傭兵たち

 今回の拠点と定められた街――そして、第二王子アキッレに指定された場所に到着した旨をカッリストに伝えに行ってもらった。

 招集したならば、こちらが滞在する場所を用意するのが貴族ならば普通とのことだ。まあ、この辺りにはスパーダルドの館もないだろうしね。うちの諜報機関が使ってる拠点はあるだろうけど。

 しかし、馬車に戻ってくるなり、彼は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「……大変申し訳ありません。そちらで見つけろと」

「ひどいものですな。最低限の礼儀すらなってないようです」


 カッリストの報告に、ニコーラが珍しく怒りを表わしている。

 こうも悪し様に言うのは初めて聞いたような……。


「最悪、ここにある諜報機関の拠点を使っても構いませんが、滞在には不向きです」

「アマート。さすがにこの方たちをそんな場所に泊めるわけには参りません」

「はい。ニコーラ殿。雨露を凌ぐだけの最悪のケースとお考えください」


 そう言えばベルタさんなら《簡易城塞》が使えるはずだけど。


「アマートは《簡易城塞》を使えないの?」

「使えますが、姉ほどの精密な館はまだ作れません。わたくしは神聖清純派憂愁美少女ではありますが、建築学については勉強中の身です。平屋なら作れますが窓も作れませんよ。そのような場所にロモロ様たちを泊めるわけにはいきません」

