ひとつの大きなお別れ

 王室会議も終わり、僕らは王都から影の樹海の集落に戻る……のが、ここに来る前の流れだった。

 しかし、王室会議で様々なことが起こり、王都でやるべきことができてしまったため、僕もお姉ちゃんも留まっている。

 リナルド様も仕事があるだろうに、同様に留まって僕らの帰還を待ってくれていた。

 今、僕は部屋でお姉ちゃんと一緒に待機してるところだ。


 だけど、まずやるべきことは……お父さんとお母さんとの話し合いだ。

 ……と言っても最終的な結論自体はすでに定まってるんだけど。ただ、細部を詰めなければならない。

 手持ち無沙汰にしているお姉ちゃんが、ふと呟く。


「色々まだ実感がないな……」

「お姉ちゃんはもう経験済みなんじゃないの」

「そうだけど……それでも、やっぱりキツいよ。ロモロはそういうこと考えないの?」

「考えるよ。でも、僕はこれが最善手だって信じてるから」


 以前お姉ちゃんが経験したものとは違う。

 前回はお姉ちゃんが勇者という地位を得てからスパーダルドの養子となった。

 だけど、今回僕らは偶発的なことが起こったとはいえ、複雑な過程を経て貴族となってから、スパーダルドの養子となる。


「前のヴォルフ様たちがお父さんやお母さんを蔑ろにしてたとは思わないけど、家族は僕も含めて火事を装って殺された。でも、今回はそれを知ってるし、ヴォルフ様により一層の警護を頼むこともできるわけだし」

「そうだよね。それにお父さんたちを説得できれば、領都にも来てもらえるはずだし」

「いつでも会えるとは言わないけど、前回とは変わるはずだよ」


 話を聞く限りでは、勇者になって以降のお姉ちゃんはお父さんやお母さんに会いに行くことを禁じられたわけではない。

 ただ、様々なしがらみがあった。対魔族における切り札としての立ち位置と、王立学校での生活と、貴族としての立ち振る舞いを学ばなければならない時間。

 要するに余裕がなかったのだ。

 察するにお姉ちゃんが人を守らなければという使命感を持ち、お父さんやお母さんに会いに行くのを甘えとして我慢してたのではないかと思う。


「何度も言うけど、今回は僕がいる。お姉ちゃんは気負わずに勇者として振る舞ってくれればいいから」

「ロモロの言う象徴ね」

「そういうこと」


 お姉ちゃんの気が晴れたのか紛れたのか、それは外からじゃよくわからないが、会話が終わったところにベルタ様がやってきた。


「モニカ様。ロモロ様。ご両親がご到着されました」




 スパーダルド館の一室にヴォルフ様とテア様、お姉ちゃんと僕、そしてお父さん、お母さん、ネルケが集まっていた。

 再会の挨拶もそこそこに、ヴォルフ様から王室会議で起こった事故や、事情の説明をしてもらう。

 来た時からすでに不安そうな表情をしていたお父さんとお母さんは、さらに顔を真っ青にしていった。

 そして、今後の安全のためにスパーダルドの養子になるという話で締めくくられる。


「話は以上となる。何か質問があれば言うといい」

「では怖れながら……私たちと……モニカやロモロとの親子の縁が切れるということですか……?」

「表向きはそうなる。諸事情からふたりは元々貴族であるという話をでっち上げた。申し訳ないが、君たちの表向きの関係は育ての親ということになる」


 お父さんが俯いて黙り込む。

 理解はしているのだろう。だが、納得はできない。そんな様子だ。

 王室会議に平民が混ざっていた隙をつかれて、僕は亡き者にされようとした。

 さらに言えば功績も含めて、貴族たちに狙われやすくなっていて、平民のままでは都合が悪いと。僕もお姉ちゃんも、何度も自分に言い聞かせている。


「すべてをなかったことにできないんですか……?」


 お母さんが悲痛な声で、そう訴えてくる。

 ここに来て、お母さんの表情を見て、僕は初めて申し訳なく思った。

 頭では最善だと理解しているはずなのに……。


「この子たちは……間違いなく私の産んだ子たちなんです……! 私たちの想像以上に凄い子でしたけど、普通に街で暮らしていた、普通の子なんです!」

「申し訳ないが、もうなかったことにはできない。彼らの功績を多くの者が見ている。運による功績であれば問題はなかった。しかし、彼らは実力を示し、あまねく知れ渡っている。我が国の王や四大公爵にまでな。彼らの内心がどうであれ、間違いなく今後狙われる。あなた方を人質に取るかもしれない」

