戦争会議

 大きな会議室に続々と集まって来る。

 名だたる近隣の貴族や、四大公爵代理の貴族たち。

 さすがに四大公爵本人は来ていないため、ヴォルフ父上はいないが、すぐ傍にヴァルカ兄上はいた。こちらに気付いて目配せもしてくれる。味方がいるのはありがたいね。


 参加者たちが全員、会議室のテーブルに着いている。

 その上座に座るのは、もちろん第二王子アキッレだ。その側近や支持者たちで周囲を固めていた。

 リナルド様と僕、それとお姉ちゃんはそこから一番離れた場所にいる。ニコーラとカッリストら従者たちも僕らのすぐ近くで壁を背に立っていた。


「全員、御苦労。はるばるよく来てくれた。こちらが呼んでいない者もいるようだが」


 開幕、そう言ってリナルド様を見る。

 初っ端から恥もなく煽ってくるね。まあ、別に構わない。


「私は呼ばれたから来ただけだ」

「何かの手違いじゃないか~?」

「王の側近たちにあとで確かめてもらうといい。彼らからの言葉を聞いて私は呼ばれた」

「……チッ。ま、別にどうでもいいがな」


 リナルド様も挑発に乗らず、軽く流してくれた。

 内心は怒ってるだろうけど、慣れているのかまるで柳のようだ。頼もしい。


「さて。ようやく本格的に会議ができるな。王都まで攻め込み、テソーロを滅ぼす。気兼ねなく意見を出すがいい」


 その発言を聞いて、会議室には本気か、こいつ……というような空気が流れている。

 実は誇張されていた……ということも一応考えていたのだけど、どうやら本当のようだった。

 さて、まずはこの男を黙らせないとダメかな。

 機先を制したのは、彼の最も近くにいる中年の男だった。


「アキッレ王子。何度も言いますが、ここからテソーロの王都まで攻め上がるなど不可能です。テソーロをそう簡単に滅ぼせるほど柔ではありません」

「アルバーニ。貴様の言うような防衛など気弱が過ぎる。向こうが強いというのなら、俺が率いればいいだけの話だ。俺が指揮すれば間違いなく勝てる」


 なら、別にこの作戦会議いらなくない?

 無敵の貴方が、そのまま攻め上がればいいじゃないですか、と言いたくなるのをグッと堪えた。

 その無闇な自信は一体どこから来るのだろうか。その辺りは少し気になる……。


「兵団を二つに分けて、一方だけ攻め上がってくるなど何かの罠です。まだ連中がこちらの領内に入ってくるまで時間はあります。まずは情報を集めなければ」

「クドい。攻め上がるのは確定事項だ」


 無意味な会議になりそうだな……。

 すると、今度はイヴレーア元帥が手を上げた。


「私も攻めることに賛成ではありましたが、今はアルバーニ元帥と同じ意見ですな」

「イヴレーアまで!? なんだ? 一夜明けて臆病風にでも吹かれたか?」

「いえ。やはり、軍団を二つに分けたのは気味が悪いですからなぁ」

「向こうが馬鹿なだけだ! こっちで各個撃破すればいいだけだろう!」

「それが……」

「ええい! 王命を忘れたか! 貴様らは俺の言うことを聞いていればいい!」

「……それを言われると弱いですなぁ」


 王命と言われて、アルバーニ元帥もイヴレーア元帥も、これはどうしようもないと思ったのか黙り込む。

 イヴレーア元帥がチラチラこちらに目をやってきた。まるで整えておいたぞ、と言わんばかりだ。整ってるかなぁ……?

