王宮権謀

 テソーロが妙な動きを見せてきてから翌日――。

 僕らは第二王子の領地に向けて馬車で向かっていた。

 リナルド様とカッリスト、僕とニコーラとアマート、お姉ちゃんとデジレだ。


「マリーナから一部軍団が進発したようです。方向は予測通り、西。ただ、まだ声明も出ていませんし、どっちに攻めてくる気かはわかりませんね」

「ありがとう、アマート。とはいえ十中八九、ファタリタだろうね。待機組がランチャレオネに来るなら、ファタリタを同時に攻めなきゃ、ただの二正面作戦になる」

「こちらに向かってくる方を第一軍団と呼称しますが、バジェ伯とオリバーレス伯が率いているようですね。両者ともにテソーロ南部を治める大貴族です」


 するとお姉ちゃんがそこに反応した。


「ああ、バジェ伯とオリバーレス伯なら知ってるよ。あのふたり、えらく仲が悪いんだよね。領地が隣接してるせいだからかもしれないけど」

「よく知ってるね、お姉ちゃん……」

「……ファムに聞いたんだ」


 咄嗟に誤魔化したな……。姉弟揃って、他人に責任を押しつける癖がついてる。

 まだニコーラやデジレには話してないからね。折を見て話さないと。


「仲が悪いふたりを同じ軍に組み込むのは悪手だと思うんだけど」

「程度にもよりますが、それを利用して競わせるのは悪い手ではありませぬ。仲が悪ければ、負けてられないと思うでしょうからな」


 ニコーラの言うとおりではある。

 ただ、この大事な戦いで? とは思ってしまうな。

 もし戦争になれば規模は大きくなるだろう。そうなれば、仲の悪さが歪みを生み、そこが付け入る隙になる。

 貴族はメンツにこだわるからね。首のひとつふたつで容易に競い合う。どちらが勝利に貢献したかなど、アピールには事欠かない。


「それに仲が悪いとはいえ、裏切るということはないでしょうな。どちらもテソーロの昔からの重鎮です。王国に忠誠は誓っています」

「ただ……テソーロ国王がアマデオ――今の代になって、ふたりとも遠ざけられてはいますね。とはいえ、それはふたりに限らないのですが」

「どういうこと? アマート」

「アマデオ王は相当猜疑心が強いようで、信頼した者しか傍に寄せ付けないようです。若い貴族の中にはまだ姿を知らない者もいるとか」


 そんな王の命令をよく聞いているな。

 なんだかんだ王と貴族も、契約というか信頼関係あってこそだと思うけど。


「テソーロは代々子息を人質として出す決まりがありますから。長男を最初に預けて、次男が生まれたら、長男を戻して次男を、と」

「……怖い国だなぁ」

「そういうことをやってるから海賊国家という侮蔑が終わらないのだと思います。ですが、これが効果的でして反乱は中々起きません。反乱を起こせば、その場で人質は殺されますからね」


