集落帰還

 防衛を控えて準備する街からひとまず僕とアマートは出発し、集落へと帰還する。

 リナルド様は名目上の総大将だからいる必要があるが、お姉ちゃんがまさか残るとは思わなかった。

 しかも、嫌な予感がするから、と。

 だいたい当たるからたちが悪いんだよね。


 そして、僕の侍従であるニコーラもいない。

 お姉ちゃんが残るのに何かを感じたのか、あるいはイヴレーア元帥から要請を受けたからか、どちらかはわからないが「必要になるかもしれません」と残ったのだ。

 そんなわけで僕とアマートの二人で先に集落に戻ったのだけど、集落は戦争が起こるかもしれないと、少し浮き足だっていた。


 天幕の中でアマートとふたりで協議する。


「アマート。マリーナの街の様子はどう?」

「ほとんど変化ありませんね。ただ、街全体がぴりついてます。いつ軍団が進発してもおかしくなさそうですが、進発時期を末端の兵士には知らされていないようです」

「マリーナの街から出た人間はいる?」

「一日に数回、南門を通って十数人単位の兵士たちが行き来してますね。すべて数時間後には戻ってきています。おそらく斥候として確認に出ているものかと」

「その中に兵士以外はいた? 正体を隠したような人とか」

「いえ。確認した限りではいないとのことです」


 斥候として出ている兵士たちは、巡回と隧道を掘る場所の見極めかな。

 ただ、エルフがいないのは少し気になるけど……。

 あるいは誰かに見られるのを嫌って、門とは別の場所から出てきているのかな。彼らならそれができるしね。


「ブライトホルン山脈の北部側は?」

「まだ二人ほどしか配置できていませんので連絡が遅いですね」

「カバーできる人数じゃないしね」

「何回か兵士が巡回に来たとのことですね。山の裾野を歩いていたようです」

「まだ穴は掘られてないんだよね?」


 そう尋ねるとアマートはこくりと頷く。それなら充分に間に合うな。

 東から西へ延びるブライトホルン山脈の幅は最短の箇所でも百キロメトルはある。

 タルヤ様曰く、「逃げたエルフの人数と魔力があれば二日もあれば貫通できる」らしい。一時間でできそうなお姉ちゃんの魔力がいかに規格外かという話だ。


 そんな話の中、デメトリアが天幕の中に入ってくる。

 デメトリアも集落の中では生産周りの計算に忙しそうだけど、こうして伝令役をやってくれていた。


「ロモロ、様。客人が来ましたわ。今、門前で待たせております」

「客? 誰?」

「レジェド・テアロミーナ・デ・スパーダルド、と名乗りましたわ」

「姉上じゃん!」

「ああ。スパーダルドの方から少し援軍を出すとは聞いておりましたが……」


 アマートが説明をしてくれたことは元々聞いていたが、まさかそれでわざわざテア姉上が来るとは……。

 ヴォルフ父上は、もしかしてかなり危機感を持っているのだろうか?


