目撃者の証言
アマートに連れられて、僕らふたりで目撃者たちの下へ順々に向かう。
ひとりずつ聞いていってその証言をまとめていった。
・火事の現場の少し前の時間に、男がうろうろしていた。服は灰色っぽかったよ。
・火事の現場から近い場所で、男が立っていた。顔も見た。身長は高かったと思う。
・火がついているのを間近でボーッと見ていたの。服は白かったわ。
・火がついていたのに見ているだけだったね。横顔が見えたけど、目は鋭かったな。
・火がついている場所から逃げ去るのを見た。手で隠れて顔はほとんど見えなかった。
・火がついてたのに変な方向に走ってったわ。身長は俺より低かったような……。
・鎮火してからオロオロしながら立っていたの。猫背で身長はよくわからない。
・最近怪しいやつが迷い込んできて、そいつを近くで見た気がするな。
そして、一様に彼らはひとりの男を名指しした。
その人は確かに最近……と言っても、僕らがここに来る前に迷い込んできて、この集落で保護していたらしいのだけど。
僕らとも活動していた人だ。その人はみんなが倒れていたときは人一倍働いていたような気がするんだけどな。
「ロモロ様。疑う余地はないような気もしますが」
先ほどからアマートが少し不思議そうに尋ねてくる。
「さっきも言ったけど、今みたいな証言で全員が同じ人を名指しするのはおかしいんだよ。満場一致のパラドッソって言うんだけどね」
「満場一致のパラドッソ?」
「全員の答えが一致してても、その答えが正しいとは限らないってこと」
「初めて聞きました」
異世界の知識から引っ張り出してきたものだからね。
似たような感覚はあったとしても、まだ明文化はされてないだろう。
「例えば、りんご、みかん、ぶどう……これを間近で見たら、シンプルだし明確だから誰も間違えないよ。でも、人の姿ってのはかなりアバウトに記憶されるし、実際、目撃者の証言も曖昧な箇所があるでしょ? 短時間の視覚情報は記憶の中ですぐに変異するから、確実に信頼できるものとは言えない」
「そうですね。しかし、そこまで疑うほどでもないような……」
「それに狭い集落の中では独特な空気が醸成されやすい。みんな、仲間のことを信じるし、疑いたくはないしね。そうなると疑いやすい人がターゲットにされやすくなる」
「それが、今回容疑者になった新参者の彼だったと?」
「確証バイアスがかかるからね。 物事の判断が、直感、経験、それらが作り出す先入観によって非合理的になる心理現象だよ」
それでも、アマートは納得がいっていないようだった。
「じゃあ、ちょっとクイズを出そうか」
「いいですね。神聖清純派憂愁美少女侍従が必ず正解してご覧にいれましょう」
「……それはともかく。問題。2・4・8と数字が順に並んでる。この規則性を当ててみてほしい。別の数字の順を言ってくれれば、こっちは合っているかどうかを答えるよ」
「簡単では? 一応聞きますが、4・8・16はどうですか」
「合ってる」
「では、5・10・20」
「それも合ってる」
「では規則性は、ただ数字が倍になっていっているだけでしょう。これが答えです」
「残念ながら違うよ」
「え……」
「正解は前の数字よりも次の数字が大きいだけなんだ。だから2・3・4でも規則性に従ってることになるかな」
「……あの。わたくし、ただ謀られただけでは?」
「その感覚が重要なんだよ。アマートは2・4・8と聞いて、倍になっていくと考えた。実際、4・8・16と5・10・20って決まり切ったかのように質問したでしょ?」
「確かに他の質問をまったく考えなかったですね。まったくランダムな数字を言えば、簡単にわかったかもしれないのに」
「そう。アマートは答えが間違う質問をせず、最初から決め付けて、自分にとって都合のいい情報だけを集めてしまった。人間はこういった先入観に基づいて相手を観察してしまうんだよ。だから目撃証言にもそういったノイズが混ざる。そのノイズが混ざった状態で全員の答えが一致していると、何かしら作為的なものを感じるでしょ」
アマートはこちらをジッと見て――。
「メラヴィリオーザ!! 素晴らしい!!」
突然、大声を出して、喜びを表わすかのように腕を大きく広げた。
とても嬉しそうな笑みを浮かべている。
「な、何……?」
「申し訳ありません、ロモロ様。わたくしは今の今まで、貴方を見くびっておりました。むしろ、来る前はこの神聖清純派憂愁美少女メイドがなんでお子様に仕えなきゃいけないんだクソ、とまで思っておりました」
「……僕にはいいけど、表ではちゃんと歯に衣を着せてね?」
「しかし、ロモロ様。貴方の知性は子供とは思えない。さすが賢者様と呼ばれるだけはありますね。改めて、このアマート・ボルゲーゼ、賢者ロモロ様の忠実な神聖清純派憂愁美少女侍従としてお仕えいたします。末永くよろしくお願い致します」
「う、うん。ありがとう……」
「では、ロモロ様。次は容疑者の方から話を聞きに参りましょう」
そして、アマートがさっさと行ってしまうので僕はついていく。
