オルランド・イヴレーア

 イヴレーア元帥は兵の駐屯地となる街中の館で過ごしているようで、僕とお姉ちゃんはニコーラの先導の下、そこへ向かった。

 ニコーラが門番に伝言を伝えると、そのひとりが「わかりました!」と言って慌ただしく中へと入っていく。


「ニコーラは有名なんだね」

「悪名でしょう。昔は少々、やり過ぎたこともありましたからな」


 怖くて聞けない。

 昔はどれだけ怖かったんだろうか。

 それから三分と経たないうちに、先ほど走っていった門番が戻ってくる。全力ダッシュしたようで息が荒い。


「お、おまたせ、しました……」

「……兵よ。貴方は客人に対して、疲れたところを見せるのですかな?」

「ひっ? いえ、も、申し訳ありません!!」


 背筋がゾクゾクする。

 今のニコーラは冗談じゃなくて本気で言ったよね?


「あ、案内いたします!」


 ガチガチになったその人を先頭に奥へと進む。

 一際大きい扉の前で彼がノックをしようとすると、扉の向こうから声が届いた。


「ノックなどいらん。さっさと入ってもらえ」

「は、はい!」


 そのまま扉を開き、僕らを中へと促す。

 僕らが中に入ると、その人はいた。

 ニコーラと同年代であろう初老の男性。体つきはニコーラとは対照的にガッシリとしており、肩幅が広い。マティアスさんと同じくらいだろうか。


「久しぶりじゃないか、ニコーラ。ようやく顔を見せてくれたな」

「……別にこちらは見たくもなかったのだがな」

「そういうなよ。また一緒に一暴れしようぜ」

「遠慮する」

「なんだよ、つれねぇなぁ。昔なら二つ返事だったろうによ」

「……お前は相変わらずだな。年老いて多少は落ち着いたかと願っていたが」

「はっはっは! 老いなどオレには関係ないわ。一生若いつもりだ」

「それより、門番の体たらくは何だ。少し走っただけで息を切らすなど鍛練が足らぬ証拠だ」

「オレの直轄軍じゃねーし、知らねーよ。ここの兵は第二王子の子飼いの兵だ」


 また豪快そうな人だな。でも、お姉ちゃんの夢で出てきた姿よりも若いし、活力に満ちている。

 そして、ニコーラが相手に対して『お前』なんて言うところは初めて聞いた。いつも貴方と丁寧に言うのに。

 それに口調も完全に砕けていて乱暴だ。いっそ新鮮に聞こえる。


「それで、わざわざ何の用事だ。ニコーラよ」

「用事があるのはこちらの方だ。お前もすでに聞き及んでいるだろう」

「レジェド・ロモロ・デ・スパーダルドです」

「レジェド・モニカ・デ・スパーダルドです」

「おー。ヴォルフ卿のところに養子になったっていう勇者の姉とその弟か」

「……言葉に気をつけろ、オルランド。この方は公爵家の養子だぞ」

「んー。オレには敬ってほしそうには見えねぇけどなぁ。どうなんだ? おふたりさん」

「普段通りで結構です」

「あたしも、はい」

「だってよ、ニコーラ」


 ニコーラが仕方なさそうに小さく溜め息をつく。

 そして、イヴレーア元帥は少々いたずらっぽい顔付きになった。