「とにかく迎えに行かなきゃ」

「……あの女性がテアロミーナ様でしたのね」


 ぼそっとデメトリアがそんなことを囁く。

 そう言えば会ったのは初めてなのかな。テア様は学校で校舎が違うし、デメトリアは入学式の時にはいなかったしね。

 ……妙に刺々しさを感じるのはなぜだろうか。


 アマートとデメトリアが門を開けると、馬上にテア姉上はいた。

 他にもベルタ様たちメイド部隊が数人と、さらにその後ろには百人単位の兵士たちが控えている。

 結構、連れてきたな。集落に入る人数としてはギリギリだ。


「久しぶりですわね、ロモロ」

「お久しぶりです、テア姉上。と言っても、そんなに経ってない気もしますけど……」


 王宮にいった時に会ったからね。

 数日程度しか経ってない。


「いえ、私にとってロモロと会えない時間は本当に長いですからね。一年くらい会ってない気すらします」

「大袈裟ですよ」


 テア姉上は心配性だな。前からそうな気がするけど。

 でも、心配してくれてありがたい。家族になってから、さらに気にかけてもらっている感じが肌にも伝わってくるから頑張らないとね。


「それにしても援軍をこっちに寄越すとは聞いていましたが、姉上自ら来るとは思いませんでした」

「ロモロにとっては大事な時期ですもの。犬馬の労すら厭いませんわ。どんなことでもやりますわよ」

「ありがとうございます」


 お姉ちゃんがいないから最終的な抑止力がなくてそこが少し不安だったけど、名声の高いテア姉上がいるなら充分すぎる。

 じゃあ、もうせっかくだし作戦を実行に移してしまうか。

 ここで集落に入ってもらっても、大した歓迎はできないし、狭くなっちゃうしね。


「テア姉上。兵士の人たちに疲れは?」

「この程度で疲れるような人材は連れてきていませんわよ」

「じゃあ、すいませんが一仕事お願いしていいですか?」

「ロモロのためならもちろん。喜んでやるわ」


 ありがたい。

 それじゃ、準備をしなくちゃね。


「デメトリア。ニンファを呼んできてもらえる? それとファム様も」

「いいですけど……アレでしたらまだ未完と言ってましたわよ。正確に制御できないとかで」

「いいんだよ。今回必要なのは正確な制御じゃないから」


 動きさえすれば充分。

 今回は別に戦争をする気もないし、向こうに進軍を諦めさせればいいだけの話だ。


「それじゃ、行きましょうか。姉上」

「ええ。ロモロと一緒ならどこにでも行きますわよ」


 笑顔を浮かべるテア姉上。

 そして、その横で小さく溜め息をつくベルタ様。

 ……何かあったんだろうか。僕にはわからないことかもしれない。



 僕らは急ぎ、ブライトホルン山脈南方の裾野まで来た。

 すでに陣地は構築されており、そこでは兵士の人たちとエルフの人たちが揃っている。


「おお、賢者さま。お戻りになりましたか」

「お疲れさまです、タルヤ様。無理難題を押しつけてしまってすいません」

「いえ。この程度のことでしたら、いくらでも力をお貸しします。……しかし、よかったのですか? しまって」

「もちろん。頼んだ通りのことを、ありがとうございます」

「いえ、人間の方たちにもサポートをしていただいたので……主に魔溜石なるものを。日程通り、指示を受けた場所まで伸ばしてありますし、計画通りの設置をしてあります」


 タルヤ様は地図を差し出してくる。

 そこには進捗らしきものがかかれており、昨日終わったことを示していた。


「完璧です。エルフの皆さんはさすがですね」

「いえ。女神さまと賢者さまの奇跡に比べたら……。突然、昨日までなかった道ができていた時は、またも奇跡を感じましたから……」

「はは……」


 あれはお姉ちゃんの魔力あっての魔法だからね……。

 お姉ちゃんがいれば一日でここの山脈を貫くこともできたけど、どうせならエルフと人間で協力し合えれば、お互い慣れてくれるだろうし。


「では、ここからは僕らの番ですね」

「確認しますわよ、ロモロ。このエルフの通った山脈を通って、テソーロ側へ進発ということでよろしいのね?」

「はい。テア姉さま」

「お待ちください、ロモロ様。いかにテアロミーナ様と言えど、敵地にこの人数は……」


 ベルタ様が慌てて、こちらに詳細を求めてくる。

 ちょっと時間がなくて、僕がやることを説明し切れてなかったからね。


「もちろん戦いません。まともに戦ったら人数で押し潰されます」

「ですが、敵地に行くというのは……」

「敵地には行きません」

「え? しかし……」

「ブライトホルン山脈はファタリタとテソーロを分かつ自然の要害ですが、その土地の所有権は曖昧です。なので、貫通した隧道からは一歩も出ません。これで侵攻したという大義名分は持たせません」

「すると、何が目的なのですか?」

「こちら側が山脈貫通をできること示し、いつでも侵攻できることを知らしめます。隧道内には兵も伏せておけますからね」


 ベルタ様はそれでもまだ納得がいっていないようだ。

 まだ僕は今回やることを核を話してないからね。


「しかし、それは向こうも同じことでは?」

「ええ。しかし、こちら側が先に貫通させたという事実が重要です。どういうわけか、北方に行ったエルフたちはせっかく開いた隧道を埋めました。これでそもそもテソーロにエルフが力を貸していることは、エルフにとっては想定外なことがわかっています」

「……確かに最初から力を貸しているとしたら埋めたりはしませんね」

「そして今、彼らはエルフを使ってどこに穴を開けさせるかを探っています。しかし、そうはさせません。そんなことをする前に、こちらの隧道を使って邪魔をします」

「その方法が知りたいのですが……」


 僕はベルタ様の後ろを見る。

 ベルタ様も僕の視線に気付いたようで、背後に振り返った。


「……角材しか見えませんが?」

「これが今回の秘密兵器です。まだ完璧ではありませんが、向こうに侵攻を諦めさせるものですね」


 ベルタ様はなおも首を傾げるが、


「ベルタったら心配性ね。大丈夫よ、ロモロが考えたものなんだから」

「テア様は心配しなさすぎです。ほぼ敵地に行くようなものですよ?」

「平気よ。ロモロなら作戦通りに行くはずだわ」


 そのテア様の物言いに、ベルタ様は盛大に溜め息をつく。

 それで納得はしたようだ。


「では、皆。聞きなさい。ふたり一組でこの角材を持って、この隧道を進むわよ。総員、準備!」


 テア様が命令すると、連れてきた兵士たちが一斉に動き出す。

 テキパキとまるで乱れがないし、手を抜く者がいない。

 やっぱりカリスマがあるのか、兵を率いる将としての才能なのか。


「持ちましたわね? では、出発!」


 そして、その兵士たちに僕らもついていく。

 明日には会敵することになるかもしれない。

 ここが戦争を止める正念場だ!

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