閑話:リナルド
『王子に力を貸せ』
王の言葉によって先の会議の結果、今回の防衛にあたって名目上の総大将とされたのは、第六王子リナルドとなった。
今、この街に存在する軍は第二師団と第三師団。あとは第二王子アキッレ麾下の兵士たちと、周辺から集められた貴族たちの私兵だ。
この中で最も大きな兵を有する第二師団と第三師団が揃ってリナルド王子の案を支持したとあって、アキッレ麾下の兵士以外は全員リナルドについている。
「カッリスト、各部隊の食料の配分はこのくらいでいいだろうか。間違っていそうな場所は指摘しておいたが」
「拝見いたします、リナルド様。……ええ、問題ないのではないでしょうか。一度、こちらで戻しておきましょう」
「そうか。まあ、何か問題があればイヴレーア卿やアルバーニ卿が使者を送ってくるだろう」
名目上とはいえ、各種書類などに印を押す必要はある。食料の配分や宿の手配、装備の点検や修繕等々。それらに目を通し、問題がないかどうかをひとつひとつ確かめるのは中々骨が折れる。
どうにかこの日にきた書類を片付け、リナルドは深く息を吐いて、侍従のカッリストに向き直った。
「ロモロはまだ戻らないのか?」
「先ほど出ていったばかりですよ。戻ってくるのはもっと先でしょう」
「……なぜアキッレのところに行ったのだろうな」
「王族に誘われたなら行くしかないでしょう。リナルド様の沽券にも関わります」
実際、リナルド自身もロモロにそう言われた。
安易に誘いを断ることで、リナルドの部下は王族の誘いに来なかった不敬者となり、そうなればリナルドの評判にも傷がつくと。
リナルド自身が断りを入れれば済むとも言ったのだが、どうもロモロ自身、アキッレと話しておきたいことがあるようだった。
「ニコーラ殿も一緒に行っております。万が一の事態もないでしょう」
「……話しておきたいこととは何であろうか」
リナルドからすれば、気になって仕方がない。
ロモロはあまり話したくなさそうだったので、無理に問い詰めることこそしなかったが……。
今更、アキッレの方に鞍替えを考えるなどという馬鹿な考えが、脳裏を過る。
これまで付き合ってきて、そんなことはないと信じているはずなのに……。
「気にしすぎではないですか?」
「そんなことは、ない……。しかし、もしロモロが私から離れてしまったら、私には何の力もない」
自信なさげに目を伏せるリナルド。
それを見たカッリストは、主人を強く視線で見据えた。
「リナルド様。確かにロモロ様は得難い資質を持っています。しかし、リナルド様もまた素晴らしい資質を持っておいでです」
「……私が何を持っていると?」
「すぐ傍にロモロ様がいるせいで気付いていないのかもしれませんが、こうして書類を読み、間違いを指摘できる同年代は他におりません」
事実、リナルドは聡明であった。
元々の資質もあったかもしれないがロモロと出会って以来、剣や魔法に磨きをかけ、時間があれば本を読み、必要な知識はもちろん、教養となるような幅広い知識も得てきている。
リナルドはそろそろ誕生日を迎えて九歳になるが、この歳にしては異常とも思えるほどの能力を持っていた。
「今、そこにいる場所はリナルド様しかいられない場所です。御自分を見失われませんように」
「そう、なのだろうか」
「私がリナルド様の歳の時など家をちょくちょく抜け出しては親に怒られていた馬鹿な子供です。それと比べるなど不敬ではありますが、リナルド様はご立派ですよ」
「ふふっ。カッリストはそんなことをしていたのか。お前の個人的な話は初めて聞いたな」
「お恥ずかしい話です」
そう言って少しだけ笑い合う。
リナルドの表情から、少しだけ肩の荷が下りたように険が抜けていった。
そこに控えめなノックが響く。
「モニカです」
「入ってくれ」
噂をすれば影ではないが、ロモロの姉が侍従であるデジレと共に部屋へと入ってきた。
モニカは部屋を少し見渡して、目的の人物がいないことに気付く。
「もしかして、ロモロって出かけてます?」
「ああ。第二王子のところに行ってる」
「アキッレ王子のところに!? なんで?」
「さあな。向こうから誘われたと言っていた。無視してもいいとは言ったのだが、何か意図はあるのだろう。私に理由は言ってくれなかったがな」
「まったくもう。いっつも秘密主義なんだから。言うならあたしにもちゃんと言えばいいのに」
そう言って頬を膨らませるモニカ。
それを聞いて、リナルドはまたも笑みを浮かべた。
