エルフとの交易
この日はリナルド様がエルフの集落を訪れ、正式に調印を交わす日だ。
調印と言ってもそこまで堅苦しいことにはならないだろう。
自治を任せますとか、あとはエルフがどこまで外界に関わりたいか、難しいトラブルがあった場合にその解決をどうするかなど、その辺りを詰めていくだけだ。
「では、タルヤ殿。概ねこのように。ここに人間は来られないよう布告は出してあるから、もしそちらの領域に入り込んで捕えたならばそちらの裁量に任せる。ただ、もし本当に迷い込んだだけなら手心を加えてほしい」
「わかった。自治を認めてもらい感謝する。リナルド王子よ。その者が悪意を持っているかどうかは、この目で見極めよう」
「そうか。では、もし人間たちと独自に交易したいということであれば言ってほしい」
「まずはリナルド王子の下で交易を。この世界での関係に慣れていかねばな。何しろ千年以上のブランクがある」
無難に話は纏まり、あとは交易品について詰めていく。
エルフの方からはとにかく食材、特に野菜が求められた。
こちらで復興中の集落ほどではないが、こちらも野菜は幾つか壊滅しているらしい。
やっぱりあの長雨は食料生産にも影響を及ぼしてたんだな。集落に持ってきた種や苗を幾つかシェアしよう。
「では、こちらは木材をお願いする。加工しやすく、壊れにくいものをお願いしたい」
「魔法で動くようにした方がよいか?」
「……いや、それは時が来たらにしよう。さすがに衝撃が強すぎる。使い道を考えてからだな」
動く木というだけでも大騒ぎになりそうだしね。
インパクトを残すという点では数点くらいは取引してもいいと思うけど。
「ロモロからも何か頼みがあるのではなかったか?」
「おお。賢者様の頼みでしたら、なんでも構いませんぞ」
「恐縮です。では、エルフの木で日用品を作っていただきたいです」
「日用品、ですか?」
「食器ですね。皿とかナイフとかフォークとかコップとか」
滞在中に僕らも使った食器だ。
軽くて落としても壊れないし、何らかの加工がしてあって腐食もしない。料理の味も変化させない。何よりもぱっと見で温かみがある。
平民の頃は木の食器だったけどそんなに使わないし、貴族の食器はだいたい金属だ。
「そのような簡単なものでよろしいので?」
「精密な模様とか彫ってくれると嬉しいですね。ただ、数は多くなくて大丈夫です。それをこちらで適切な値段で買い上げさせていただきます」
「わかりました。その程度でしたら全然構いません。念のため聞きますが、大きくなったり動いたりしなくていいのですよね?」
「僕らが使わせてもらったような、ごくごく普通の食器で大丈夫です……」
タルヤ様がお付きのエルフにその内容を書き写させる。
するとリナルド様が少し訝しげにこちらを見た。
「今度は何をするつもりなのだ? こちらの集落用の日用品というわけではあるまい?」
「ちょっとお金儲けというか……。価値の創造を試そうかと思いまして」
「価値の創造?」
「まあ、上手く行くかどうかはわかりませんし、即効性があるかもわからないので……」
どっちにしろお金は必要だしね。
リナルド様には数年は王宮からの資金が来るし、僕もヴォルフ父上にも援助を約束されているから、よほど無駄遣いでもしなければお金に困ることはそうそうないと思う。
ただ、こっちも余裕があるうちに未来に投資しないといけない。甘えてばかりでは、自立も遠くなる。
「こちらが認めた商人にでも日用品を売るつもりか?」
「いえ、最初に売るのは貴族の人たちになると思います。商人に売るのはその後で、かなり限定的な話ですね」
「よくわからないな……。まあ、ロモロに任せるが……」
「あまり期待せずにお待ちください」
こちらの話が終わると同時に、タルヤ様とお付きのエルフの話も終わったようだ。
「では、これでお願いする、リナルド王子よ」
「ああ。末永くよろしく頼む。人間とエルフで新たな友好関係が築けることを願う」
あとはタルヤ様とリナルド様が握手して、無事に調印式は終了……なのだけど。