 とはいえ、周囲も黙り込んでるし、このままじゃ話が進まないからね。


「発言失礼致します」

「あ? 誰だ貴様は」

「リナルド様の側近、レジェド・ロモロ・デ・スパーダルドです。お見知りおきを」

「リナルドの臣下などに話を聞く価値などない。下がれ」

「アキッレ様。彼は私の弟であり、スパーダルド家の者です。彼の者の意見を退ける……その意味がおわかりか?」


 ヴァルカ兄さまが援護をくれた。

 その言葉に、アキッレは心底ウザったそうに舌打ちし、そして勝手にしろと言わんばかりに露骨に顔を背けた。

 さすがにスパーダルドの名前は強い。


「ありがとうございます。まずは王都まで進軍するのは無理と申し上げておきます」

「貴様、ガキのくせに俺を馬鹿にするのか!? 無理など無能の言葉だ!!」

「無理なものは無理です。攻め込むのに成功した前例でもあるのですか? あるならば参考に致しますが」

「前例などない。その誰もが成し遂げられなかった偉業を俺が成し遂げるのだ!」

「……では、王都まで攻め込むとして、兵たちの糧食はどうするのです? 敵地から強奪するのですか? それで保ったとしても攻勢には必ずどこかで限界が来ます。一度、止まったらもう強奪はできません。食料がなくなり、そこで終了します」

「はっ! 兵站が重要なことくらい俺だって知っている。馬鹿にしているのか!?」


 兵站という言葉は知っていたか。

 ちょっと意外だったな。その辺りは抜けているかと思ってた。

 兵站を食料のことだけと思っていそうだけど。

 でも、知っているなら、どうして王都までの進軍ができると思えるんだ?


「だからこそ食料はスパーダルド領……そこから運ばせるつもりだった。南部の穀倉地帯は毎年、豊作なのだろう? さぞかし余っているはずだ。違うか?」

「な……」


 これにはヴァルカ兄上も絶句した。勝手にそんなことを考えていたのか。


「国家的な侵攻だ! 仮に兵は出さずとも、食料くらいは出してもらわなければな!」


 ダメだ、これは。話にならない。


「スパーダルドからの食糧供出など、まったく意味がありません」

「は? ガキが何を知っているというのだ! いちいち癇にさわる……!」

「スパーダルドから送っても、ここへ届くころにはなくなっているからです」

「は?」

「スパーダルドからこの街まで何キロメトルあるかご存じですか?」


 するとアキッレは訝しげな顔をしつつ言葉に詰まり、傍にいる従者に聞く。

 従者が直接答えてくれればいいのに。


「約三百キロメトルだが、それがどうしたというのだ!」

「馬車限界という言葉がありまして。一般的に馬車で食料を運べるのは、約二百キロまでだからです。正確には百九十三キロだったと思いましたが」

「ふざけるな! 何を根拠に!!」

「食料を運ぶ兵や馬も食料を食べるからです。その上で馬車に詰められる食料は二百キロという行程ですべて消費されます」


 当たり前の話だ。この辺りの話は軍を率いている人間であれば細かな数値はともかく、強い同意を得られるはず。

 事実、この中で理解をしていないのは表情を見渡す限り、アキッレ王子しかいなさそうだ。


「それともアキッレ王子は兵や馬に何も食べずに食料を運べと仰いますか?」

「ぐ……」

「加えて二百キロというのはあくまで最も良い条件ならばという前提もあります。実際には敵地で食料強奪する盗賊などから守る必要もありますから。護衛を増やしたら、その分、消費される食料も減ります」

「な、ならば、途中途中で買い足して行けばいいではないか!!」

「買い足しができるところから送った方がいいじゃないですか。スパーダルドから送ることに何の意味があるんですか?」


 単純にスパーダルドへの嫌がらせにしかならないだろう。

 アキッレは悔しそうな顔をするが、反論はしてこない。

 一応、このくらい話なら理解できるだけの常識はあるらしい。

 兵や馬が何も食べずに生きているとか、余裕で思ってると考えてた。


「ぬぬぬ……。ならば、王都まで攻め上るのが難しいというのなら、向こうの領地を掠め取れ! 後々の橋頭保にはできよう!」


 とりあえず妥協してくれたのはよかった。

 でも、攻める気なのは変わらないね。


「それも無理です。両元帥の言う通り、攻めるべきではありません」

「結局、それか! どいつもこいつも臆病者どもめ!」

「攻めれば我が国に危機が訪れます」

「何を――」

「マリーナに残っている軍団が山脈を越えて、ランチャレオネ領に攻めてくるからです」


 するとアキッレは大きな口を開けて笑った。


「ハッハッハ! やはりガキの発想だな! ブライトホルン山脈を越えるなど、絵巻物語だけでの話だ!!」

「それができてしまうんですよね。エルフの力で」

「……はぁ?」


 そして、僕はようやくエルフの話に入る。

 リナルド様管轄のエルフの中から、管轄下に入る前に脱出した一団がいたこと。

 その一団がどういうわけか、テソーロの王城に入ったこと。

 そして、その一団は山脈を貫通して、テソーロに向かったこと。


「ここにいる方々はすでに聞き及んでいると思いますが、私たちはそのエルフに教えてもらった魔法を使い、ランチャレオネ領や王立学校への道を開きました。こちらの方にも繋げようという話はしましたが、断られてしまいましたけどね」

