傭兵契約
酒場に『双翼』の団長やマティアスさんまでやってきて、正式に契約が交わされた。
『双翼』の団長さんはマティアスさんと同じくらい体つきがしっかりしてる。ただ、マティアスさんと違って愛嬌があった。
マティアスさんは来てからいつも通り、ほとんど喋らなかったけど……。
ちょっと目が男の目付きになったとか褒められたくらいかな。
そんな他愛のない話や、ちょっとした戦争に向けての話をして、僕らはホテルへと戻った。
戻るとアマートが笑みを浮かべてこちらを見る。
「それにしてもロモロ様は顔が広いですね。まさか『双翼』の中でも幹部のおふたりと知り合いとは」
「親のコネだから親のおかげだよ。僕はたまたまそれに乗っかれた。運がよかっただけ」
「それでもおふたりとも認められている辺り、素晴らしいですね。モニカ様は命の恩人と言われてましたし」
「懐かしいね。そう言えばあの時のフェンリルも結局何だったんだろうね」
何気なく言うと、ニコーラが眉根を顰めた。
「フェンリル? ロモロ様とモニカ様のいたバグナイアの街にですかな?」
「うん。ヴェネランダさんやマティアスさんも一緒にいて危険だったけど、お姉ちゃんが倒してくれたから……」
「モニカ様でしたら今更驚きはいたしませんが……フェンリルは北方の
「ふたりもわからないって言ってたよ」
「……北方で実績を上げてきたハンターのふたりがわからないならお手上げですな」
「ただ、考えすぎかもしれないけど、例の王武祭でのモンスター襲来に関わってるんじゃないかって思った」
そう言うとニコーラは考え込む。
「ふむ……」
「仮説だけどね。あんなモンスターが街の近くで出てくるとしたらあの魔法陣しかないなって。目がなかったりと少し変だったってのもあるけど」
「しかし、そうなると元となった獣が何かという話ですな」
「どっちにしろ、今は何もわからないことだらけでね。だから、今は考えないことにしてる」
あのフェンリル自体はお姉ちゃんの時間軸では存在しなかったものだ。いたのかもしれないけど、お姉ちゃんはそれを認識していない。
もし、いたのなら街は壊滅してるし、そもそもあれだけの巨体だ。お姉ちゃんが倒さなかったら、話題になってただろうしね。
「では、私も心の隅に留めておくことにしましょう」
「うん。それよりも第二王子の動向はどう? アマート」
「調べた範囲ですが、かなり息巻いていますね。絶対に戦争をするという意志を感じると、周囲が零しています」
「あの兄は一度やると決めたことは頑としてやり通すからな」
それで人の命が簡単に失われたら堪らない。
戦争を起こさないとカストとも約束したのだ。
だから、まずはこの戦争を潰す。最低でも犠牲は最小限に留めなきゃいけない。
「どうも防衛戦争とは考えていないようです。侵略することを前提としております」
「建前でもいいけど大義名分はあるの?」
「特にはありませんね。強いて言うならば向こうが攻めてきたから、でしょうか」
「宣戦布告もされてないのに……。そもそも勝利条件って定めてるのかな……」
「どうなんでしょうか。本人は王都まで攻め上ると気を吐いているだけで」
無理過ぎる。何考えてるんだ。
誰も反対してないのだろうか。あるいはできないのか。
「一応、彼についている軍部は止めているようですが……」
「軍部?」
「王都から彼の要請に応えて王によって派遣された王宮騎士団ですね。第二師団と第三師団、それを率いる元帥たちが来ています」
「軍部はさすがにまともか……」
「ただ、第二王子は彼らをすでに部下と思っている節があり……その上、王には王子の命に従えと言われているようで、頭ごなしに止められないようです」
「軍部自体は戦争にも反対なの?」
「いえ。兵士たちはこの機に一部領地を掠め取ろうという色気は見せていますね。元帥ふたりは侵攻と防衛で対立していますが」
向こうの軍の仲が悪いと思ったら、こっちも意見が対立か。
どちらにしろ、王都まで攻めるという第二王子の案をまずはどうにかしないとダメか。
妥協案の一部領地を掠め取るも、反対しないとね。
すると、珍しくお姉ちゃんがアマートに質問をした。
「ねえ、アマート。侵攻に賛成してるのはどっち? アルバーニ元帥? イヴレーア元帥?」
「第二師団長、イヴレーア元帥の方ですね。第三師団長、アルバーニ元帥の方は防衛をするべきと主張しています」
「……イヴレーア元帥も血の気多い方だからなぁ。でも、そう主張してるってことは、たぶん勝てるんだろうね」
お姉ちゃんの失言が甚だしいが、それはともかく。
「イヴレーア元帥ってそんなに優れてるの?」
「彼は稀代の戦術家ですな。まあ、性格的には見習ってほしくはありませんが」
お姉ちゃんに変わって答えてくれたのは、ニコーラだった。
本当に会わせたくなさそうな苦々しい顔だ。
「ニコーラの知り合い?」
「ええ。残念ながら」
「残念ながらって……」
「アレと知り合いなのは、我が生涯の汚点と言えるかもしれません」
そこまで?
