支配者の継承

 魔族のことを受け容れてもらってから、また少しリナルド様と話をした。

 どうやら気になることがあったようだ。


「ロモロは自分が上に立とうとは考えなかったのか?」

「上……って、要するに自分が領地を持つってことです?」

「そうだ。あるいはもっと大胆に王位簒奪でも構わないが」

「さすがにそんな大それたことは……」

「だが、手段を選ばなければできなくはないだろう? 姉君が同意するかはともかくとして、姉君の力自体は強大だ。君はそれを知ってたのだしな」


 まあ、お姉ちゃんの力は規格外すぎるからね……。

 あの力を見せるだけで大抵の人は逃げていくだろう。


「考えませんでしたね」

「そうか。しかし、そうした方が楽ではないか? 自分で領地を持てば、その差配は思いの儘だ。わざわざ私や王、周囲の者に慮る必要もない。魔族の件だろうと、有無を言わさず実行できる」

「確かに楽だとは思います。でも、それは後先を考えていませんから」

「後先?」

「それは支配して自分の好き勝手をするわけじゃないですか。だとすれば、当然納得できない人は出てきます。僕がやろうとしていることは、明らかにその『納得できないこと』の大行進ですから」


 そう言うとリナルド様はクックックと楽しそうに笑う。


「確かにそうだな。あの説明を何も知らぬすべての住民たちに納得させろというのは不可能に近いか」

「だから、ひとつひとつ丁寧に説明して、お互いが納得するしかないと思っています」

「なるほど。しかし、それだけか?」

「もうひとつありますね。もうひとつは、それらがすべて終わった後です」

「……なるほど。後処理か」

「僕は元々、領地経営をやりたいわけではありませんから……。すべてが終わった時に、何もかもを投げ出してサヨナラというのは無責任すぎるでしょう?」

「それで私に領地経営を丸投げして、自分のやりたいことをやる、というわけか」

「リナルド様は領地を得たいって言ってたんですから、利害の一致というやつです」

「違いない」


 そして、リナルド様はまた笑った。

 最近、リナルド様が楽しそうで何よりである。

 会った頃に比べると、顔色もよくなった気がするしね。僕の方も気兼ねしなくてよくなった。


「しかし、ロモロが公爵になって領地を運営というのも面白いと思うがな」

「向いてませんよ」

「そうでもないと思うぞ」

「それと、もうひとつ理由があります。……ちょっと不敬ではありますが」

「ほう。面白い。聞いてみたいものだ。ここだけの話とするから、言ってみてくれ」

「……単純に、僕は領地の世襲制には弊害があると思っています」


 リナルド様だけではなく、侍従のカッリストやニコーラまで驚いた表情をしている。

 この大陸では領地は世襲制が基本だし、仕方ないよね。


「というと?」

「例えばリナルド様は優秀ですから領地経営をしっかりやり遂げるとして、後を継ぐ子が同じ能力を持っているとは限りません」

「む……。まあ、私が優秀かどうかは置いておくとしても、まあそうだな」

「後継者にはしっかりとした育成をするにしても、その子が独裁者気質だったら? あるいは親が早世して満足な教育が受けられなかったら? 領地運営ができなくなれば、そこに住む人たちが迷惑を被るだけですから。だから、後世にまで責任を持ちたくないんですよね」

「では、どうするのがロモロの理想なのだ?」

「理想というのはありません。人が行う以上、何かしらの問題は出てきます。なので現段階で比較的マシなもの、という話になりますけど……民衆たちが自分で選ぶ方式ですね。領地運営にも機関や部局を作って、専門性の高い業務ができる人を選ぶ感じで」

「しかし、それでは……」

「ええ、これは完全に時期尚早です。民衆たちに等しく知識を身に付けてもらわないといけません。要するに民衆たちが揃って知識を得て、自分の意思で参政して、自分たちで住む場所をより良くしていく……のが今のところ最良の統治ですかね」


 仮にそれが上手くいっても、腐敗は絶対に起こるけどね。

 誰だって自分と自分の周囲が一番可愛いのだから、そこを守るために優先してしまう。


「そして、定期的に選び直して別の人にやってもらいます。もちろん現職も求められれば何度かは継続してもいいと思いますが、長い期間をやるべきではありません」

「それは腐敗を防ぐためか?」

「腐敗もありますが、権力の一極集中を防ぐためですね。長い時間務めていると、どうしてもその人が権力を持ちます」

「権力を持つのが悪いことなのか? 物事を円滑に進めるには仕方のないことだと思うが……」

「ええ。ですので、問題は程度です。絶対的な権力は絶対的に腐敗する。良くも悪くも、これは人に欲望がある以上、もう仕方ないことだと思います」


 もちろん、もっといい思いをしたいからという形で他人を貶める……そんなわかりやすい欲望もあるだろう。

 でも、世の中には自分の居場所を守りたいから、家族を守りたいとか、そういう形で欲望が暴走するケースだってある。

 全員が全員、常に冷静ではいられないのだ。おかしなことを起こす人というのは、冷静でないことが多いわけで。


「個人の器量に頼った運営というのは、その個人がいなくなった時点で破綻します。誰もがその人の仕事を肩代わりできる世の中になれば、多少運営が滞っても、すぐに元通りにできますからね」