「……人質?」

「子に言うことを聞かせるなら親を……そう考える奸物は多いのだ」


 だから、前時間軸でお父さんたちは犠牲になったんではないだろうか。

 お姉ちゃんに悪事をさせようとお父さんに働きかけても、お父さんは絶対に承知しない。お母さんも同様だ。

 それが拗れて、火事という惨事になった可能性はある。


「養子にするというのは確定事項となる。だが、わしたちは彼らを命に替えても家族として必ず守ることを約束しよう。そして、あなた方にも充分な保証をする用意がある」


 そして、ヴォルフ様は立ち上がった。

 テア様も同様に立ち上がる。そして、お父さんとお母さんに向かって、無言で詫びるように一礼した。


「あとは家族で話し合ってほしい。わしに言えるのはここまでだ」


 テア様を伴って、ヴォルフ様は出ていく。

 あとにはお姉ちゃんと僕ら家族だけが残された。

 気まずい空気が流れている。ただ、お母さんが抱いているネルケの不安そうなクーイングだけが響いていた。


「あ、あのっ……」


 耐えきれなくなったのか、お姉ちゃんが口火を切る。


「や、やっぱり、その……こ、今度にしてもらってもいいかなって……」


 別れがたいのか、そんな言葉が出た。

 僕も同意だ。心の準備ができていると思ってたけど、覚悟が足りていない。

 表向きであっても、親子の縁を切らねばならないと思うと、胸が締め付けられるようだ。


「ロモロも……そう思うでしょ?」

「…………そう、だね」


 感情に流されて、思っていたことがそのまま口に出てしまった。

 感情を抑えてでも、止めなきゃならないところなのに。

 ここに来て、なぜ僕は戸惑っているんだ。

 これが最善手だと信じているのに……。


「モニカ。ロモロ」


 すると、お父さんがこっちの気持ちを察したように――。


「無理はするなよ」


 優しく胸に入ってくる。


「俺はお前たちの重荷にはなりたくない」


 愛されていたことが伝わってくる。


「目的があるんだろう? なら相手が誰であろうと目的のために全力で駆け抜けろ。それでも、どうにもならなかったら……。どうしても、嫌になったら」


 お父さんがお姉ちゃんと僕を抱き留める。


「帰ってきて構わない。俺は必ずお前らを守るぞ。ヴァリオやマティアスにヴェネランダにはまだ幾つか貸しがあるし、俺の伝手はお前たちが思っているよりも遥かに広いぞ。いくらでも逃げられるからな」


 冗談めいた声。いつものお父さんの声だ。


「ほら。マーラ。お前も」


 お父さんがネルケを受け取り、お母さんもまた僕らを抱きしめる。


「私は……納得してないのよ。でも、あなたたちが幸せになれるのなら……ううん。あなたたちが死なないのなら、それで充分だわ」

「母さん……」

「モニカ。あなたはいつも無茶をするんだから、ロモロの言うことをちゃんと聞いてあげなさい。弟を守るのよ?」

「うん……」

「ロモロ。今だから言うけど、お母さん、あなたが少し怖かったわ。賢すぎてまるで自分の子供じゃなくて、神様から授かったんじゃないかって……でも、今の顔を見て、ああ、やっぱり私の息子だって実感できたわ……。ごめんね」

「お母さん……。あんまり親孝行できなくてごめんね……」

「親孝行なんていいのよ。むしろ、甘えてくれた方が嬉しかったんだから」


 そして、僕らはネルケにも別れを告げる。


「元気でね。ネルケ」

「誕生日には必ず何か送るよ」

「だあー。うぅ~……」


 ひとつの関係が終わり、そして、新たな関係が始まる。

 この日、僕らは正式にスパーダルド家の養子となった。

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