集落帰還と新たな侍従
王室会議が無事に終わり、そして、スパーダルド家の養子に関する王からの許可や、騒ぎとなった勇者勲章の授与式も終わり、僕らはようやく馬車で集落へと帰還する。
お父さんやお母さん、ネルケとのお別れも済ませた。
まだ少し実感が湧かないが、お姉ちゃんは少し倦怠を覚えているらしい。
「疲れたみたいだね。お姉ちゃん」
「そりゃあね。授与式って肩張るし、毎回毎回礼式間違えてないかなって思うし」
「ははは。しかし、あの父ならば気にするまい。覚えているかどうかすら疑問だ」
「リナルド様ってば気楽なんだから……」
でも、それ以上に二回目の家族とのお別れが効いているのだろう。
話そうと思えば、いくらでも話はあった。でも、それは先延ばしにするだけで、別れにくくなるだけだった。
もうお父さんとお母さんは名目上カラファ家の侍従から頼まれた育ての親となっている。ヴォルフ父上の捏造力は凄まじい。あれで品行方正な几帳面な人物として通っているのだから、いかに普段からの行いが重要かと実感できる。
「都合上、私はふたりの貴族になった事情は聞いている。勇者だったとは驚きだったけどね。私にできることは何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。でも、一番のお願いは父上に聞いてもらったんで大丈夫です」
「ロモロってば何を頼んだの?」
「諜報機関の創設」
「ちょーほーきかん?」
「大陸中のあらゆる情報を調べたり、情報を操作するための組織だよ」
「そんなもの頼んだの!?」
「いや、元々似たような組織は持ってたよ。さすがだね」
元々持っていたのは情報部。ベルタ様はその部隊の一員だったらしい。
引退してテア様の侍従になったらしいが、それでもある程度の情報は手に入るようだ。
恐ろしいことにメイドの姿をしている侍従たちの五割以上は隊員なのだとか。
「今まではほぼ国内だったけど、国外にも向けましょうって拡充をお願いした。それと新しい人を雇ってほしいって話と、諜報機関と僕のやり取りを繋いでくれる人をつけてくれって」
「……養子になったばっかりなのに、何考えてるの!? 遠慮とかないの!?」
「いや、だってヴォルフ父上、凄い話がわかる人だし……」
諜報機関の話をしたら、すでに似たようなものは持ってるって言われて。
でも、ほぼ領内のみって聞いて、これからは国内や国外の情報にも気を遣うべきですと進言したら、そのままお互い話が弾んで拡充しようって話になって……。
ただ、テア様が青い顔をしてたけど、体調が悪かったのだろうか。王室会議の日は色々衝撃的なことが多かっただろうしね。身体は大事にしてほしい。
「なんというか面の皮が厚いね、ロモロって」
「父上だって有用性を見出したから受けてくれただけだよ」
そうでなかったら簡単に言わないよ、「じゃ、拡充しよう」なんて。
しかも、領内から国内どころか国外にまで手を広げるのだ。生半可な追加人員ではすまない。
こちらからも有能な人をリクルートはしたけど。
「しかし、ロモロ。その諜報機関とやらで何の情報を調べるのだ?」
「一番は戦争ですね。戦争の気配をとにかく知りたい。その上で発生させないように気を配りたいと思ってます」
「自国を守るため、ということか?」
「それもありますが、戦争は多方面に波及します。例えばジッタ同盟からは香辛料がきますし、セッテントリオナーレからは良質な馬を売ってもらえますし、アルコバレーノは魔溜石の加工などがあります。でも、戦争が始まると滞ります。少なくとも値上がりはする。それはファタリタを含む、弱体化に繋がりますから」
国外の戦争を利用して儲けることも考えてるけど、それは言わないでおこう。
そもそもあるかどうかもわからないしね。
「しかし、防ぐ方法などあるのか?」
「絶対に防げる方法はありませんが、予防することはできますし、備えることはできますよ。常に戦争に備えると金がかかりますけど、戦争するときだけなら消費は最低限ですみますし」
「いったいロモロはどこまで先を見据えてるんだ?」
「できる限り先です」
何しろ世界で不穏なことが起こることは決まっているし、お姉ちゃんの覚えていない重大な事件がすでに国外で起こっている可能性は非常に高い。
ファタリタに関係なくとも、別の場所での戦争がファタリタに影響を与えていたなんてこともあるだろうし。
僕はスターゲイザーに、ワールドルーツまで持ってるけど、目的を果たすためにはこれだけじゃダメなのだ。
生きたリアルタイムの情報を得なければ後手後手に回ってしまう。
「早く戻って、集落の立て直しをしましょう。夏の休み期間も残り多くありませんし」
「そうだな。戻る前にできる限りのことをしなくては」
馬車はごとごと揺られて、目的地へ進んでいく。ようやく影の樹海が見えてきたところだ。あと少しで着くだろう。
……それにしても、今更になって気付くが馬車の乗り心地が悪いな。
今度、サスペンションでも作ってもらって、付けるよう進言してみよう。
門を通って集落へと入ると、何やら騒がしかった。
どうも何かトラブルが発生しているようだ。
「何が起こっている」
「あっ、リナルド様、お帰りなさいませ。実は……」
すぐ近くにいた兵士に尋ねると、家屋が一軒焼けていた。
かなり強い火で煽られたのか、かなり焦げている。
魔法で鎮火したのか、どうにか被害は最小限で済んでいるようだ。
「怪我人は?」
「おりません」
「ならば、よかったのではないか?」