「……考えさせられる話だな。ありがとう、参考になった」

「それなら幸いです」


 結局はバランスよく少しずつよくなる方に変えていく方がいい。

 大きな、そして性急な改革は歪みを生む。

 どちらにしろ、今僕らがやるべきことはまず集落の建て直しだ。


 周囲を見回ろうと天幕を出ると、お姉ちゃんが所在なさげに立っていた。

 あまり元気がなさそうに見える。

 飢餓の夢を見た時とはまた別の様子だ。


「お姉ちゃん? ……やっぱりまだ受け容れられない?」

「ロモロ……。まあ、そうだね。今更、魔族にも事情があったとか言われても困るというか」

「だよね」


 正直、これはカストがどうにかできなかったのかと思ってしまう。

 お姉ちゃんに二周目をさせる前提で行動していたなら、自分の正体を明かし、魔族について教えた方がスムーズだったはずだ。


 まあ、それは外から気楽に言ってるだけで、何かしらの事情はあったのだろう。

 そもそも重要人物同士。ふたりきりで会うのも難しかったとは思うしね。


 人間は魔族をモンスターと同等の災害くらいにしか考えていないし、魔族は魔族で人間は進出に邪魔な壁ぐらいにしか思っていない。

 シンプルな相互不理解。

 それを是正するために、僕とカストは動いているわけだけど。


「勇者とか言われながら、あたしは元人間を斬ってきたんだ……」

「知らなかったんだから仕方ない」

「知らなかったで……!」

「済むよ。文献上にもそんな話がないんだから、お姉ちゃんは知りようがなかったし、誰も知らなかったんだから教えられるはずもない」

「じゃあ、なんでロモロは知ることができたの」

「言ったじゃん。偶然、魔族に協力者ができたからだよ。同じく戦争をしたくないって考えるね。それがなかったら、今頃僕も魔族殲滅の手段を考えてるよ」


 ただ、お姉ちゃんは他にも悩んでいることがあるんじゃないかな。

 察しはつくけど。


「お姉ちゃんは自分が死んで、初代魔王と戦えなかったことを悔やんでる?」

「…………………そう、かもね。あたしが負けた時点で、ほとんど人間側は終わってた。でも、あたしが処刑されてから、世界が滅亡してたなんて……そんなのって……!」

「でも、今回は違う。初代魔王は復活させないし、人間も魔族も決して死なさない」

「……………………」

「お姉ちゃんに前周の記憶を忘れろとは言わないし、そもそも僕もお姉ちゃんの前周の記憶に頼ってるけど……必要以上に前周を悔やんでも仕方ないと思う」


 どう足掻いても、前の周のやり直しはできないのだから。


「ロモロはそう言うけど……」

「……世界五分前仮説ってのがあってね」

「何それ?」

「世界は五分前にできあがったって話」

「??? そんなわけないじゃん。あたしはこうして生きてきたわけで……」

「でも、そんな過去の記憶も歴史も、実は五分前、神様によって創られたものかもしれないでしょ? お姉ちゃんだけじゃなく、ここに実在するすべての人が」

「神様? えっ、うーん……。うーん……。うーん……。うーん……」

「ま、まあ、難しく考えなくてもいいよ。別にこれを説明したかったわけじゃないから」


 本来はこういうことを説明するような話ではないのだけど。

 因果律とか、知識についての根源的なものを話すためのものだ。


「例えば、お姉ちゃんの記憶はある種の予知能力だったのかもしれないじゃない」

「予知能力?」

「そ、つまり今のまま歴史が進んだら、こうなるっていうことを前以て知ることができる能力だったとかね」


 まあカストが計画した時点でそれはないのだけど。

 それでも、お姉ちゃんの持つ前周との記憶の連続性を和らげるために、少しは断たねばならない。


「だから、お姉ちゃんは前周と思ってるけど、ただ未来を知っただけかもしれない。だとしたら、お姉ちゃんは何も間違ってないよ。だって、未来を知っただけでなにもやってない」

「………」

「何にせよ、前周のお姉ちゃんと今のお姉ちゃんは違う存在なんだよ。だから、過去を悔いるんじゃなくて、これからどうするべきかを考えてほしいな。もし、魔族と講和が危険だっていうなら話は聞くからさ」

「ロモロの言ってることはちんぷんかんぷんだよ」

「……人がせっかく説明したのに」

「でも、あたしを元気づけようとしてくれてるのは伝わったよ。ありがとうね」


 うーん……。すぐに割り切れるはずがないよね。

 こっちの言ってることを少しはわかってくれたとは思うけど……やることが少ないから、余計なことを考える時間が多いのかもしれない。

 修行でもしてもらって頭を空っぽにしてもらった方がいい気がするな。

 ……だとすると、さっさとあの人を解放してあげないとね。

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