「それにしても、勇者はモニカって子の方だったか。……ちょっとこっち来てみ」

「え」

「いいからいいから」

「……あたしのお尻、触ろうとしてません?」


 お姉ちゃんがそう言ってお尻を押さえると、驚いたようにイヴレーア元帥は目を見開いた。

 そして、見破られたと言わんばかりに大きく笑う。


「ガハハハハハハハハ! まさかいきなり見破られるとは思わなかった! ニコーラ、まさか教えたのか?」

「教えてない。モニカ様の鋭い勘が成せる業だ。それよりもお前、本気で殺されたいか。まだ幼子とも言えるような方に向かって……」

「ひえー怖い怖い。可愛い子のお尻を触れば若返るのに……。さて、本気で怒らせる前に、真面目な話をするとしますかね」


 女の子なら誰でもいいのだろうか。お姉ちゃんはまだ十歳なのに……。

 イヴレーア元帥は、そんな不真面目な態度から一転、真面目な顔付きになって、こちらに椅子を薦めてきた。

 イヴレーア元帥も立ち上がり、対面の椅子に座る。


「それで子供たちが何の用だい。本格的な会議は明日のはずだが」

「その会議について、幾つか前以てお話ししておきたいことがありまして」

「ほーん」

「予め言っておきますと、僕とイヴレーア元帥では意見が違います。それで擦り合わせをしたいな、と」


 鋭い視線が僕を貫く。

 さすが戦場に立っている人だけはある。マティアスさんのような圧を感じた。


「それはリナルド王子の意向ってことかい?」

「そうとってもらっても構いません」

「まさか王都まで攻め上がれとかそういうんじゃないだろうな?」

「できないことを要求したりはしません。むしろ、やれる方法があるなら、是非とも知りたいですね」


 第二王子の仲間と思われてたなら心外だね。

 リナルド様と比べること自体失礼だし。


「僕らが要求することは、そもそも戦争をやめてください、ということ。これが基本方針です」

「それはまた……あの第二王子とは真逆の話だな。オレとも食い違うが」

「もちろん理由はありますし、僕らは皆さんが知らない情報を持っています」

「ほう?」

「最近、エルフが僕らの領地に出現したのは記憶に新しいですが――」


 それからエルフについて軽く伝えた。

 一部のエルフが逃げ出したことと、エルフたちの実力。

 山脈を貫通してテソーロに逃げたこと、そのエルフがテソーロの王城に入ったこと。


「ロモロ様……」

「ロモロでいいですよ」

「では言葉に甘えよう。ロモロ。それは事実ということでいいのか?」

「ええ。山脈貫通も彼らならやろうと思えばできると思います。僕と姉で、森を開いて道を作りましたし、エルフの力は確かかと」

「その話は聞き及んでいるが……」


 イヴレーア元帥はふとニコーラの方に目線を向ける。

 ニコーラはそれに対して頷いただけだったが、それは元帥にとって一番信用のあるものなのかもしれない。


「正直なところ、第六王子であるリナルド様が権威を作り上げるために、大袈裟に誇張したのかと思っていた。元々、道を予め作っておいて街道と繋ぐ間際に派手なパフォーマンスをしたのだとな」