 アマートはさらに続ける。


「ただ、王族同士の権力争いは激しく、毒殺や暗殺は日常茶飯事だそうですね」

「……それじゃ同じ王様が長く続けられないんじゃ?」

「ええ。ですから、同じ一族で三代続いた例がありません」

「そんなんじゃ内部がボロボロになりそうなもんだけど」


 国王が早死にして、コロコロ変わるんじゃ大きな事業も行えない。

 次の代になったら正当性のために、その事業を否定する必要が出てくるかもしれないから、事業が途中で終わって費用が嵩む。

 何にせよ短命政権にはメリットがまるでない。


「それでも軍としてはディヴィニタから輸入している北方騎馬を中心に、とても強いです」

「テソーロの騎馬軍が精強なのは有名ですからな。私も何度か戦ったことがありますが、あの機動力は脅威です。セッテントリオナーレの竜騎兵ほどではありませんがね」

「テソーロの人たちって馬に乗るの、凄い慣れてるよねぇ。走りながら馬の上に立って弓構えたりしてるし」


 お姉ちゃんがまたも失言しているが、特に気にされることはなく流された。

 それにしても、馬の上に立って弓を使えるって凄いな。

 馬上で弓を扱うのは、跨がってても大変なのに。


「それにしても、これだったら早めに西側とも繋げておきたかったな」

「仕方あるまい。王子たちが挙って反対したからな。一番上の兄上だけはもう少し話をしたかったようだが」


 影の樹海と王領、そして、西側に街道を作りたいと陳情したら、第二王子が頑として拒否したらしい。第三王子、第四王子も同様。

 理由としてはそんな魔法で作った道など信用できない……とのことで、まあわからなくはない。モンスターがその道を通って、領地に紛れ込むことも考えられるしね。

 何の告知もなく突然できた道など気味が悪くて使いたくはない。ランチャレオネのゼークト様が受け容れている方が異常だし、これは王子側の意識の方が正しい。


「とはいえ、拒否してきたのは私の領地という理由が一番大きいだろうがな。一番上の兄上はともかく、それ以外の王子たちはとかく私の平民の血を嫌う」

「だとしたら、僕やお姉ちゃんなんかも嫌うのでは」

「だろうな。だが、出自がどうあれモニカやロモロはすでに貴族だ。それでも、勇者勲章の授与式でもモニカは兄上たちから話しかけられなかっただろう?」

「そうですね。と言ってもヴォルフ父様が、色々と気を利かせてガードしてくれてましたから」


 お姉ちゃんはリナルド様の話にそう言ってこくりと頷く。

 お姉ちゃんも授与式の後は、あちこちに父上と一緒に挨拶回りしてたからね。

 話しかけられることもあったけど、確かに父上が挨拶に向かった王族は王を除けば第一王子の人だけだ。

 第二王子たちを遠目には見たけど、主賓であるお姉ちゃんにまったく視線を向けてなかったな。僕が見ていた限りでは。


「君らは知らないか。一応第二王子たちも代理の者を向かわせてはいた。ただ、ヴォルフ卿が代理を追い返していてな。一番上以外の兄上たちはそれはそれは怒り心頭だったぞ。とはいえ、王の顔に泥を塗るわけにもいかないから我慢したようだがな」

「そう言えば、何度か出直してこいみたいなことを父様、言ってたような……」


 ヴォルフ父上もお姉ちゃんの事情を聞いて、気を遣ってくれている。

 そうじゃなかったら、ただでさえ勇者を手元に置くという嫉妬の種をこうも大々的に発表したりはしなかっただろう。

 前時間軸でのお姉ちゃんの勲章授与は、ここまで派手ではなかったらしいし。

 ただでさえスパーダルド公爵というだけで敵意を集めているヴォルフ父上が、さらに嫌悪されるように仕向けたのは、自分が矢面に立つつもりなのかもしれないな。


「そもそも、勇者の話など、あいつらにとっては不愉快だろうからな」

「勇者の物語はだいたい勇者は平民か、落ちぶれた貴族で、その他の貴族たちはやられ役というか、引き立て役ですしね」

「まあ、アキッレたちはここにいる者をよくは思っていないということだ」

「そう言えばあの場には第五王子もいませんでしたね」


 すると、リナルド様やお姉ちゃんも含めて、どこか微妙な顔をした。

 ん? 何か踏んじゃいけない地雷でも踏んだ?


「第五王子、パオリーノはもういない。夭折した」


 リナルド様が囁くように言う。

 言いにくい話題だったのはわかるが、ここまで沈黙するものだろうか。

 だとすると、この話は結構闇が深そうだ。


「私自身、王宮に参内した時に一度会ったきりだ」

「夭折したとは……」

「身体が弱かったのは事実だと思う。普段から寝たきりだったそうだからな。ただ……暗殺という線は捨てきれない」


 テソーロでも暗殺だのなんだのあるみたいだけど、こっちもこっちであるんだよね。

 よくよくリナルド様もそこで晒され続けたわけだし。

 王宮は怖いね。


「問題は死体が消えたということだ」

「消えた?」

「夜、食事後に容態が急変し、医師が死亡を確認した。そして、目を離した時には死体が消えていたらしい」


 サスペンスが一転、ミステリーホラーになってきた。

 消えるなんてあり得ないだろうし、誰かが連れ去った?


「一昼夜捜索したということだが、結局、死体は出てこなかった。私自身、人づてに聞いた話だから、仔細は知らないがな」

「なるほど……」


 なんというか、居たたまれない話だ。

 リナルド様が参内した頃ならば、第五王子もまだ幼かっただろうに、王宮の権謀に巻き込まれたってことか。

 当然、王族関係者が怪しい気もするけど……しかし、第五王子を殺して何になるのかというと、その答えは見つからない。


 病弱で寝たきりなら、放っておいてもいいだろうに、なんでそんな暗殺という危険を冒したのか?

 仮説としてはもうひとつあるけど……。

 それにしたって、こうも不穏だと王様は何をやっているんだと愚痴を言いたくなるな。


「まあ、みだりに口にしない方がいい。いい顔はされないだろうからな」

「そうですね」


 一種のタブーになっているのなら、話題になどしない方がいいだろう。

 僕が失言したらそのままお姉ちゃんやリナルド様、ヴォルフ父上の隙になるからね。


「さて。そろそろアキッレの領地に入るな。集合場所はもう近い」


 この国で革命、内戦を引き起こし、対外戦争で国力を衰えさせた大戦犯。

 そのアキッレと向き合うのか。

 ある意味では、今回の会議は前哨戦だ。


「……リナルド様、向こうに着いたら知り合いに声をかけてきてもいいですか?」

「別に構わないが……行く街に知り合いがいるのか?」

「いるかもしれませんので、ちょっと念のために声をかけてこようかと」


 あのふたりがこっちにいてくれれば、非常に心強いんだけどね。

 ……敵に回ってることはないと思いたい。

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