会敵
僕らの目の前には、敵兵たちがずらりと並んでいる。
これはテア姉上が連れてきた兵よりも三倍近い。
しかも、敵兵はまだ威力偵察をしてきたくらいだろう。本気になればもっと多い。
「レジェド・テアロミーナ・デ・スパーダルドです」
「弟のレジェド・ロモロ・デ・スパーダルドです」
「……この部隊を率いているバルナバス・アルホフだ」
ここはブライトホルン山脈の北方側出口だ。
ただ、僕らはまだ出ていない。故にテソーロにはまだ侵入していない形を取っている。
しかしながら、敵部隊を率いるアルホフは油断することなく、こちらを睨みつけていた。まあ、どう見てもこれから侵入します、という風に見えるからね。
「それで、ここまで私を――いや、我らが軍を呼び寄せた理由は何だ」
僕はテソーロ軍に手紙を送っていた。
要約すると『穴を開けたからここまで来い』といったメッセージだ。
名前はテア姉上に出してもらったけど。
全軍で来なかったのは罠を警戒してのことだろう。
どんな意図があるのか、手紙からは読めなかったはずだ。
まあ、向こうも準備は終わってなかっただろうしね。
「それは私の弟から聞いてください」
「どうも、こんにちは」
「……挨拶など不要だ」
「では、本題に入りましょうか。マリーナにいる全軍を撤退させることをオススメします。この山脈をもうあなた方は穴を開けて通ることはできません。エルフを使役できないということです」
アルホフは苦い顔をする。
そして、後ろの兵士たちが「エルフ?」「今、あのガキエルフって言ったか?」「なんで伝説のエルフが?」「頭湧いてんのか」と会話しているのが聞こえてくる。
どうやら末端はエルフの存在すら知らないようだった。
「……知ってたか。我らの内にいるのをどうやって知った」
「腕のいい情報屋がいるので。エルフの集団が王宮内に入ったとね」
諜報部のおかげだけど、存在を明かすこともない。
「そもそも、僕らはエルフと交流をしています。だからこうして、穴を開けることもできたわけです。その上で言っています。撤退してください」
「ならば、ここで貴様らを全滅させて、せっかく作ってくれたトンネルを有効活用させてもらうとしよう」
「それはできません」
トンネル内にすでに例の木材は設置済み。
僕はその木材に手を触れて、マナから変換した魔力を流し込む。
木材はぐにゃりと変形し枝を伸ばして、その枝を縦横無尽に動かした。
「なっ……」
「エルフの魔法です。土を動かせることは知っているでしょうが、こうして木も動かすことができます。このトンネル内にすべて張り巡らせました。我々に害意がある者を通さないようにしています」
すべてというのはさすがに嘘だけど。
でも、入り口を通るだけでも盛大な犠牲が出る。
すると、アルホフは
「炎よ! 〈フィアンマ〉」
木に向かって火を放つ。
命中はしたものの、木が燃えることなかった。
「この木は特殊な加工をしてあって、燃えないようになってます。氷を使って低温にしても同じことです」
「……我々にこの木を排除する手段はない、と言いたいわけか?」
「ええ。多大な犠牲は覚悟した方がいいでしょうね。戦うとしたら、我々はここを拠点に戦います」
しかし、アルホフは余裕の笑みを見せる。
「だが、別の穴を作ればいいだけだ。我々はそこを通る」
「残念ながらそうはいきません」
アルホフが訝しげにこちらを睨みつけてきた。
僕は魔力をさらに入れ、木材の動きを促す。
そして、山の中腹辺りからボコッと何かが出てくる音が響いた。
「……土を貫いた、だと?」
「ええ。この木材……というか、根はこの山脈全域に届きます。根っこは強いですからね。土の中でも伸びるんですよ」
「つまり、我々がエルフを使って隧道を作るのすら妨害する、と?」
「ええ、話が早くて助かります。まあ、この木が届かない地下まで掘ればできるかもしれませんね。地下三キロくらいでしょうか」
地下三キロを掘り進むなどエルフと言えど不可能だ。
落盤事故だって増える。割に合わない。
「ならば、試させてもらうぞ!!」
アルホフが手を上げた。
すると、後ろの兵士たちが慌ただしく動き始める。
各々矢を番い始めた。スターゲイザーが一際強い警報を鳴らしてくる。これは本気だな。
