魔族の話

 テソーロ侵攻はどうにか終結に至った。

 東側と西側でしっかりと防衛をしたおかげもあり、テソーロの軍団はすべて解散し完全に撤退している。

 ファタリタ国王はテソーロに使節団を送り、抗議をするようだけど、望み薄だろうという見方が強い。

 ただ、民衆たちは安心し、元の生活に戻っている……のだけど。


「魔族って本当なの、お姉ちゃん?」

「間違いないよ。戦ったあたしが言うんだから」

「私自身も戦いましたが、マティアス殿とヴェネランダ殿がいなければ、命はなかったでしょう」


 ようやくリナルド様をはじめとしてメンバー全員が集落に戻ってこられたが、住民たちと違って僕らの仕事は終わらない。

 お姉ちゃんたちがこちらに帰ってくる前に、ふたりの魔族と交戦したという話は聞いていたが、仔細を聞くと本当に危険だったのだとわかる。

 お姉ちゃんが一対一で倒すのに難儀して、かつニコーラに、マティアスさんとヴェネランダさんの三人でどうにか抑え込んだって……。相当な実力者だったのだろう。


 それにしても、まさかエルフだけじゃなく魔族まで出てくるとは……。


「そもそも、魔族はテソーロと協力していたの?」

「諜報員たちはテソーロの陣地に見るからに怪しいふたりが出てきたという報告はしています。諜報員たちは正体を隠したエルフと思っていたようですが……」


 アマートの話によれば、テソーロの撤退直前に来たという。

 それが突然、軍から離れて単騎で特攻を仕掛けてきた、と。


「ごめん。そこまで予想してなかった僕の落ち度だ」

「何言ってんの。あたしもそんなこと知らなかったし、ロモロのせいじゃないよ」

「そうですぞ。あそこで魔族の襲来など予測できたら、それはもう神としか言い様がありますまい」


 そう言って慰めてくれるお姉ちゃんとニコーラ。

 でも、僕はふたりと違い、魔族の話も知ってしまっている。

 カスト曰く主戦派側の工作なのか、あるいはカストの話がすべて嘘なのか。

 こういう時、自由に話すことができないのは不便だ。


「とにかく撃退して、死人も出してないんだから問題なし!」


 ……お姉ちゃんにもカストの話はするべきだと思う。

 ただ、黒騎士にいい思いをしていないお姉ちゃんが、どこまでこの話を信じてくれるのか。


「……不幸中の幸いってことにしておくよ。ちなみにテソーロ側に死人は?」


 西側は怪我人も死人も出すことなく終わっっている。

 例の斥候アルホフ卿の陣地撤退後は、こちらに何も仕掛けてきていない。

 でも、東側は奇襲をかけたりしているはずで……。


「何人か、死人は出たものと思います。多くはないと思いますが」

「そう、か……」


 できればテソーロの方も死人を出さずに済ませたかった。

 死人をできる限り出さないようにするのが、僕の目標だったのに。


「もし、ロモロの策がなかったら危なかったよ。魔族に陣地をめちゃくちゃにされてから、突撃でもされてきたらこっちが全滅してたからね」

「ええ。オルシーニのやつも褒めておりました。軍部に寄越せと言ってきましたぞ。丁重に断っておきましたがね」

「はは、ありがとう」


 やはり戦争は起きた時点で、死人は出てしまう。

 戦争を起こさないようにするのが、僕の目標だ。

 もっと情報を。この世界のすべてを把握するレベルで、手に入れないと……。


「ロモロ。何かまた難しいことを考えているようだな」

「リナルド様……」

「私にはお主の深慮遠謀を理解することはできない。だが、目的を共有することはできるはずだ」


 いつの間にか、全員の視線が僕の方へと向いている。


「ロモロ。あたし、リナルド様とニコーラには話したよ。あたしの話。戻ってきたって話をね」

「えっ……? えっ!?」

「ロモロだって、ヴォルフ父上に話したでしょ? そのお返し……ってわけじゃないけどね。ロモロはずっと辛そうだったから。あたしの方から話した」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ。帰りの馬車の中で聞かせてもらった。お主らたち姉弟の話を。さすがに内容には驚いたがな」

「ええ。納得できる話でした。モニカ様の強さは桁が違いましたからな」


 いつかは話そうかと思っていたけど……そうか、もうお姉ちゃんが言っちゃったのか。


「ロモロ、姉君を責めるな。私が少々、意地の悪い形で聞き出しただけだ」

「違うよ、リナルド様。あたしが……」

「おふたりとも、落ち着きなされ」


 いや、知ってしまったのなら、それはそれでいいんだ。

 特にリナルド様の協力は絶対に必要だったから。

 ただ……。


「ロモロ。お主は人知れず、私を救ってくれた。国を救ってくれた。あの第二王子が革命を成功させ、内戦を引き起こしたのなら、それは絶対に防ぐ必要があるのだからな」

「でも、騙していたみたいで……」

「私は君にとって頼れる人間であったと言うことだろう? 光栄だよ」


 そう言って笑うリナルド様。

 ああ、この人はもうこういう顔もできるようになったんだな。


「モニカ嬢の話を聞いていてわかったが、君たち姉弟は戦争を起こさないように……いや、民衆たちの生活を守っているのだ。それは私の望むところでもある。私も、私を育ててくれた者たちや、私と遊んでくれた者たちの平和を守りたい」

