テソーロ宣戦布告?

 テソーロ王国が南部に軍を集結させたという報を受けてから、さらに情報が出回ってくる。


「テソーロ最南端の街、マリーナに向かっている食料や武具などの量は、今向かっているすべての軍を合わせると明らかに不足しているとのことです」

「マリーナって、そんなに食料や武具を蓄えられる街なの、アマート?」

「いえ。そんな大きな街ではありません。すべての軍を合わせたら、街から溢れると計算できますね」


 そんな街になんでわざわざ行くのか?


「ただ、テソーロは必勝を期したときに、マリーナで戦勝祈願をする風潮があります。そのためではないでしょうか」

「戦勝祈願?」

「はい。テソーロは東ミラ王国が前身ですが、元々海賊が乗っ取った国です。かつて東の海から海賊がやってきて東ミラ王国を蹂躙しましたが、彼らは少しずつ追い詰められて南方のブライトホルン山脈側へと追い詰められたのです」

「そこから逆転して、験担ぎしてるってことか」


 アマートはこくりと頷く。


「それとテソーロやファタリタ、アルコバレーノの商人や傭兵たちも戦争の匂いを嗅ぎ付けてるのか、ちょこちょこと動き始めてますね。めぼしい傭兵団は、『剛腕』『蒼き爪』『双翼』『アロルド傭兵団』『バルド傭兵団』辺りです」

「リナルド様。テソーロに侵攻の気配アリと王領に連絡を。アマートは現状の内容をすべてヴォルフ父上に送ってほしい。情報の拡散は父上に判断を委ねよう」

「わかった」

「わかりました」


 さて、マリーナに向かう理由はわかった。

 すべての軍が収まりきらないのであれば、ひとつはテソーロ最南端で待機。

 もうひとつは進発させて山脈を迂回し、ファタリタかあるいはアルコバレーノ王国へと続く街道を進むのだろう。

 しかし、まだテソーロから声明は出ていない。ファタリタを狙うとは限らないが、軍経協商相手であるアルコバレーノの方を狙うのであれば、それはそれでファタリタから援軍を送るという話になるだろう。

 ただ……狙ってくるのは間違いなくファタリタだ。


「報告を魔法で送りました。しかし、連中は何をするつもりなんでしょうか?」

「たぶん、ファタリタ侵攻だろうね」

「しかし、例のビアージョを使った暗殺計画が失敗し、侵攻計画は頓挫したのでは?」


 ビアージョの名前を聞いて、リナルド様が少しだけ顔を曇らせる。

 元侍従だし、思うところはあるのだろうな……。


「別の侵攻計画、しかも確度の高いものを思いついたんだよ」

「どのような……?」

「エルフを使って山脈にトンネルを開けて、そこから雪崩れ込むことだろうね」


 逃げたエルフたちは山脈を掘ってテソーロに向かった。

 そこを説得したのか、脅迫したのかはわからないが、彼らはテソーロに協力している。

 王城にも入ったらしいしね。


「あの馬鹿者どもめ……! まさか、人間同士の戦争に手を貸すつもりか!?」


 タルヤ様が拳を握って激昂している。

 その表情は苦渋に満ちており、非常に悲しそうでもあった。


「タルヤ様。まだそうと決まったわけではありません」

「しかし、賢者様。話を聞く限りでは連中はまたこの山脈に穴を開けるつもりでしょう」

「ええ、まあ……」

「でしたら、我々も戦いましょう。同胞の愚挙を見過ごすわけには参りません。人間にとっては動きにくい影の樹海も、我々ならば簡単に道を作れる」


 タルヤ様は先走っているな。

 その申し出はありがたいと言えば、ありがたいが……。

 答えはノーだ。


「ダメです、タルヤ様」

「なぜです! 我々も力にはなってみせます」

「僕らはエルフ同士で相争わせるために、こちらに戻ってきてもらったわけではありません。エルフが血を流すなどあってはなりませんからね」

「……賢者様」

「私も同じ意見だ。タルヤ殿。これは人間同士の戦争でしかない。其方が関わるのを、我々は由としない。そもそも、向こうもまだ声明を出していないしな」


 リナルド様も賛同してくれた。

 エルフを戦闘に巻き込んだ方が楽なのは事実だからね。

 その誘惑を振り切ってくれたのならありがたい。


「しかし、どうするのです? むざむざ攻められるのをよしとするのですか?」

「まさか。とにかく止めなきゃね」

「具体的には?」

「幾つかあるよ。セッテントリオナーレに動いてもらうとか、ディヴィニタに仲介を頼むとか、テソーロの北方貴族に反乱を起こさせるとかね」


 それを匂わすだけでも動きは止まる。

 ただ、今回はもう少し派手にいった方がよさそうだ。


「アマート。テソーロはおそらく軍をふたつに分けるはず。進発組と待機組で」

「はい。では、何を調べれば?」

「どっちが主攻――主力攻撃を担うか、それを調べてほしい」

「仰せの通りに」


 アマートは即座に指令を出していく。

 あとは調査内容が戻ってくるまでに、色々としておかないとね。


「しかし、アマートが考えるに山脈を貫通できるのが本当ならば、連中の狙いはランチャレオネ領という気はしますね」

「どうしてそう思うの?」

「テソーロの成り立ちを考えればわかりやすいですよ。元々、彼らは東ミラ王国の領地を欲しています」

「もしかして権威のため?」

「ええ。テソーロは東ミラ王国を乗っ取った海賊国家として侮られてきた歴史があります。そのため、東ミラ王国の権威を取り戻すために、元の領土を回復する必要があったんです。その回復するべき領地がランチャレオネとスパーダルド北部の鉱山ですね」