アマートは非常に上機嫌だ。ベルタ様と違って表情が読みやすい。
でも、やっぱり男というのは騙されている気がした。
あと今更だけど、神聖でもないし、清純派でもないし、憂愁を帯びてるわけでもないよね。
僕とアマートは容疑者として天幕の中に拘留されている。
拘留と言っても、手や足を縛ったりはしていないようだった。
彼自身も逃げ出す気はないということだ。
「何度も言うが、オレではない」
彼の名前はエサイアスというらしい。
まだ若く、髪をざっくばらんに短く刈り上げ、目付きは非常に鋭い。
身長はかなり高く、立っていると僕の頭くらいのところに腰がある。
集落がまだ生活できていた頃に水場で行き倒れており、それを拾ってもらって生活をしていたのだという。
モンスターに襲われた時も、集落の一員として戦ったとのこと。
しかし、目撃者からの証言から察するに、彼は信用されていない。
集落の人たちとはあまりコミュニケーションを取っておらず、昼間はほとんど集落にいないという。
時たま、野鳥やウサギなどの獣を狩ってきては、ここの村長に渡していたとのことだ。
「では、火事の起こった時間は何を?」
「いつものように集落の外に行っていた。戻ってきたら火事になっていて、すべてが終わっていた」
「それを証明する人は?」
「いない」
アマートが質問をしていくが、疑いを晴らす情報は出てこない。
じゃあ、今度は僕が質問をしよう。
「集落の外で何をしてたんです?」
「鍛練だ」
「鍛練?」
「剣は常に鍛練してなくては腕が鈍る」
「村の中でやったらいいんじゃないですか?」
「人に見せるものではない。こちらも大きく動くから子供が危険だ。特に子供はどう動くかもわからない。当てはしないが、剣閃が眼前を通って怖がらせる可能性はある」
「森の中は気が密集して鍛練しにくいのでは? 剣も満足に振れないほど木が密集してますし」
「むしろ、私にとってはその方が実践向けでいい」
「じゃあ、手の平を触らせてもらっていいですか?」
するとエサイアスは特に疑問に思うこともなくこちらに手の平を見せてきた。
その手の平を触るとゴツゴツしており、剣士の手だとわかる。
「剣はこの集落にはありませんでしたが、鍛練用の剣はどこで?」
「いつも落ちている木の枝で代用している」
「それじゃ重心とか狂いませんか?」
「常に同じ武器を扱えるとは限らない。私は不器用で槍も弓も不慣れだが、剣だけはどんなものでも扱えるようにと心がけている」
やっぱりこの人が犯人とは思えないな。
ただ、さっきから妙に違和感がある。
発言ではなく、彼の雰囲気に。
目の前にいるのに、彼が幻のような……強いて言うならそんな感覚。
しかし、彼が何か魔法を使っているような気配はない。だとしたら……。
「……単刀直入に聞きますけど、今、魔導具か何か使ってます?」
「ッ……!」
あからさまに反応したね。
何か後ろめたいものがあるということだろうか。
「どうなんですか?」
「……使っている」
「どんな魔導具ですか?」
「信用した者にしか明かしてはならないと言われている」
嘘が言えない人だな。
ってことは、誰かに譲渡されたものってことかな?
とはいえ、このままでは埒があかない。
身ぐるみ剥いで魔導具を無理矢理奪うというのも手だけど……ズルい方法を使うか。
『スターゲイザー。真眼通〈ヴェリタ〉、起動』
『イエス、マスター』
マブルによって解凍速度が上がってから、スターゲイザーは徐々にアップデートされ、継続的に新しい能力を復活させている。
これは、最近になって取り戻した能力のひとつ。
真実を見通す目。幻などを看過する目だ。
「失礼」
申し訳程度に謝り、この真眼通でエサイアスを見る。
すると――身体の一部位だけが違った。
それは耳。
明らかに人間の耳ではない。この細く長い耳はエルフのものだ。
「あなたは、エルフ……?」
「! なぜ、それを――!」
「ロモロ様の前で動くことは許可していません」
エサイアスが反射的に動こうとしたところ、アマートがガッシリと抑える。
一瞬、スターゲイザーの警告が鳴ったな……。微かに肌がピリピリした気がする。
「すまない。つい殺気を……」
「いえ。では、その魔導具は姿を変えるもの?」
「……エルフというのは、外ではあまりにも耳が目立つ。それを友人となった者が譲ってくれたのだ。これのおかげでオレは人間世界を気兼ねなく旅できていた」
この人をエルフの集落の中では見たことがない。
そもそもあの集落にいたのであれば、エルフがこちらの世界に戻ったことも知っているはず。
間違いなく、元々あの集落を出ていたエルフだ。
そうなると選択肢は狭まる。
「もしかして、センニって妹がいませんか?」
「! センニを知ってるのか!?」
「ってことは、エサイアスは偽名で、もしかして本当の名前はエンシオですか?」
彼は目を見開き、そして降参だというようにゆっくりと頷いた。
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