「本当に我らの攻撃を防ぐのかどうか、見せてもらおう! 射て!」
アルホフの手が振り下ろされると、一斉に矢がこちらに向かって飛んでくる。
だが、矢はすべて蠢く木によって叩き落とされた――ように見えた。
無詠唱魔法で風の結界を張って弾いたのだ。一部は本当に弾いただろうけどね。
まだ無数の矢を弾くほどの性能はない。まあ、ファム様とニンファならあと一ヶ月もあればできるようにしてくれるだろう。
「こちらへの無遠慮な攻撃……。貴方は当然、死ぬ覚悟がおありですのね?」
テア姉上が手を前に出す。
そして、その手に凄まじいマナが集まりつつあった。
「まっ、待て!」
「灰燼に帰せ、烈風。生を狩る死神の鎌よ。四方に至るまで蹂躙せよ。其の力は冥府への門を開く。〈ラマ・デッラ・テンペスタ・デル・ミエティトーレ〉」
無数の風の刃が敵兵に向かって飛んで行く。
だが、それはすべて当たらなかった。敵兵に擦り傷ひとつ負わせていない。
敵兵たちは安堵の息を吐く。
「な、なんだ。脅かしやがって」「あんな無差別にやってひとりにも当たらないとか、精度悪いんじゃねぇの?」「逆だ、馬鹿! 向こうが制御して当ててないんだよ!」
敵兵たちに動揺が広がっていった。
本当なら竜巻ですべてを切り刻んで吹き飛ばす魔法だしね。
そんな無差別魔法を放って誰も傷付けていないんだから、とんでもない制御である。
「さすが、テア姉上です」
「ふふ。この程度、造作もありません。赤子の手を捻るよりも簡単です」
アルホフの頬に汗が一筋流れていく。
さすがに動揺を隠せないらしい。
「さすがに噂通りということか。スパーダルドのテアロミーナよ……」
「そろそろうちの弟の意図を組んでいただけないかしら?」
「なんだと……」
「私個人の力であなた方を蹴散らすことは造作もありません。ここにいる私自慢の兵士たちは弓を向けられようとも怖れはしません。しかし、ここで貴方たちを討ったところで意味はない」
「……マリーナにはさらに大勢の兵がいる」
「ええ。だから私も進むことができないのですよ。そして、貴方もこの隧道を通れないし、作れない。そんな中、戦ってどうしますか? お互い無駄に兵を殺しますの?」
敵将のアルホフは迷っていた。
実際、ここで争うことには何の意味もない。
「いや、待て! ならば、なぜ貴様らはここに来た!? この隧道が動く木によって通れないのならば、貴様らはここに来る必要すらなかったはずだ!」
「それはもちろん警告のためです」
「警告だと……?」
「実はこれ、まだ制御に甘いところがあって、敵を容赦なく突き刺します。本来は、無力化させることが役目なんですよ。人を殺して恨みを買いたくありませんしね。先ほども言ったようにお互い無駄に命を捨てたくもないでしょう?」
それで反論が尽きたのか、アルホフは小さく肩を落とす。
「いいだろう。ここは撤退してやる。もっともマリーナのお偉方が撤退するかどうかは知らないがな」
「その時は受けて立ちます。もしこちらまで来られたら、これ以上の大歓迎をしましょう」
「……チッ」
最後のはハッタリだが、それでも不気味には思ったはずだ。
実際、無いわけでもない。こっちもまだ未完だけどね。
「少数を監視に残して撤退する。準備せよ!」
そして、一部の兵士たちを残して、彼は首尾よく撤退していった。
ほぼ想定通りに上手くいったね。
「ありがとうございました。テア姉上」
「いいのよ、別に。私は何もしてないわ。ロモロの手柄よ」
「テア姉上がいたからこそです」
「違うわよ。誰が何と言ってもロモロのおかげよ」
「お二方、終わったのでしたらいちゃつくのではなく、兵士の指揮をお願いします」
傍で控えていたベルタ様に窘められてしまった。
「やだわ、ベルタったら。いちゃつくだなんて」
「……満更でもなさそうな顔してますよ、テア様」
何やらテア姉上とベルタ様が話しているけど、その声が聞こえてこない。
こちらも監視を残して一旦戻ろう。
あとは撤退が決まるのを待てばいい。
それでも攻めてくるというのなら……こちらも覚悟を決めて徹底的に潰すだけだ。
お姉ちゃんの方も、トラブルもなく進んでるといいんだけど。
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