センニの兄

「マジ、アニキだし! 懐かしすぎ!! 何百年振りだっけぇ?」

「こっちではさほど経っていない。せいぜい四、五年くらいだろう。お前は多少、背が高くなったか?」

「っしょぉ。わかる人にはわかるんだなぁ~。あれ? こっちと時間の流れ違うんだっけぇ? あれれ? ってことは、もしかしてうちの方が年上だし?」

「そうなるかもしれんな」

「ん~、ま、いっかぁ。考えるの面倒だしぃ」


 エルフは時間の感覚が適当だな……。長寿なせいかもしれないけど。


 さて、ひとまずセンニを呼んで確かめてもらい、僕らだけの中でという約束で魔導具である指輪を外してもらうと、果たして彼女の兄だった。

 彼も彼女も心なしか嬉しそうな表情をしている。

 そんな仲睦まじい兄妹が感動の再会を果たせたのはいいことだけど、ただ彼の出自が明らかになっただけなんだよな。


「しかし、彼の疑いが晴れたわけではありませんよ、ロモロ様」

「そうなんだよねぇ……」

「あの火事、マジでアニキだし?」

「馬鹿を言うな。オレはここの集落に拾ってもらった恩がある。モンスターの撃退にだって力を貸した。剣さえあればあのようなモンスターなど一撃だったものを……!」


 センニもスライム相手に似たようなこと言ってたな。

 剣じゃないと不器用な辺り、似た者兄妹という気がする。


「でも、アニキは絶対に放火なんかしないと思うんだよねぇ。まあ、木剣を振った摩擦熱で燃やしたならあり得るかも?」

「摩擦で燃やすなど擦るということではないか。意図したものでない限り、甚だしい技量不足だ。魔法の加工すらない木材など枝を使っても一刀両断だ」


 木剣の摩擦熱で火って起こせるんだ……。

 初めて知ったな。

 ……本当に? 木剣で摩擦式発火はちょっと無理がない? いや、でも、剣技の凄い人は剣閃でかまいたち起こすし、そのくらいできるのか?


「どうなさいますか、ロモロ様?」


 目撃証言からして、彼が犯人というのは考えづらいのはずっと言っている。スケープゴートにされたような感じがあるしね。

 性格的にも不器用で、そんなことをしそうにない。まあコミュニケーション不全があったのは事実みたいだけど。

 とはいえ、これも僕に先入観があるだろうから冤罪とは断言できない。

 それにあそこまで全員が彼を犯人だと言うのなら、物的証拠を見つけないと住人たちも納得しないだろう。


『スターゲイザー。その場所の過去を見たりすることはできない?』

『イエスマスター。不可能です。私はあくまで現在を見通せるだけで、過去に関する力はトルバドールの領分となります』


 持ち主のカストを呼ぶわけにもいかないしなぁ。

 そもそも呼んでも返事が来るかどうかすら怪しい。


「アマートはまだ来て間もないんだよね?」

「はい。ロモロ様がこちらに戻る数時間前ですね。火事が起こる直前辺りです」

「だとしたら、ここ数日の異変はまだ調べてないわけか」

「ええ。情報を調べようとしたら、火事が起きてその対応に追われました」


 情報が足らないな。もっと色んな人から目撃証言以外を聞かないと。

 こういう時はやっぱりあの人に聞くに限る。

 まだ帰ってきた挨拶もしてないし、ちょうどいい。


「アマート、センニ。ちょっとここで彼を見張ってて。逃げたりはしないと思うけど」

「わかりました。お気をつけて」「いってらー」

「エンシオも大人しく待っててね」

「苦労をかける」


 僕は天幕を出て、周囲を見渡しながら目的の人を探す。

 すぐに見つかった。今は兵士たちに建材を置く場所について指示を出しているようだ。


「おや、ロモロ様。お帰りなさいませ。王室会議は大波乱だったようですな」

「お帰りなさいませ、ロモロ様」

「ただいま。ニコーラ、デジレ。すぐに戻って来られなくてごめんね。王室会議のことを話したかったんだけど、火事だなんだで調べることができちゃって」

「さっそく調査しておられましたか。今のところ目撃者全員エサイアスという者が怪しいと指摘しておりましたので、拘留しておりますが」

「うん。流れは聞いたよ。ただ、僕としては彼が犯人とは考えづらくてさ。で、最近、集落の周辺に不審者とかいなかったかな、って思って」


 すると、ニコーラは顎に手を当てて少し考え込む。

 どうやら心当たりはあるようだ。


「不審者はかなり多いですな。と言っても、集落にはまだ入れておりませんが」

「多いの?」

「というよりも、影の樹海に多くの者が入り込んでいます」

「ああ、エルフ目当てってことね」

「ええ。王都でエルフの存在が発表された後、不特定多数の者が樹海の中をここ数日、徘徊しては遭難しておりまして。センニ殿と協力して救助にあたっております。と言っても、樹海の外に送り返しているだけですがね」


 そりゃ目敏い人なら調査に来るよね。エルフと今のうちに交流して、先行者利益を得ようとする商人は多いはずだ。

 ただ、王室会議が終わってから、王都ではエルフとの交流はリナルド様の管轄で、リナルド様の許可を得た者のみというお触れが出ている。そして、その許可をリナルド様はまだ出していない。