「いいアイディアかと思ったんだけど」

「精進致します。今年中にはロモロ様に相応しい館や砦を作れるようになって見せましょう」


 するとデジレがニコーラに話を振る。


「お爺さま。昔の話なのですけど、お父さまとお母さまが、旅行中に泊まったというホテルがこの街にあったと思うのですが」

「ふむ。そう言えば聞いたことがありますな。デジレ、場所はわかりますか?」

「大通りに面していると言ってましたので、ここを真っ直ぐ進めば見えると思うのですが」

「では、そちらに移動しましょうか。皆様、ご不便をおかけ致しますがご容赦を」

「ニコーラたちの責任じゃないから気にしないで」

「いえいえ。こういうことも考えて、しっかりと宿を押さえておくべきでした」


 やはり泊まる場所を用意してないというのは、ニコーラからしても無礼極まりないから予想できなかったのだろうな。

 そして、馬車が大通りを進み始める。


「向こうが付け入る隙を見せてくれたってことで、前向きに捉えよう」

「ふふ。ロモロ様はさすがに転んでもただでは起きませんな」

「これ以上、リナルド様を侮られても困るからね。きっちりとこのお返しはしておかないと」

「私にできることは少ないが、頼んだロモロ」

「お任せください」

「……ロモロってば、悪い顔してるなぁ。昔はこんなんじゃなかったのに」


 お姉ちゃんが呆れたように溜め息をつく。

 なんだか心外だけど……第二王子みたいな人には因果応報という言葉を思い知らせないとね。

 まだこっちが一方的に知ってるだけだけど。

 今回の話し合いで、引きずり下ろせればいいね。



 無事にホテルにも泊まることができ、ひとまず腰を落ち着けることができた。

 評議は明日なので街を探索しつつ、一休み……と行きたいけど、残念ながらそんな暇はない。


「ニコーラ。ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「酒場に行きたい」

「わかりました。さすがに私がついていないと駄目でしょうね」


 明らかに子供が行く場所ではないのだが、ニコーラは即座に僕の意を汲み取ってくれたようだ。

 まあ、たぶん酒場とかにいると思うんだよね。目的の人がいるかは不明だけど、そこに所属する人はいる可能性は高いはず。


「お姉ちゃんも一緒に来る?」

「そうだね。あたしも久しぶりに会いたいし」

「では、わたしもお供いたします」

「私も興味がある。一緒に行こう」


 結局、僕らは全員の大所帯でホテルを出発。主が出たら、侍従も出ないといけないからね。

 先ほどまで歩いてきた大通りをさらに進むべく、徒歩で酒場へ向かう。


「馬車で移動するべきなんですがね」

「さすがにこの距離で馬車はちょっと」

「それでも、です」


 そんな大して離れてないけど、やっぱり貴族としてはそっちの方がいいんだろうな。

 それに大通りが汚いのもある。そこら中にゴミが散らかっていて、隅に避けてある程度だ。

 街のインフラが整っていないのか。

 変な臭いするし。消し切れていない汚物の臭いと、薬草を焚いたような臭いが漂っている。


 よく見ると活気もあまりない。

 戦争が近い雰囲気を感じて不安がっているという様子でもなかった。


「街の運営が上手くいっていないとは噂に聞いておりましたが、想像以上ですな」

「食べ物こそ行き渡ってるみたいだけど……」

「人の往来も少なく、売っている商品も品質がよくありません。正直、これを放置しているのは怠慢でしょうな」


 この街は僕らの地元であるバグナイアよりも遥かに大きい。

 しかし、その大通りがバグナイアより人気がないとなると、外周辺りはどうなっているんだろうか。相当寂れてそうな気がする。


「この街は今は人が減少していくばっかりなんだっけ? アマート」

「ええ。多くの商人たちがここから撤退、あるいは規模の縮小をしているようで、それに伴って住人たちは不便を強いられています。新しい住人など来るはずもないでしょう」

「頷けますな。このような街に私は住みたくもありません」

「同感」


 そして、僕らは目的地である酒場へと到着した。

 さて入ろうか、というところで中にいたガタイのいい客たち数人が店に向かって悪態を吐きながら出入り口から出てくる。

 すれ違い様に、僕らとぶつかってしまった。


「ああん? なんだぁ、貴族のガキが来るところじゃねぇぞ!!」


 男は顔を赤くして酔っていた。もはや暴力に躊躇がないレベルで拳を振り上げる。

 スターゲイザーが警報を鳴らすが、すぐさまニコーラが腕をキメて止めた。


「いだだだだだだだ!! 何しやがるこのジジイ!」

「このお方は貴様のような下賤の者が触れていい方ではない」


 すると彼らの仲間も激昂し、一斉にニコーラへと武器を持って襲いかかってきた。

 しかし、それを次々と捌き、武器を破壊し、無力化して地面へと這いつくばらせていく。こちらが援護をするまでもない。

 まったく危険を感じずに終わった。


「ちょっとアンタら、私が会計してるってのに、なに一般人相手に騒ぎを――」


 そして、外の騒ぎを聞きつけたのだろう、また新しい人が出てくる。


「って、あら?」


 それは僕が探していた相手であり、傭兵に所属する魔法師。


「ヴェネランダさん、久しぶりです」

「お久しぶりでーす!」

「あらまあ! ロモロに、モニカも! ホントに久しぶりねぇ。……っと、ちょっと待ってね。まったく。ほら起きな! 雷撃よ、〈エレットリチタ〉」

「ビャッ!!」


 ニコーラにのされた男たちが、反射的に跳ね起きる。

 一斉に起き上がる絵図はちょっと怖い。


「酔って一般人に手を上げるんじゃないっての! うちの評判を下げたいわけ!?」

「い、いや、でもぶつかって……」

「まだ酔ってんの? もっかい、雷撃を食らいたいようだねぇ……」

「いえ! 今、醒めました。すいやせん!」

「謝る相手が違うわ」

「すいやせんでした!!」


 男たちが一斉にこちらに向かって頭を下げてくる。


「ま、まあこちらも大事にするつもりはないので……」

「……だ、そうだよ。この子に感謝するんだね。ほら、行った行った」

「へ、へい! 姐御の知り合いとは知らず、すいやせんした! 失礼しやす!」


 どうも傭兵団の仲間らしい。道理でガタイがいいわけだ。

 そして、彼らはそそくさとヴェネランダさんを怖がるように去って行く。


「まったく。新しく入ってくる若い連中はどうも気が大きくなりがちで困るわ。悪かったわね、ロモロ。でも、まったく怖がってなかったみたいだけど」

「はは……。護衛が強いからね」

「それでも汗ひとつかいてないのは修羅場を潜ってきた証拠ね。うふふ。モンスターの餌にした甲斐があるってものだわ」

「ロモロ、そんなことやってたの!?」


 お姉ちゃんが驚いたようにこちらを見る。ニコーラも何やら言いたげな顔だ。

 あったなぁ。ケルドフアールを誘き出す餌役。

 あれほど怖い場面もそうそうないから、マティアスさんの目論見通り、度胸はついたのかもしれない。


「まあ、そんなこともあったねってことで……」

「久しぶりだし、旧交を温めたいところだけど……。ロモロとモニカの事情は色々と聞いてるわ。でも、こんな場所まで来るなんてね。やっぱり戦争が起こるからかしら?」

「僕としては起こさないようにするつもりですけどね。最悪ぶつかることになるかもしれません」

「だとしたら、私たち傭兵の出番ってことね。でも今回、うちはファタリタにつくのに乗り気じゃないのよ」


 それはちょっと困ってしまう。

 戦争をする気はないが、抑止力として数や名声はどうしても必要だからね。


「どうしてまた?」

「雇い主があのアキッレとかいうのが気に食わないのが第一ね。いくら何でも人を下に見すぎだわ、アレは。噂には聞いてたけど、アレはなし」

「ああ、もう申請は来たんだ」

「申請してきたのは軍部の方だけどね。ところが仮契約に行ったらアレがいて、『オレの下で戦えることを光栄に思え』だの、『傭兵に頼らなくてもいいのだけどな』だの、と。最初に提示された金まで値切ってきて無理ってことで、今回はお流れ。だから、みんなで自棄酒をね。そしたらお酒まで不味いもんだから、いきり立っちゃって」


 第二王子の不手際で、こっちが迷惑を被ってるじゃないか。

 ヘルもそうだったけど、あの手の人たちは歯に衣を着せることもできないのだろうか。歯に衣を着せたら死ぬのか。


「では、私個人と改めて契約を交わしてもらいたい」

「あら?」

「リナルド様?」

「ロモロは必要だと感じているのだろう? ならば迷うことは何もない。資金は私の方から出そう」

「あら。いいの? 吹っかけるかもしれないわよ?」

「馬鹿兄が不愉快にさせた迷惑料くらいは払う」


 こういうところ、リナルド様は思い切りがいいね。

 見習いたいところでもある。


「太っ腹ね。いいわ。じゃ、話を詰めましょ? ロモロ君が言うには戦わないって話だし、歩合制でいいわよ。ただし、最低限ここでの滞在費や食費は払ってもらうけど」

「構わない。では、契約書を交わそうか。ここだと酒がまずいということだから、どこか別の酒場でも構わないが」

「へえ、なかなか話せる小さな王子様ね。うちの団長が気に入りそうだわ」


 それにしても、ヴェネランダさんはやっぱりリナルド王子のことを知ってたのかな。

 傭兵の情報網も侮れないね。

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