テソーロ侵入作戦

 王様がテソーロに送った使節団は、無事王都に着いたようだが、それからまるで進展がない。

 そもそも向こうの王と会うことすらできていないようだ。

 前途は多難そうだ。


「ふっふっふ。しかし、今回はこの神聖清純派憂愁美少女であるアマートが、諜報部から多くの重要な情報を持ってきましたよ」

「ありがとう、アマート」

「いえいえ。実際は撤退時の混乱に合わせてテソーロ軍に潜り込んだ人たちが持ってきた情報ですがね」

「よく別の軍に潜り込めたね」

「必要な情報をしっかり渡したのと、リベラータ殿の変装術や心構え、馴染み方を教えてもらってから、我らが諜報部は今までよりも遥かにパワーアップしましたので」


 リベラータさんは上手くやってくれているようだ。

 まさかこんなに早くあの人を引っ張り込むことになるとは思わなかったけど。


「それで情報っていうのは?」

「まず魔族についてですね。テソーロ国王、アマデオの傍には怪しい商人が出入りしているようで。この者の正体は未だに明らかになっていませんが、あの魔族は商人の橋渡しで軍に客将として入ったとのことです」

「向こうは魔族とわかってて入れたの?」

「そちらもはっきりとはわかっていませんが、おそらく強い人間として迎え入れた節があります。魔族とわかっていれば、他の兵士たちも怯えていたでしょうし」

「そもそも知ってるなら、正体をフードで隠す必要もないか」

「ええ。少なくとも、王やその商人以外は知り得なかったと思われます」


 何にせよ、危険なのは商人か。

 そもそも、こいつが魔族という可能性は大いにある。

 ……というかビアージョを唆して、ファタリタ国王を暗殺しようとしたアルベルテュスが一番濃厚なように思う。

 まだ断定はできないが。


「その商人の正体は……さすがにわかってないかな」

「ええ、残念ながら。名前も判然としておりません。ただ、アマデオにとっては唯一信頼の置ける部下のようで、今アマデオと頻繁に会っているのはこの商人だけです」

「その商人の正体を突き止めてほしい。無理だけはしない範囲でね。それと、アルベルテュスって名前が出てくるかどうかを調べておいてくれるかな」

「わかりました。今すぐ諜報部に伝えておきます」


 アマートは手持ちの紙を整理しながら、次の報告をしてくる。


「次にエルフについてです。こちらは色々とわかってきました」

「いいね。続きをお願い」

「はい。どうもエルフたちはやむなくテソーロに協力していると見受けられます」

「ってことは、騙された上での脅迫か何かかな」

「お察しの通りです。こちらもどうも例の商人の手引きのようでして」


 ……またこいつか。

 早いところどうにかしないと、またろくでもないことをされそうだ。


「言葉巧みに騙し、数人を捕らえ地下深くに軟禁しているようですね。それで仕方なく、エルフは従っていると思われます」

「向こうに従っているエルフの中に、姿が見えなかった人はいる?」

「ええ。エルフのタルヤ殿に聞いた数と合わせると三名ほど把握できておりません。捕まっているのはひとりかふたりとのことなので、最後のひとりがファタリタ側に潜んでいる可能性は高いかと」