「リナルド様……」

「私にも私のやりたいことができた。私とロモロは目的を共有できる。だから、いくらでも言ってくれ。私にできることは、なんでもやろう」


 一国の王子にここまで言わせてしまうなんてね。

 リナルド様に信頼されているのはありがたい。

 もちろんそのために力を尽くしてきたというのもあるけれど。

 もう、僕の目的についてもすべて話すべきか。


「……テア姉上を呼んでください。もうひとつ僕の抱えている情報と、今後の目的を話します。これは、まだお姉ちゃんも知らないことです」

「えっ、何それ? あたしも知らないこと?」

「お姉ちゃんはなまじ経験してるから、信用してくれないかもしれないからね」


 だからこそ、複数の信頼できる面々がいる場所なら、冷静に判断できるんじゃないか……という図々しい思惑もある。

 正直、今言うのが正解かどうかはわからないけど、いずれは言わなきゃいけないことだ。

 人類が同じ目的に向かって、進むためにも。


 ここから始めていかなきゃいけないのだ。



 テア姉上も天幕の中に来たので、そこで僕はお姉ちゃんの話とはまた別の件――。

 魔族についての話をする。


・魔族に一人、知り合いができた。

・魔族たちの目的は、マナ異変の起こらない普通の大地。

・すべてが人間たちを殺そうとしているわけではなく、主戦派と穏健派に分かれている。

・戦争を起こせば起こすほど、人が死ねば死ぬほど、初代魔王の復活が近づき、世界が滅亡する。


 それらを僕が持っているワールドルーツを交えて説明する。

 この世界が、何度も巻き戻っていることも。

 お姉ちゃんはその中で、前回のみの記憶を継承しているだけなのだと。


 さすがに全員絶句していた。

 特にお姉ちゃんは、内心、天地がひっくり返っているだろう。

 今回はワールドルーツですべてを見せたしね。


「……あたしが死んだ後に、初代魔王が復活して世界が滅んでた……?」

「うん。そう、みたいだね」

「………」


 二の句が継げないようだ。

 それはそうだろう。僕も聞いた時は何だそれって思ったし。

 ちなみにカストと僕の話についてはまだ話していない。


「ロモロ様が常に戦争を忌避していたのはそれが原因ですかな?」

「そうだね。どっちにしろ、戦争による人の死なんて憎しみが伝染するから、避けた方がいいに越したことはないけど」

「それはそうですな」


 人は誰しもいつかは死ぬ。

 人は自然には抗えないけど、でも人為的な理不尽に命や財産が奪われるのは避けたい。

 衣食足りて礼節を知る。人は生きるために必要なものが十分にあって初めて社会の秩序を保てるのだから。


「それでロモロは、魔族との交換留学をしたい、でいいのか?」

「はい」

「それを私の領地でやりたいと……」

「どこでもいいとは思っています。ただ、受け入れ先は絶対にないといけないですから」


 リナルド様は最後まで真面目に聞いていた。

 そして、意を決したように立ち上がる。


「私はすべて信じよう。そして、ロモロの案をすべて飲む」

「リナルド様!?」


 カッリストが慌てて、目を見開く。

 そして、リナルド様に向く。


「もちろん、もっと話を聞かねばならない。その知り合った魔族が信用できるのかという点も含めてな。だが、私はロモロは信用している。ならば、ロモロの話を信じる」

「し、しかし……。ロモロ様の嘘ではなくとも勘違いという可能性だって……」

「その時はその時に考えればいい。我々も今すぐすべてを明かして国に訴えるわけでもないし、ロモロはそれは望んでいないだろう」


 現状、国に明かしても信用されないだろう。

 それに、対応するには、もっと根拠が必要になる。

 今の僕にはそれが足りない。カストの言う立場が。

 だからこそ、他人に頼らなければ、目的は果たせない。


「我々のやることは変わらない。我々は着実に力を付けていく必要がある。それこそ、ロモロの話を実現できる程度にはな。そのためには結局、地道に集落を修復したり、影の樹海を開拓していくしかないのだ」

「………」

「だが、交換留学をやるというのなら、こちらからも人材は出さなければならないな」

「いいのですか、リナルド様……?」

「カッリスト。私には失うものはない。それで人間と魔族で、もし恒久的な平和が保たれるのならば、私の名誉などよりも遥かに勝る」


 元々、魔族侵攻はファタリタとしても頭痛の種ではあったはずだ。

 特にその最前線となるスパーダルドでは。


「それにテソーロにいた魔族とやらも気になりますからね。ロモロの言う通り、話し合いのできる方がいるというのなら、お呼びして話をしなければ。魔族と講和――話し合いができるのならば、これ以上の朗報はないでしょう」

「テア姉上……」

「信じられないと思ってましたか、ロモロ。でも、もうロモロの話す荒唐無稽な話には慣れっこですわよ? 今更、信用しないわけないじゃありませんか」


 リナルド様に信じてもらえて、テア姉上にそう言ってもらえて、僕は重かった肩の荷が下りた気がした。

 結局、僕は自分が信用されないのが一番怖かったのかもしれない。


 ただ……お姉ちゃんの表情はずっと冴えないままだった。

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