リナルド様が手を差し出すと、タルヤ様は差しだそうとして躊躇った。
「いかがしたか?」
「……身内の恥ゆえ黙っておこうかと思っていたのだが、どんな影響が出るかわからぬゆえ、今のうちに話しておきたい」
「何か?」
「例の離脱者たちの話だ」
人間嫌いなエルフたちの話か。
ここから外に出てどこに行ったのかはわかっていない。
少なくともファタリタ国内で見かけたという情報は来ていなかった。
「どうも山脈を突き抜けて北の方へ行ったようなのだ」
「北というとテソーロ王国か。というか、突き抜けていったとは……」
「おそらくは土を魔法で操作して突破したのだろう。やつらならやれるはずだ。確認に行かせたが、弄った跡があったようでな。元には戻してあるようだが……」
「エルフの魔法はとんでもないな。確かにあの山脈……ブライトホルン山脈は真っ当に越えるのは不可能と言われているが……」
そう言ってリナルド様はこちらを見る。
まるで僕をとんでもないと言いたいような。
「アマート」
「はい、ロモロ様」
「諜報機関を使ってテソーロの動向を調べてほしい。特に南部側を」
「承知致しました。テソーロにはすでに何人か潜ってますので、すぐにわかるかと」
アマートは通信魔法の用意をして、伝達を始めた。
元々あった情報部はスパーダルドの領都に拠点となる中央部を置き、そこで通信魔法を送受信する人材が何名かおり、そこで情報を収集し、整理をしていた。
諜報機関として拡大してから、各国に潜り込んだ者たちは幾つか座標を予め設定し、定期的に中央部と情報をやり取りすることとなる。
すでに基礎はできあがっていたのだ。ヴォルフ父上の先見の明とも言える。
「ロモロ様。まだ仔細は不明ですが、南部でフードを被った不審な集団の目撃例が多いようです」
「絶対とは言えないけど、すでにテソーロに入り込んだ可能性はあるね」
「しかし、彼らはテソーロに行って何をする気なのだ?」
リナルド様が不思議そうに言う。
確かに人間嫌いであれば、人間の国へは行かないような気がするけど。
しかし、この大陸のどこに行っても人間はいる。一部、南西に未開の地はあるけど、ただ北方にそんなものは存在しない。セッテントリオナーレのさらに北はわからないが、常に振り続ける吹雪――
「いや、目的はその国ではないと思われる……。やつらが目指しているのは、おそらくアレハ教の本拠であろう」
「アレハ教? マルイェム教ではなく?」
この大陸でもっとも信者が多いのはマルイェム教だ。
アレハ教はそのマルイェム教の分派元であり、すでに歴史に名を残すだけとなっている。その本拠はディヴィニタのはずだ。テソーロからさらに北でセッテントリオナーレと挟まれている国だ。
「我らが人間界にいた頃はアレハ教が最も栄えており、彼らは我々を守ろうとしてくれたのだ。その話を覚えていて、それで目指したのだろう。愚かな……」
「マズいのではないか、ロモロ?」
「ええ……。今のマルイェム教は異端を嫌う。もし、彼らがそんな場所に行ったら……」
ろくなことにならないだろう。
間違いなく戦闘が起こる。マルイェム教は独自の騎士団を擁しているし、異端者を殺すための暗殺部隊まで持つ。
それに対してエルフだって抵抗をする。彼らの魔法や弓で応戦されれば、ひとたまりもない。
エルフたちが勝つにせよ、負けるにせよ、間違いなく血が流れてしまう。
「どうにかしてテソーロで止めて、説得しないと……」
しかし、話はそれだけで終わらない。
「ロモロ様。悪い報告です。エルフたちはすでにテソーロの王城に入っているようだと……。数日前には、テソーロ王都の王城に続く橋を渡ったのを最後にフード集団の目撃情報が消えているとのことです」
アマートからの情報は、すでに遅かったことを意味し、
「また、時を同じくしてテソーロ王国の軍が動き出し、南部に集結しようとしているとのことです」
ここから、さらなる混迷を招こうとしていた。
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