろしていく。

 やっぱり、洞窟内で過ごすのはストレスが溜まるだろうしね。

 多少は息抜きをしてもらわないと。


「それで、ファム様とニンファがいるって聞いてるんだけど」

「はい。木材保管庫に籠もりきりです」

「様子は……?」

「至極元気そうに見えます」


 こっちでも変わらないか。


「木材の方の進捗はどんな感じ?」

「素晴らしいの一言に尽きますね。今なら数千の矢程度ならすべて打ち落とせますし、そもそも危険を察知したら出入り口を完全に塞ぐようになりました」

「おー」

「よほど強大な魔法でも撃たれない限りは、平気かと思います。ただ、そんな魔法を察知した時点で、枝が伸びると思いますけど……」


 そんな魔法を撃つには準備も必要だしね。いい木材に成長してきたようだ。

 ただ、向こうはテソーロの領地だし、そこで向こうの兵士を傷付けたりするのも問題になる。

 この辺りを使節団側で詰めてもらえればありがたいけど。


「じゃあ、ちょっと木材保管庫に行ってくるね。みんなは少し待ってて」

「はーい。じゃあ、エンシオ。今のうちにちょっと剣を教えてもらえる?」

「……作戦に支障が出ない程度に軽くなら」

「あはっ。ウチも見に行こー!」


 リベラータさんは馬車から降りて、気配を消して壁を背にしている。

 何か考え事だろうか。


「保管庫に行くのでは? ロモロ様」

「あ、うん」


 アマートに促されて、僕は保管庫へ向かう。

 そこには言われていた通り、ファム様とニンファが机に向かって、楽しそうにうんうん唸っていた。


「ファム様? この魔法陣、ここの魔力を抑制して、こちらに流せばもっと効率が上がるのではないですか?」

「いいですわね、ニンファさん。でしたら、元の魔力の入り口も少し改造した方がよさそうですね」


 ニンファは得意分野のためかすでに饒舌だ。

 ファム様も目が輝いている。報告を受けていた通りだ。


「お疲れさまです。ファム様、ニンファ」

「あら。お久しぶりですわ、ロモロ様」

「あ、お、こ、こんにちは……」


 ニンファはあっという間に余所行きモードになる。

 傍にいた侍従のデメトリアはそれを見て「ふう……」と小さく溜め息を吐いていた。


「あのー。もう動く木材は割と充分な機能を有してると思うんですが」

「まだまだですわ、ロモロ様。ねえ、ニンファさん?」

「え、ええ……。まだまだ効率化できますし、もっと色々な機能を付けられます……」


 機能向上はありがたいんだけど、これ以上は過剰な機能という気がしなくもない。

 でも、ここでやる気に水を差すのも野暮かなぁ。


「おふたりが楽しいのであれば止めません。ただ、ふたつほど約束をお願いします」

「なんでしょう?」

「まず身体を第一に。あまり隧道に籠もりっぱなしですと、兵士たちも心配しますし、何よりも侍従の方たちもずっと隧道にいると精神的に疲弊してしまうので」


 ふたりはようやく気付いたようにハッとする。

 集中できることがあれば、周りは気にならないかもしれないけど、侍従はそうではないからね……。


「わたくしとしたことが、お恥ずかしい。できる限り気をつけます。それで、もうひとつというのは?」

「目標を立てるようお願いします。先ほども言いましたように、この動く木材は初期の目的を果たしましたし、こうして強力になったのもありがたく思ってます。ただ、やはり終わりを作った方がいいと思いますので」


 このままだと、このふたりはずっとここに籠もりかねない。

 凝り性というのは、中々制御できないからね。本を読みまくってた僕にもわかる。止め時がないことは。


「なるほど、確かに。延々とやり続けても、どんどん拡張されていくばかりですからね」

「ええ。なのでおふたりが目標を立てて、それで作ってみてください。それが終わったら、新しいことに挑戦してもいいですし」

「わかりましたわ。では、少し考えてそちらを提出致しますわ。ニンファ様もそれでいい?」

「はい。ファム様の仰るとおりに……」

「ありがとうございます」

「では、ニンファさん。考えましょう。これの完成形を」

「はいっ!」


 またもふたりで会話をし始めて、自分たちの世界に没頭してしまった。

 とはいえ、このふたりが目標を定めて作れば面白いものはできそう。


「ありがとうございます、ロモロ様。まあ正直、隧道暮らしは辟易してましたので……」

「デメトリアも無理はしないでね」

「………あなたも。あまり無理するんじゃありませんわよ」


 デメトリアが小さい声でこそっと昔のような口調で言ってくれる。

 そして、ポケットから何かを取り出し、僕に手渡してきた。

 それは木の指輪だった。


「これは……」

「ニンファ様に相談して作った御守りです。わたしが彫ってその想いを元をニンファ様が魔力で形にしてくれたというか……」

「ありがとう、大事にするよ」

「せいぜい気をつけてくださいまし。色々と立場は変わりましたけど、わたしはやるべきことを変えていませんから」


 そう言ってデメトリアはニンファの元へと戻る。

 こうして変わらないでいてくれるのは本当に嬉しい。

 気兼ねしないで済むしね。


「じゃ、ちょっとエルフを救ってくるよ」


 僕らは明日、テソーロに乗り込む。

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