「姉である其方にもそうなのか」
「そうなんですよ! いっつも何も言わずにひとりでやっちゃうんです。溜め込むタイプなんですよ」
「確かに。私にも心当たりはあるな」
「ですよね! あたしなんか、お姉ちゃんには理解できないから言っても無駄だよ、なんて言われるんですよ」
そんな言葉を聞いて、自分もかと一瞬不安になったリナルドだったが、それが杞憂だとすぐにわかる。
「でも、リナルド様には大抵のことは言ってるはずですよ。リナルド様は頭がよくて、理解してくれるから別、って前に言ってましたし」
「……そんなことを?」
「ロモロってば住んでた街では同年代の友だちもほとんどいなくて、もっぱら本を読んでるか、薬師のおばあさんとか、錬金術師のお爺さんのところ行ってましたから。今、凄く楽しそうにしてますよ。表情には出さないですけど」
「其方にはわかるのか?」
「お姉ちゃんですから!」
誇らしげに自信満々に言い切る。
何が根拠なのかはわからなかったが、姉弟で通じ合うものがあるのだろうと、リナルドは思うことにした。
リナルドにも妹がいるから理解できる。妹は病気がちだが、遠慮することが多い。迷惑をかけたくないと我慢しているのは、すぐにわかったものだ。
「まあ、ロモロなら戻ってくるのにもう少し時間はかかるだろう。何か伝言があれば伝えておこう」
「あっ、はい。戻ってきたら言いますけど、たぶんリナルド様の方にも関係のある話なので、今のうちに言っておきますね」
「なんだろうか?」
「ロモロとあたしで明日にも集落に戻るために出発することになってますよね?」
防衛をすることが決まってから、リナルドは総大将として残らなければならないが、ロモロはロモロで向こう側の防衛準備をしたいと言っていた。
エルフに頼んでいる進捗も確かめたいらしい。
ロモロはとかく血が流れるのを嫌っていた。こちらはもう充分と思ったのだろう。
「ああ。ロモロは向こうで戦争を止めるための一手を打ちたいと言っていたが」
「あたし、こっちに残ります」
モニカの現在の役割はリナルドの護衛だが、ロモロの護衛も兼ねている。
強大な力を有している勇者ということを認められた彼女だが、授与式の時に人に向けてこの力を使うことはないと宣言したし、王もそれを承認した。
防衛戦争でも彼女が力を使うことはない。だから、彼女がいてもやることはないはずだった。
「わかっていると思うが一応、言っておく。仮に戦争になっても、其方の出番はないぞ。宣言を破ることにもなるし、何より私がロモロに怒られてしまうからな」
「はい。それはあたしもロモロにしつこく言われますから……。あたしの力は人に使うには強すぎるって」
リナルドも王武祭で彼女の力を目の当たりにしている。
モノケロースと呼ばれたモンスターが乱入してきたとき、モニカはそれをまるで相手にしなかった。
ハンターギルドによるとあのモノケロースは金級が十数人ほど出張って、どうにか犠牲なく退治できるほどのモンスターだという。
もし、あの場にモニカがいなけば初撃で全員が死んでいただろう。モニカはあの結界を破る広域攻撃を相殺し、一瞬で角を切り裂き、その力を失わせたのだ。
「其方の力は魔族の侵攻を抑えるスパーダルドにこそ必要なのはわかる。その力を人間相手に使うのは、私もどうかと思ってしまうしな。……なぜ、残るのだ?」
「なんとなく嫌な予感がするんです」
「なんとなくとは……?」
「上手く言えないんですよね……。ただ、背筋に気持ち悪いモノが這ってるみたいな、そんな嫌な予感なんです」
聞いても、いまいち判然としない。
しかし、勇者の発言を黙殺するのも、また何か不穏な影を落とすような気もする。
それにロモロから軽く聞いたこともあった。何度か姉の妙な直感に助けられたことがあると。
勇者の物語は非常に曖昧だが、超常的な力を持つのは事実なのだから。
「ロモロ次第ではあるが、そのように取り計らおう」
「ありがとうございます」
「しかし、それを言えばロモロは納得するのか?」
「さすがに納得はしませんよ。でも、話自体は聞いてくれて、あたしが何やってもどうにかしてくれるというか」
ロモロは、意外にファジーにやっているのかもしれない。
リナルドもふたりが仲睦まじい姉弟であることは見ててわかっていたのだが、やはり姉は姉。そこは年の功があるということか。
ロモロも、姉にはさすがに弱いようだ。
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