「ぐっ……」

「つまり、今こちらに向かっている軍団は攻め込んでくるつもりがありません。いえ、あることはあるでしょうが、それはマリーナに残った軍団が山脈を越えてこちらを混乱させた後でしょうね」


 そして、イヴレーア元帥が口を開く。


「この話はすでに王都に送らせてもらった。ランチャレオネと残った王宮騎士団が一応、援護に向かう」

「な……イヴレーア、貴様、勝手に!!」

「事は国の防衛になりますからな。このような事態であれば我々には、この程度の差配は許されている身です」

「ぐぐ……!」


 しかし、それでもアキッレは引きなさそうだ。


「ええい! 黙れ黙れ! 王命を忘れたか! 侵攻は俺の中で決定しているのだ! 元帥どもとその配下ども、そして、貴族も! 俺に従え!! 俺がすべてを覆してやる!」

「その王命ですが」

「ああ!?」


 意見を言うと殺気を伴った視線で凄まれた。

 しかし、ここで引く理由もない。


「王命は『王子に力を貸せ』ですよね」

「それがどうした!!」

「ここに王子はもうひとりいます。リナルド王子です。王子に力を貸せ、とは聞きましたが、第二王子に力を貸せ、とは言ってないですよね?」


 そして、僕はリナルド王子を見る。


「私は今回の件に関してロモロの進言通り、防衛としたい。向こうが打って出てこない可能性も高いし、向こうの兵はゆっくり進んでいると聞くから、こちらを誘っているのかもしれない。下手に動くべきではない」

「き、貴様!! この兄の意見を蔑ろにするか!?」

「意味のない戦争はするべきではない。それが私の答えだ」


 するとイヴレーア元帥が小さく笑う。


「そうじゃな。王は確かに仰った。『王子に力を貸せ』と。ならば、我ら第二師団はリナルド王子に従うとしよう!」

「……では、我ら第三師団もそうする。私の意見は元々防衛だ」


 そして、参加している貴族たちも次々とそれに倣った。

 第二王子を支持する者たちも勢いに押されて何も言えないでいる。


「リナルド、貴様、殺されたいのか……! こちらに子飼いの兵がいくらいると……」

「殺せるならば殺してみろ。私は毒殺されても生き残れた悪運があるし、最高の賢者がついている。そして、傭兵団双翼とも契約させてもらった。ただでは死なぬ」

「双翼だと! 俺との契約は断ったくせに……!!」


 天秤は完全にこちらに傾いている。

 そもそも王都まで攻め込むとまで息巻いてた第二王子に賛成する者は彼の支持者以外誰もいないのだ。その支持者ですら無理だと思っている。

 せいぜいが領地を掠め取って美味しい思いができたらいいな、と思ってるくらいだろう。その範囲内で第二王子の言葉を利用しているに過ぎない。あとは政敵の軍隊が消耗してくれれれば、みたいな下心もあるかな。

 しかし、テソーロの第二軍団がどう出てくるのかわかった今、攻めるのは悪手だと第二王子以外の全員が理解していた。


「クソ、どいつもこいつも!」

「アキッレ王子。そこまで言うなら、自分だけで攻めたらどうです?」

「ああ!?」

「あなたは言いました。『俺が指揮すれば勝てる』と」

「い、いや、それは充分な兵がいてこそで……!」

「ならば、もう攻めるなどと言うべきではないですね」


 拳を握ってアキッレは悔しがる。

 そして――。


「くそったれ! 解散だ、解散!」


 そう言ってアキッレとその支持者たちはぞろぞろと会議室から出て行った。

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