「直接見た者は数少ないからな。私自身も自分の目で見なければ信じられなかっただろう。もっともロモロ様とモニカ様がやったと聞いたら、見ていなくても信用はしたが」

「そこまで買っているのか。この姉弟を」

「この方たちは個々で私を超える力を持っている。持つ力はそれぞれ違うがな」


 お姉ちゃんはともかく、僕がニコーラを超えられているとはさすがに大袈裟な気がするけど……。

 それでも侍従が褒めてくれているのを否定するのもニコーラの目がおかしいと言ってるようなものだからね。ありがたく受け取っておこう。


「ブライトホルン山脈を簡単に越えられるなら、マリーナに残っている方はランチャレオネを攻める気だと思います」

「戦勝祈願するにしても必要以上の軍がマリーナに集まってて、少し違和感はあったんだが正体はこれか」


 イヴレーア元帥は顎に手を当てて目を瞑る。

 そして、何やら小さな声でぶつぶつ言い始めていた。


「イヴレーア元帥?」

「ロモロ様。こうなったこいつは話を聞いていません。今、戦術や軍の展開を色々と考えているのでしょう。悪い癖です。……これで危機を救われたことも多いですがね」


 そして、こっそりとお姉ちゃんが「懐かしいな」などと言っている。

 なるほど。知れ渡った癖なのか。

 イヴレーア元帥はそれから三分ほど経つと、強く手を叩いた。


「よし! どう足掻いてもマズいな、これは!」

「お気付きになりましたか」

「王都にはオレの方から連絡しておく。至急、ランチャレオネの防衛に当たれ、とな。こちらが侵攻している場合ではないことはよくわかった」

「わかってもらえたなら何よりです。一応、スパーダルドの方も動員の準備はしてると思います。ゼークト様が援軍を受け容れるかどうかはわかりませんが」


 とりあえず元帥が侵攻をあっさり諦めてくれたのはありがたい。

 あとは第二王子を言いくるめ、かつ戦争を防ぐ方法だ。


「山脈貫通には手を打ってあります。上手くいくかは何とも言えませんが、最悪でも敵の侵攻は防げます」

「手を打ってる? どうやって?」

「まあ、そこはこちら側に残ってくれたエルフの地形変化を使うことになりますね。エルフの魔法は、木や土に対してはかなり万能に働くので。それよりもどうにか向こうの侵攻を止めたいです」

「侵攻を止めると言ってもなぁ……」


 イヴレーア元帥は立派な髭を弄りながら、訝しげな顔をする。


「そもそも君は戦争を起こさないと言うが、それにはどういう意図がある?」

「中途半端な戦争は何も生まないからです」

「ほう……」

「やるなら徹底的にやらなければ意味がありません。それこそ相手を完全に滅亡させるか、屈伏させるまで。そうでなきゃ結局、反乱が起こってコストがかかります。一時的に相手の領地を取ったところで、住民たちを苦しめるだけです」

「つまり、王都まで攻め上るくらいじゃなきゃ、意味がないってことか」

「ええ。あまり大きな声では言えないですけど、第二王子の主張自体は正しいものだと思っていますよ。実現不可能という点を除けばですけど」

「くくくっ。面白いことを言う」

「そんなわけで、敵に退却してもらうのが一番いいですね」


 その方策をイヴレーア元帥に説明した。

 実際のところ、難しくもなくありふれている手だ。

 それでも効果は覿面だろう。


「……末恐ろしい子供だな。ニコーラが今更、子供の侍従になったと聞いたときは耳を疑ったが、これなら頷ける」

「お褒めに与り、光栄ですね」

「君の意図はわかったし、戦争を忌避する君の意見は尊重しよう。だが、このような真似、何度も通じんぞ? 兵士に限らないが、誰だって功績はほしい。しかし、新たな領地や権益を得なければ何も出せない。こうやって軍を動かすのだって金が必要なのだ。貴族たちは自腹でここに来ているし、褒美が出せなければ不満が広がる」


 それはそうだろうな。

 戦いで功績を。そう求める人は多い。

 兵として戦う以上、立身出世を求めるものだ。


「そうですね。だから、一番いいのは戦争を起こさないことです。今回は後手に回りましたが、今後は戦争の気配を感じたらすぐに手を打ちます。進軍すらさせないよう、大陸中の情報を掌握しますので」

「……君が言うと大言壮語に聞こえんな」

「あと、褒美に関しては少し考えてることがありますので、領地や権益のやり取りから脱する一助にしたいところですね」


 何とも言えない訝しげな顔でこちらを見るイヴレーア元帥。

 最初から上手くいくかは未知数だけど、これは異世界を参考にすれば、似たような形でどうにかできるはず。

 それこそが価値の創造というものだ。


「しかし、だとすると王子の説得をどうするかだな」

「できないって言えばいいだけでは?」

「そう簡単にはいかんのだよ。こちらは王命を受けて、王子を助けよと言われているからな。ある程度、王子の意向には添う必要がある」


 王命か。それじゃ王直属だと断りにくいよね。

 でも、今の話からすると……付け入る隙はあるな。

 もしかして、王はこうなることを予見していたのだろうか……?

 だとしたら、相当なタヌキという気がする。

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