 例の火事騒ぎを起こしたのが、そのエルフとなれば拘留しているエンシオの疑惑も晴れる。

 そのためには、そのエルフを捕まえる必要があるのだけど……なら、ひとりを捕まえるよりも、もっと大きく行くべきだろう。


「アマート。エンシオのところに行こう。それと、センニとお姉ちゃんを呼んでほしい」

「仰せのままに」



 そして、拘留されているエンシオのところに行くと、すでにセンニとお姉ちゃんは待っていた。

 さらにもうひとり、


「はぁい、坊ちゃん。久しぶり」

「あれ? リベラータさん?」

「テソーロ回りの情報を統括して収集してるのはあたしだからね。で、たぶん、お前さんなら、あたしを呼ぶんじゃないかと思ったのさ」


 うーん。その通りだ。話が早い。

 僕の考え、そんな簡単に読みやすいのかな。

 呼ばれたセンニがさっそく首を傾げて質問をぶつけてくる。


「はいはーい。ロモロ君。とりあえず呼ばれたから来たけどぉ。何をする気なの~?」

「エルフの集落から逃げ出したエルフがテソーロに捕まって、無理に従わされてるみたいでね。だから、それを助けに行こうと思う」

「え? マジで? あいつら、助けるの? ジゴージトクじゃん?」


 センニはあからさまに嫌そうな顔をした。

 まあ、センニは彼らをよくは思ってなかったみたいだしね。見下されてたみたいだし。

 彼らが捕まったのが自業自得なのは、まあその通り。

 でも、放っておけない理由もある。


「国防上、必要なことだからね」

「コクボージョー?」

「国を護るためにも、エルフには集落に戻ってほしいんだよ」


 すると、エンシオはすぐに理解したようだ。


「つまり、エルフの魔法はそれほど人間にとって厄介だということか」

「そうだね。土木魔法があるだけで、これまでの戦術をすべて考え直す必要がある。そんな不確定要因を敵方に持たせておくとろくなことにならない」


 今回はこちらが人間の都合という形で撤退させたが、向こうからやろうと思えばいくらでも侵攻できるからね。

 前回のトンネルに置いた木材防衛も現時点では子供だましのようなものだ。


「エルフ同士で争ってほしくないしね。逃げたエルフたちの考えは尊重するけど、人間の全員が全員、駄目なわけでもないから。今のままだと人間はクズって考えで固定されちゃうし」


 すると、お姉ちゃんが不思議そうに自分を指さす。


「それで、なんであたしが呼ばれたの? そのエルフが捕まってるのって地下牢なんでしょ? あたし潜入なんてやったことないんだけど」

「お姉ちゃんにそれは期待してないよ」

「それはそれで何かモヤッとする……」


 お姉ちゃんは不機嫌そうな視線を投げてきた。

 適材適所という言葉もある。潜入がお姉ちゃんに向いてないのは重々承知だ。


「まあまあ。それで助けに向かうお姉ちゃんやセンニ、エンシオの役割は――」

「待て。オレまでいいのか? 拘留されている身だが……」


 名前を呼ばれたエンシオは目を瞬かせて、意外だと言うように訝しげな目をしている。


「一応、住人たちにはエルフの仕業だって説明しておいたから。もう拘留を解いても問題ないはずだよ」

「しかし、住人たちは納得してるのか?」

「多少って感じ。だから、やっぱり真犯人は必要だから。つまり、それの大元を捕まえに行くってのが今回の作戦」


 それで納得したようにエンシオは頷いた。


「あの時の火事は逃げ出したエルフの誰かの仕業なことは間違いない。でも、それを指示したのはテソーロだろうし、そのテソーロに命令を受けているエルフたちだ」

「しかし、ロモロ様。火事を引き起こすだけというのは、ただの嫌がらせにしかなっていません。テソーロの指示であれば軍事行動と合わせたものになるのでは?」

「たぶん、あれは試験みたいなものだよ。どこまで人間側に把握されずに破壊工作ができるかっていうね。住人たちが疑心暗鬼になるのはただの副産物かな。たぶん、次はもっと大規模に仕掛けてくるんじゃないかな」


 それでアマートは納得してくれたようだ。


「それで、エンシオ。引き受けてくれる? 今回の依頼」

「もちろんだ。ありがたい。今度こそ、力になって見せよう。……しかし、そこのお嬢さんと一緒でオレも潜入作戦は無理だ」

「うん。それもまあ、話からわかってた。エルフの救助自体はリベラータさんが主導してもらうよ」

「なるほどね。そこでリベラータ様の出番ってわけだ」

「できれば何も気付かせずに救助して帰ってきてほしいけど、それは無理だと思ってるから」

「そうだねぇ。テソーロの王城に侵入すること自体はそう難しくはなかった。ただ、人質を助け出すなら、確実にバレて追っ手が来るだろう。……ま、あたしに本業をさせてくれるなら、普通に逃げ出せると思うけど」

「却下です」

「だよね。ただ、追っ手が来ると困るんだよね。こっちも正面からの切った張ったは不得意だし」

「だから、救助後に想定される戦闘で、お姉ちゃんやセンニ、エンシオが同行するってこと」

「んー。でも、戦闘って言っても、あたしに人間相手に戦うなって言ったのはロモロじゃん」

「だから、人間相手じゃない可能性が大いにあるんだよ。そもそも、テソーロは例の魔法陣を所持してる国だからね。ろくでもないモンスターを嗾けてくる可能性は高い」

「そっか。それにこの前戦った魔族だっているかもしれないもんね」


 お姉ちゃんはそれで得心がいったようだ。


「そんなわけで、僕らはこれからテソーロに移動します。正体を隠して、エルフの救出作戦ってことで」


 なお、ニコーラにも来てほしかったところだけど、この前の魔族との戦いでのダメージが大きく、まだ癒えていない。しばらく戦闘は無理とのことで不参加だ。

 身体は大事にしないとね。

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