 だから、しばらくすればその手の徘徊や遭難は終息に向かって行くと思うけど……。


「もしかして、ニコーラは火事の時はそこにいなかった?」

「その頃はエルフの集落に不審者が多数入り込んで来てしまっている旨を直接伝えに行ったのと、センニ殿と樹海の中を巡回しておりまして。戻ってきたら、あの有様でした」

「道理で。ニコーラがいれば起こらないと思ってた」

「それは買い被りすぎですな」


 そして、ニコーラは意味ありげに火事の現場の方を見た。

 やっぱり、何かあるのかな。


「ロモロ様は火事の現場の方はご覧になりましたかな?」

「遠目で見ただけで、まだ実地調査はしてないよ。デジレが火事を消してくれたって聞いたけど」


 そのことを尋ねるとデジレは少し戸惑ったように頷いた。


「ええ。はい、そうなんですけど……少し違和感があって」

「違和感?」

「妙にしつこい火と言いますか……すぐに消せず、普通の火ではありませんでした」

「火種が特殊だったの?」

「正直、わたしにはわかりかねます……」

「ですので、私としては直接調査することをオススメいたします。正直なところ、かなり厄介なことになってる可能性がありますゆえ」


 その言葉を聞いて、その場をデジレに任せてから僕とニコーラは現場に向かう。

 現場は特に変わっていない。周囲に建て直し用の建材を置き始めているくらいだ。

 ひとまず工員が揃っていないのでそのままだが、近いうちに取り壊し、建築が始まるだろう。

 住人が家なしになるのも困るからね。


「さて、ロモロ様。気付きましたかな?」

「……うん。何か変だね」


 家屋の焦げ跡にさほどムラがない。

 火事の時は火種から燃え広がるわけで、その一点が当然大きく焦げる。

 この焦げ跡も燃え広がってはいるけど、中心部分が均一だ。


「魔法で焼かれたんだね」

「その通りです。最初から広範囲の火力で建物を焼いています。放火犯に誤魔化す気がなかったのか、そもそもそのことを知らなかったのかまではわかりませんが」

「慌てていたからって可能性もあるのかもね」


 この集落の住民は全員魔法を使えないから、集落の中にも犯人はいない。

 エンシオも犯人ではないということは確定した。

 センニの話が事実ならば、彼もエルフの中では魔法を使えない方に属している。


「ですので、彼が魔法を使えないことを証明すれば、ひとまず疑いは晴れるでしょう」

「それがそうもいかなくて。彼、実はエルフだったんだよね」

「……なんと。それは気付きませなんだ」

「魔導具で姿を誤魔化してたから……」


 エルフは伝説上、魔法に優れているという評価を得ている。実際、センニとエンシオが例外だ。タルヤ様も魔法の使い手として非常に優れているしね。

 ニコーラは残念そうに溜め息をつく。


「それでは村人たちは納得できないでしょうな。もちろん、正体を隠すということも可能でしょうが」


 それが一番穏便な気はするな。

 多少、不義理な気はするが、別にエルフだと正直にバラす必要もない。


 ただ、どちらにしろ、真犯人は探さなきゃいけない。こんなことをやられては復興も進まないからね。

 ここに紛れている貴族か、あるいは影の樹海で徘徊していた者か。

 だけど、犯人が集落の人じゃないとわかると、もうひとつ違和感が出てきた。


「ニコーラ。あの発火点の近くにある土、変だよね?」

「ええ。あの場だけ、まるで掘り返したような跡がありますな」

「さっきまでは気にならなかったけど、犯人を外部犯まで広げると気になってくるね」

「はい。どちらかというと疑われてしまうのはロモロ様の気がしますが」


 これはおそらく土を自在に動かす無詠唱魔法による形跡だ。

 自分で使ったからこそよくわかる。

 ただ、当然そうなると困ったことになるね。


「もちろん僕は使ってない。そもそもその時間帯はリナルド様やお姉ちゃんと馬車に乗ってたしね」

「ですので、少々困ったことになりますな」

「犯人が外部のエルフってことだよね……」


 実を言うと、前々から気掛かりなことがあった。

 エルフの集落に行き、結界を解いた時、タルヤ様からひとつ謝られたことがある。


『人間に対してよい感情を持っていない者たちが数十人ほど、集落から逃げ出した』


 それって僕らが滞在した時に捕まえようとしてきた人たちだよね。

 つまるところ、その逃げたエルフたちが犯人の最有力候補となる。


「ここに来て集落の人たちとエルフの人たちの関係を悪くしたくないんだけどな」

「そうですな。ロモロ様の中ではこの集落とエルフたちで少しずつ交易することを考えておられたのでしょう?」

「うん。仲が悪くなったら交易すら覚束ない」


 これは可及的速やかに犯人を捕まえないと拗れそうだ。

 しかし、後手を踏んでいる以上、こちらとしては犯人が再び来るのを待って、罠にかける以外の方法がない。

 何か、いい方法を探さないとね。

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