僕がお姉ちゃんに聞く限りでは、ちょっとスケベで義侠心のあるお爺さんってイメージなんだけど。
面倒見もよかったみたいだし。生理的なものなんだろうか。
「実際、アレが侵攻を主張したということは、勝てる道筋はできているのでしょうな。言いたくはないですが、戦術眼には長けている男です」
「そこは信頼してるんだ……。でも、それはエルフの山脈貫通をまったく考えてないよね?」
「もちろんです。エルフの魔法はまだ知れ渡っておりませんから。やつも独自の情報網を持っておりますから、こちらがエルフの魔法を使い一瞬で道を作ったことくらいは耳に入れているでしょうが、エルフについてはまだ未知のままでしょう」
元帥たちからすればランチャレオネが攻められることなど考えてもいないのだ。
その上で敵は軍団を愚かにもふたつに分けたから、各個撃破ができると思っている。
僕らはテソーロ侵攻を伝えたが、山脈貫通をまだ伝えていない。客観的にはまだ可能性だけだし、これは僕が実践した方が理解がすぐに浸透するだろう。
「問題は第二王子たちが山脈貫通をできると知ったときの反応だね」
「兄はロモロに頼ることはしないだろう。私に対して借りを作ることを嫌がるはずだ。地形変化を頼んでくることはまずないと見ていい」
「またメンツを重視か……。こちらとしてはその方がありがたいけど。だとすると、こちらのエルフを取り込みに掛かるとか?」
「それもないだろうな。すでに我々の管轄下にあることは、王も四大公爵も認めている。後々はわからないが、少なくともすぐには来ない」
四大公爵に逆らうほど馬鹿ではないということか。その辺りは弁えているようだ。
しかし、性格からして誰かの下につくというのが我慢ならないような印象を受ける。
だからこそ、革命を起こしたのかもしれないけど。
で、その糸を引いていたのは誰だろうね。話を聞く限りだけでは、この第二王子が反乱を成功させるイメージが湧かない。
『外征で何度も失敗してるんだよね。で、周囲の将軍たちはあの方には思慮が足りないとか、あの馬鹿がなぜ王になったんだとか言われてたね。ボロクソだったよ。ただ、個人的な武勇はあったかな』
『誰かが入れ知恵したんだってずっと言われてたよ。どんな幸運に恵まれて暗殺ができたんだって言われてたし、第一王子もずっと護衛はいたみたいだしね。話によると恐ろしいくらいよくできた暗殺計画だったって。ジラッファンナの宰相様辺りが糸を引いてるとか』
お姉ちゃんのイメージとも、そんなに違いはない。
やはり、革命自体は他に誰かがいたということかな。ジラッファンナの宰相様、ね。
思い当たるのはヴァスコ様だけど……あの様子だと前時間軸じゃ、もう長くないはずだ。
「ロモロ様?」
「おっと。思考が横道に逸れてたね。じゃ、元帥ふたりの方は地形変化の話を知ったらどう来ると思う?」
「神聖清純派憂愁美少女がお答え致します。アルバーニ元帥はそれでも防衛でしょうね。あの方は守りの方が強いですし、地形変化の魔法も限定的に使うと思います」
「じゃ、イヴレーア元帥の方はどう? ニコーラ」
「間違いなくロクでもないことを思いつくでしょうな」
ニコーラは本当にイヴレーア元帥を嫌ってそうだ。
いや、実はもしかして悪友的なものなのだろうか?
ヴォルフ父上とゼークト様みたいに。
「ただ正直、どう動かすのかは私には読めませぬ。やつはやつで独自の用兵をします」
「ニコーラでも予測できない?」
「私も何度か私兵で軍を動かしたことはございますが、定型通りの動かし方しかできませぬ。しかし、やつは変幻自在で読めません。それが規格外の地形変化という魔法が使えると考えたら、さて、どうなるか……」
「面白そうな人ではあるね」
「……あまりオススメはいたしませぬが、会いに行かれますか?」
「できるの?」
「ツテを使えば今からでもできないことはありませぬ。明日の会議の前に、軍を率いる者と話をするのも悪くはないでしょうからな。オススメはいたしませぬが」
オススメじゃないと二回も言ったこともあってか、ニコーラは眉根を寄せている。
自分の感情では行かせたくないけど、メリットがあるとは感じてるんだな……。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと話してみようか」
「わかりました。では、少々お待ちを」
ここでイヴレーア元帥の攻勢への意思を止めることができればいいんだけどね。
何にせよ、軍に人脈を作るいい機会だ。
どういうふうに攻めるか、その戦術も知りたいところだね。
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