 なるほどねぇ……。

 ファタリタの歴史をある程度は学んだけど、もっと他の国も調べないとね。

 向こうの大義としては、元の領地回復か。


「ちなみにテソーロが東ミラを回復しようとしている考えを小ミラ主義、アルコバレーノ王国を含めたミラ王国の領地回復を目指しているのを大ミラ主義というらしいですね。かなり前の話なので、今どこまで本気かはわかりませんが」

「ありがとう。ためになる話だった」

「この神聖清純派憂愁美少女侍従が役に立てたのなら光栄です」


 確かにアマートの言う通り、ランチャレオネが狙いなら、これは残る方が主攻と考えた方がよさそうだ。

 もし、山脈貫通を知らなければ、確実に不意を衝かれただろう。

 そこにリナルド様へ通信魔法が飛んできた。明らかに眉根が寄る。


「ロモロ。悪い知らせだ」

「なんです?」

「王領に連絡を頼んだところ、やつが兵を集めて決戦を挑むべきと主張し、囃し立てているらしい。兵を連れて国境近くの街に集合せよと。我々も対象だ」

「やつ……?」

「私の兄……第二王子――アキッレ・ディ・ファタリタさ」


 例の内戦を引き起こして国を乗っ取った第二王子か。

 そもそもなぜ彼が主導するんだろうか。

 すると、僕の疑問を察したようにリナルド王子が説明してくれた。


「一番テソーロに近い領地を拝領しているからだろうな。現状、真っ当な道でテソーロからファタリタに侵入するには、やつの領地を通らざるを得ない」

「そう言えば第四王子までは全員拝領しているんでしたね」

「そうだな。ファタリタの北西にだいたい固まっている。アキッレがそこなのは、アルコバレーノにも近いからだろうな」


 彼はアルコバレーノ王国の王女との子供だから、王様もそこを考慮したのだろうか。

 だからこそ、薬草の流通も目立たなかったのだろうけど。


「しかし、相手が声明も発表してないのに兵を集めるのはどういう了見なんですか?」

「おそらくだが、逆に攻め入るつもりなのだろうな。だからこそ、大勢に伝達したのだろう」

「集まるんですかね……?」

「集まらざるを得ないだろうな。第二王子の要請を貴族たちは理由もなく無下にはできまい。もっとも四大公爵たちは代理を寄越して様子を見るだろうが」


 王権が弱い割に、この辺りの関係性は割と謎だ。

 ただ、アマートの次の言葉で少しだけ理解する。


「アキッレ様は王位継承を諦めていないでしょうからね。第一王子のエウジェーニオ様とてまだ正式には決まっておりませんから、今のうちに功績を積み重ねたいのです」

「……え? 継承者って正式に決まってないの?」

「ああ。まだ決まっていない。一応長男のエウジェーニオとは皆が思っているだろうが、王はまだ正式に宣言していないのだ」


 つまりまだ王位継承による争いはあるということか。

 そりゃあ、躍起にもなるはずだ。

 現時点で不利なら、何もしなければ現状は変わらないし。


「四大公爵からすれば王が誰になろうと構わないだろうが、他の貴族たちは違う。少しでも王に近づいて、権威を高めようと必死なのだ」

「四大公爵以外からすれば、王権は魅力と……」

「だからこそ、王族の侍従選びには色々としがらみもある。もっとも、私は王位継承ではすでに脱落した身の上だ。侍従は結局、ふたりだけだったな」


 それが裏切ったビアージョと、カッリストか。

 カッリストはできた人だと思うけどね。平民の時から僕を侮ったりもしなかったし。


「さて、どうするロモロ? 無視をするというのもひとつの手だが」

「こっちはこっちで山脈側の防衛準備をしたいんですけどね。でも、行かないと目をつけられるんじゃないですか?」

「間違いなく嫌がらせを受けるだろうな。もっとも行ったところで嫌がらせを受けると思うが」


 どっちにしろ、ろくなことじゃないな。

 でも、ここでリナルド様に萎縮されるのも何か嫌だな。


「どうせ嫌がらせを受けるなら、こっちも色々とやり込めましょうか」

「……またロモロは悪い顔をしているな」

「第二王子が悔しがる姿を見たくないです?」

「見たいが?」


 不敵な笑みを返してくるリナルド様。

 それなら話は決まりだ。

 招集に応じてあげようじゃないか。


「し、しかし、賢者様。それではこちらの防衛をどうするのです?」

「できる限り、早くとんぼ返りしてきますよ。ですのでタルヤ様。ちょっとやっていただきたいことがありまして……」


 僕の解説を聞くと、タルヤ様は非常に微妙な顔をした。


「い、いいのですか? それは危険というか、敵を利することになるような……」

「計算上、攻めてくるのはもっと先の話ですから」

「わかりました。賢者様を信じます」


 こういう時、期待がちょっと重い……。

 それにしても夏の休みも終わりが近いのに、厄介なことになったもんだね。



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