「それが……そうもいかないのです。どうも放火されたとのことで。先ほど犯人を捕まえたのですが、本人はやっていないと言い張り、証拠も見つかっておりません……」
「なるほど……」
詳しく話を聞くと、火事が発生したのは今日の明け方。
気付いた兵士がすぐに報告し、魔法で鎮火。どうやらデジレとニンファが担当したらしい。
そして、その後、放火を目撃した者が複数おり、それで捕まったということだ。
「この場合、裁量権は私ということになるのか」
「ええ。リナルド様が帰られるまでは保留ということになりました」
しかし、どうにも引っかかる。
放火をして何になるんだ? 今が重要な時期なのは住民は全員わかっているはず。
放火犯の頭がおかしいからと言われればそれまでだけど。
「すいません。目撃者は何名だったんですか?」
「はい。ここの住民たちの八名となります」
「……八名、全員が同じ人を目撃したってことです? 兵士の人たちは?」
「ええ。目撃した場所などは違いますが……放火した場所でうろうろしている場面や、放火した瞬間、逃げ去った姿などが目撃されています。兵士たちは見ておりません」
「目撃者は顔も見た、と?」
「ええ、おそらく、はい」
なんかすごく曖昧だな。
それに見た場面はほぼ別か。
「目撃者の証言を聞いたのは全員同じ人なんですか?」
「いえ、私も含めた四人が個別に聞いて回って、報告をまとめました」
聞いた人も別々か。
……これはもしかしたら。
「リナルド様。裁くのは待った方がいいかもしれません」
「なぜだ?」
「その人、犯人じゃないかもしれませんので」
それを聞いた兵士の人は不思議そうな顔をした。
そして、リナルド様やお姉ちゃんも同様である。
「全員同じ人が犯人だって目撃されてるなら、その人でいいんじゃないの?」
「正直なところ、もう少し話を聞きたいかな。どのくらいの距離で見たのか、とか、本当に顔を見たとか」
「疑う余地あるの? ロモロってば考えすぎじゃない?」
「目撃証言っていうのは実はとてもあやふやで、聞き方でもかなり変わる。先入観もあるだろうからね」
「でも、全員が同じ人って言っているなら……」
「むしろ、全員が同じ人って言うのが怪しいんだよ。目撃証言はさっきも言ったけどあやふやなのに、それで他に容疑者がひとりも出ていないっていうのは不自然なんだよね」
作為的なものか、あるいは別の何かか。
どっちにしろ、ここで話してても埒が明かないな。
「とにかく、もう一度話を聞いた方がいいです。目撃者にも容疑者にも。案内してもらえますか?」
「では、わたくしが案内いたしましょう」
すると、僕らの会話に横から入ってきた者がいた。
いつの間に来たのか、全然気配がわからなかった……。
そこにいたのは婦人というにはまだ早く、少女というには成熟しているような、その境にいるような人だった。端正な顔立ちや綺麗な瞳も魅力的に見える。
ベルタ様と同じような黒を基調としたメイド服に身を包み、艶やかな長い髪をポニーテールでまとめていた。僕やお姉ちゃんよりも背が高いが、平均的なくらいかな。
「初めまして、ロモロ様。貴方の侍従として、本日付けで情報部、改め諜報機関から出向して参りました。アマート・ボルゲーゼです」
「あれ? ボルゲーゼって確か、ベルタさんの家だったような……」
「はい、モニカ様。よくご存じで。ベルタは姉です」
ベルタ様の妹ってことか。確かに黒い瞳に面影があるかもしれない。
顔立ちもよく似ている。ベルタ様をそのまま幼くしたらこうなりそうだ。
「ベルタ様に似て、美人さんですね」
「はい。よく言われます。この美貌はわたくしの誇るべき利点であり、世界最強の武器と言ってもいいかもしれません。神聖清純派憂愁美少女侍従と呼んでくれても構いませんよ」
……自分で美人と認めたぞ。
確かにそう言えるだけの人かもしれないけど、また個性的な人が来たな……。
「じゃあ、諜報機関とのやり取りは、アマートさんに――」
「アマートと呼び捨て、あるいは神聖清純派憂愁美少女と呼んでください。ロモロ様」
「……はい。アマートに任せるってことでいい?」
「はい。他にもなんなりとお申し付けください。十全にこなしてみせましょう」
とはいえ、頼もしいのは間違いない。
こうして寄越してきたわけだし、ベルタ様の妹ってのも含めて優秀なのだろう。
「それにしても、あたし、ベルタさんに妹がいるなんて聞いたことないけど……」
「当然です、モニカ様。姉のベルタに妹はいません」
「???」
何を言ってるんだ、この人は。
もしかして、ボルゲーゼ家は家庭環境が複雑だったりするのだろうか?
「わたくしは、ベルタの弟にあたります」
「え」
「弟です」
「でも、メイド服……」
「男が着てはならないというルールはありませんが?」
嘘でしょ?
いや、よくよく考えるとアマートは男性がつけられる名前だったような……。
「どう見ても、男には見えないけど……」
「嬉しい褒め言葉をありがとうございます。しかし、事実です。確認なさいますか?」
「……いえ、結構です」
「納得してくださってよかったです。わたくしも見せることには若干、抵抗があるので」
そして、アマートはすたすたと歩き出す。
「では、ロモロ様。目撃者のところに向かいましょう」
あまりの衝撃に脳が回復していない。
さっさと平静を取り戻さなければ……。
……いや、でも、やっぱり女子なのではないだろうか。
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